誕生日前日に恋人に浮気されて家なしになった俺を拾ったのは、ヒョロい細めのモブでした

緑虫

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22 帰りの電車

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 他の町、しかも繁華街に来るのは三年ぶりで、俺は完全にお上りさん状態だった。

 と言っても、静かにはしゃいでいる。

 だって、大きな声を出すと男だってバレるかもしれない。男だってバレたら、俺が斎川さいかわりくだってバレるかもしれないから。

 ここは涼真や史也の町からはそこそこ離れてるけど、この近辺にまだ生息していると俺の顔を知っている奴が知ったら、もしかしたら誰かが俺の家族に俺の目撃情報を漏らすかもしれない。

 それは絶対嫌だった。今住んでいる町は、決して俺の実家がある駅と離れている訳じゃない。探し出そうと思えば探せるかもしれない範囲じゃないかと思うと、どうしたって首から背中にかけて、薄ら寒い感覚に襲われる。

 でも、史也のコートの中で指を絡めて繋がれた手は熱いくらいだったから、時折唐突に襲ってくるその恐怖をどうにかやり過ごすことができていた。

 それになんて言ったって――史也と過ごしているこの時間が楽し過ぎるから、怯えてこのまま逃げ帰りたくはない。なら、男だってバレなければいい。

 だから史也に話し掛ける時は、繋がっていない方の手で史也のコートの袖をツンと引っ張って、俺に注意を向けた。

 いちいち屈んで耳を近付けてもらわないといけなかったけど、史也は一度も嫌な顔をしなかった。俺がアレなにコレなにと指を差しては耳元で尋ねる度、こそばゆそうに笑いながら答えてくれた。実際、ちょっとくすぐったかったのかもしれない。

 残念ながら凧はどこにも売ってなかったので、買い食いをしたり福袋を買ったりして目一杯楽しんでから、再び駅に向かった。

 史也には申し訳ないけど、帰りの電車も史也の腕の中に隠れさせてもらう。時折電車が揺れると、俺の肩を掴む史也の手に力が込められて、そんなことすら幸せに思えた。

 もうこれって、完全に恋する乙女思考じゃないか。

 その事実に気付くと、嬉しさと切なさが同時にこみ上げてきた。

 史也といると、ドキドキすると同時に物凄く安心できる。涼真の隣にいる時は、安堵はあったけど、常に緊張感も持っていた気がした。嫌われないように、呆れられないように、怒られないように。

 涼真と笑い合った記憶は勿論あるけど、俺は本当に全部心から楽しいって思って笑ってたんだろうか。今となってはもうよく分からなかった。

「……疲れた? 大丈夫?」
「ん。大丈夫」

 揺れる電車内で頭上から囁かれて、目元を綻ばせる。

 そんな俺を見て、史也も微笑み返してくれた。細い目の奥にある茶色い瞳には、俺の顔が映っていて、俺を気遣うような色が窺える。……そこそこ心配を掛けた自覚はあったから、申し訳ないとは思った。それと同時に、今日一日史也の中は俺への心配で一杯になっていたんだろうな、という喜びも。

 心配されて嬉しいって気持ちがあるなんて、史也と過ごすようになるまで知らなかった。でも史也が心労で倒れたら嫌なので、そろそろ安心させてあげないと。

「滅茶苦茶楽しかったよ」
「本当? やった、よかったあ」

 安堵の笑みを浮かべると、史也の肉が薄そうな口の端に小さく皺が寄る。この皺も、好き。

「本当。連れ出してくれてありがと、史也」
「……うん。どういたしまして、えへへ」

 俺は、史也といると心から楽しいと思えている。史也はおかんなだけあって、俺に気を遣わせないようにいつも気を配ってくれているせいもあるのかもしれない。

 勿論それは、史也が根っからのお人好しで、俺が同じコンビニの仲間だからに過ぎないのは分かっている。史也にとって俺は、ちょっと事情が複雑で困った状況にある友人に過ぎないことも、分かっている。

 これ以上高望みして、史也の負担にはなりたくなかった。好きだってことがバレて、史也に気持ち悪いと思われたくもない。

 史也とこれからもずっと一緒に過ごしたい。だけど、どこかで区切りを付けないと、俺はまたきっと涼真の時みたいに薄汚い寄生虫に成り下がってしまう気がした。

 なら、ちゃんとこれからのことを考えなくちゃ。史也に嫌われない為にも、しっかりと。

 それが、薄らぼんやりとした自分の未来のことに、初めて俺が目を向けた瞬間だった。

 突然、電車が大きく揺れる。

「わっ!」

 後ろに仰け反りそうになり、史也のコートの前身頃を思わず掴んでしまった。すると、史也が支えるようにして抱き寄せてくれる。

 頬が史也のコートに押し付けられて、史也の息遣いがすぐ近くから降ってきた。――ああ、好き。好きと思うだけなら、許してくれるかな。絶対に言わないから。絶対に隠し通すから。

「大丈夫? しがみついていいから」
「……ん」

 駄目なのは分かってる。迷惑なのも分かってる。だけど、ちょっとだけ。

 瞼を閉じると、史也に体重を預けた。

 史也は、そんな俺を力強く支えてくれたのだった。
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