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19 改札を通れない理由
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電車に乗り、この辺りでは有名な大きな神社へと向かうことになった。
駅に来るなんて、涼真に連れられてこの駅に降り立った三年前が最後だ。
当然ながら、電車に乗るのも三年ぶり。交通系ICカードなんて勿論持ってないから、券売機で切符を購入した。
後は改札を通って、電車に乗ればいい。たったそれだけのことなのに、不安から焦燥感が半端なく俺を襲ってきた。
顔を見られたらどうしよう。
手のひらで顔を覆い、立ち止まる。
改札を交通系ICカードで通ろうとしていた史也が、俺がついてきてないことに気付き、立ち止まる。
「陸?」
慌てた顔で、俺の元へ駆け戻ってくる。
思わず史也のコートをキュッと掴んだ。
「ふ、史也」
「……大丈夫?」
頭を真っ直ぐに上げるのが怖い。誰か昔の知り合いに会ったらどうしよう。指を差されて笑われて、あの継母がいる家に連絡がいったらどうしよう。
俯いたままの俺の挙動不審っぷりを見た史也は、ハッとして俺の肩を掴むと、柱の影に連れて行った。
「陸、落ち着いて。大丈夫、俺の影に隠れてるから、誰も見ないよ」
細かい震えが起きて、どうしたって目線が泳ぐ。史也は俺の顔を隠すように肘を柱に付けた。
「大丈夫、今顔は隠れてるよ」
落ち着きのない目線を周囲に向けると、確かに史也の言う通り、俺からは外の様子が一切見えない。史也に囲まれて、守られているから。
ようやく、少しだけ焦りが引っ込み始めた。ゆっくりと、史也の顔を見上げる。心配そうな表情。こんな顔をさせてしまっているのは、俺のせいだ。
でも、怖い。震えが止まらない。
「か、顔、隠す物がない」
史也に、ボソボソと訴える。だから行けない。足が動かない。史也ひとりで行ってきて、そう言おうとしたその時。
「これ付けて」
史也が、首に付けていたカーキ色のシンプルなネックウォーマーを取り外す。それをそのまま俺の頭に通すと、口元を覆う高さまで伸ばした。
「これも」
史也が、コートのポケットに突っ込んでいた赤のニット帽を取り出す。
「寒かったらと思って持ってきてたんだ。役に立ったね」
小さく笑うと、それを俺に目深に被せた。俺の頭をポンと撫でると、今度は大きな笑顔を見せる。
「前髪ちょっと垂らして、髪が長いように見せよう」
史也は、ニット帽の隙間に指を突っ込み、ピンで止められている長めの前髪を横から垂らした。
視界が狭まる。
史也は屈んで目線を合わせて、微笑んだ。
「陸、元々可愛い系だし、帽子が赤いから女の子か男の子か分かんないよ」
目の前にずい、と出されたのは、史也のスマホだった。インカメラになっていて、目元と鼻しか出てない俺の顔が映し出されている。……確かに女か男か、分からないかもしれない。
「これだけじゃまだ不安かもしれないから、ほら」
「……え?」
史也が、俺に左手を差し出してきた。唇を、恥ずかしそうに口の中にしまい込んで。……この顔も可愛い。ていうか、史也って表情がいちいち可愛い。なんでこんなくるくる変わるんだ。
「て、手を繋げば、彼氏と彼女に見えると、思ったり」
「史也……」
電車に乗ることすら怖がるような俺なんて、面倒くさいだけだろうに。
男の俺なんかと手を繋ぐなんて、気持ち悪いだけだろうに。
……でも、俺はその手を取りたい。史也と手を繋いでみたいよ。
史也の手を取ったら、自分から中に閉じ籠った世界から、もう二度と出れないかもしれないと思っていた世界から、また外に出ることができるんじゃないかと思えるから。
それに、家族から逃げ隠れた場所で、今度は涼真から逃げ隠れて。二度あることは三度あるって言うじゃないか。
だったら、このまま史也の所にいたら、俺はいつか史也から逃げることになるのか。
いやだ、そんなの絶対に嫌だ。俺は、史也と家族や涼真みたいな関係になりたくない。
なら、怖いけど、史也の手を掴んだら、隠れて怯えているだけの人生が少しは変わるんじゃないか。
何の根拠もなかったけど、そう思えて。
「史也……っ」
史也は、俺が指先を震わせながら迷っているのを、じっと待っていてくれた。差し出された手は、微動だにしない。
怖い、引っ込めたい。このまま家に帰って膝を抱えて縮こまったら、楽なのは分かってる。でも、でも――。
「うん、焦らなくていいよ」
史也の穏やかな声が、今にも再び閉じこもろうとしていた俺の気持ちを、とん、と前に押した。
――史也の手と自分の手が、重なる。
「い、行く……。初詣、行く」
「うん、俺がついてるから、一緒に行こうね」
繋がっていない方の手で、史也が俺の頭をポンポンと撫でた。
ヤバい、泣きそう。なんでこんなことだけで、こんなにも安心してるんだろう。
まだ震える俺の手をぎゅっと握った史也が、俺の手を史也の方に引っ張り寄せた。
「陸、大丈夫。俺を頼ってよ」
「……ありがと、史也」
ぎこちなかったと思うけど、ようやくちょっとだけ笑えた俺を見て、史也がふにゃりと笑った。
駅に来るなんて、涼真に連れられてこの駅に降り立った三年前が最後だ。
当然ながら、電車に乗るのも三年ぶり。交通系ICカードなんて勿論持ってないから、券売機で切符を購入した。
後は改札を通って、電車に乗ればいい。たったそれだけのことなのに、不安から焦燥感が半端なく俺を襲ってきた。
顔を見られたらどうしよう。
手のひらで顔を覆い、立ち止まる。
改札を交通系ICカードで通ろうとしていた史也が、俺がついてきてないことに気付き、立ち止まる。
「陸?」
慌てた顔で、俺の元へ駆け戻ってくる。
思わず史也のコートをキュッと掴んだ。
「ふ、史也」
「……大丈夫?」
頭を真っ直ぐに上げるのが怖い。誰か昔の知り合いに会ったらどうしよう。指を差されて笑われて、あの継母がいる家に連絡がいったらどうしよう。
俯いたままの俺の挙動不審っぷりを見た史也は、ハッとして俺の肩を掴むと、柱の影に連れて行った。
「陸、落ち着いて。大丈夫、俺の影に隠れてるから、誰も見ないよ」
細かい震えが起きて、どうしたって目線が泳ぐ。史也は俺の顔を隠すように肘を柱に付けた。
「大丈夫、今顔は隠れてるよ」
落ち着きのない目線を周囲に向けると、確かに史也の言う通り、俺からは外の様子が一切見えない。史也に囲まれて、守られているから。
ようやく、少しだけ焦りが引っ込み始めた。ゆっくりと、史也の顔を見上げる。心配そうな表情。こんな顔をさせてしまっているのは、俺のせいだ。
でも、怖い。震えが止まらない。
「か、顔、隠す物がない」
史也に、ボソボソと訴える。だから行けない。足が動かない。史也ひとりで行ってきて、そう言おうとしたその時。
「これ付けて」
史也が、首に付けていたカーキ色のシンプルなネックウォーマーを取り外す。それをそのまま俺の頭に通すと、口元を覆う高さまで伸ばした。
「これも」
史也が、コートのポケットに突っ込んでいた赤のニット帽を取り出す。
「寒かったらと思って持ってきてたんだ。役に立ったね」
小さく笑うと、それを俺に目深に被せた。俺の頭をポンと撫でると、今度は大きな笑顔を見せる。
「前髪ちょっと垂らして、髪が長いように見せよう」
史也は、ニット帽の隙間に指を突っ込み、ピンで止められている長めの前髪を横から垂らした。
視界が狭まる。
史也は屈んで目線を合わせて、微笑んだ。
「陸、元々可愛い系だし、帽子が赤いから女の子か男の子か分かんないよ」
目の前にずい、と出されたのは、史也のスマホだった。インカメラになっていて、目元と鼻しか出てない俺の顔が映し出されている。……確かに女か男か、分からないかもしれない。
「これだけじゃまだ不安かもしれないから、ほら」
「……え?」
史也が、俺に左手を差し出してきた。唇を、恥ずかしそうに口の中にしまい込んで。……この顔も可愛い。ていうか、史也って表情がいちいち可愛い。なんでこんなくるくる変わるんだ。
「て、手を繋げば、彼氏と彼女に見えると、思ったり」
「史也……」
電車に乗ることすら怖がるような俺なんて、面倒くさいだけだろうに。
男の俺なんかと手を繋ぐなんて、気持ち悪いだけだろうに。
……でも、俺はその手を取りたい。史也と手を繋いでみたいよ。
史也の手を取ったら、自分から中に閉じ籠った世界から、もう二度と出れないかもしれないと思っていた世界から、また外に出ることができるんじゃないかと思えるから。
それに、家族から逃げ隠れた場所で、今度は涼真から逃げ隠れて。二度あることは三度あるって言うじゃないか。
だったら、このまま史也の所にいたら、俺はいつか史也から逃げることになるのか。
いやだ、そんなの絶対に嫌だ。俺は、史也と家族や涼真みたいな関係になりたくない。
なら、怖いけど、史也の手を掴んだら、隠れて怯えているだけの人生が少しは変わるんじゃないか。
何の根拠もなかったけど、そう思えて。
「史也……っ」
史也は、俺が指先を震わせながら迷っているのを、じっと待っていてくれた。差し出された手は、微動だにしない。
怖い、引っ込めたい。このまま家に帰って膝を抱えて縮こまったら、楽なのは分かってる。でも、でも――。
「うん、焦らなくていいよ」
史也の穏やかな声が、今にも再び閉じこもろうとしていた俺の気持ちを、とん、と前に押した。
――史也の手と自分の手が、重なる。
「い、行く……。初詣、行く」
「うん、俺がついてるから、一緒に行こうね」
繋がっていない方の手で、史也が俺の頭をポンポンと撫でた。
ヤバい、泣きそう。なんでこんなことだけで、こんなにも安心してるんだろう。
まだ震える俺の手をぎゅっと握った史也が、俺の手を史也の方に引っ張り寄せた。
「陸、大丈夫。俺を頼ってよ」
「……ありがと、史也」
ぎこちなかったと思うけど、ようやくちょっとだけ笑えた俺を見て、史也がふにゃりと笑った。
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