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18 おしるこ

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 二度寝から目覚めると、俺はひとりで布団の中に丸まっていた。

 眩しいなあと思いながら薄目を開けると、台所で広い背中を俺に向けて立っている史也がいる。もう着替えていて、史也の前にある鍋がグツグツと音を立てていた。

 甘い匂いが俺の所まで漂ってくる。あれは――。

 俺が起きたのが気配で分かったのか、突然史也がくるりと振り返った。バチッと目が合うと、史也の頬が緩む。……とりあえず、史也の上に寝て気持ち悪いとかは思われなかった、のかな?

「おはよう陸!」
「あ、おはよう……っ」

 元気に挨拶されて、寝たままはどうなんだ俺、と慌てて起き上がった。頭痛はなし。喉はカラカラだけど、ちょっと胃の辺りにムカムカは残ってるけど、まあ大丈夫だ。

 布団の上に正座すると、改めて史也に向かって深々と頭を下げた。

「史也、明けましておめでとうございます!」
「あっじゃあ俺も!」

 史也は慌ててお玉を鍋の中に突っ込むと、俺の前まで来て同じように正座をする。

「陸、明けましておめでとう!」
「こちらこそ! 今年もよろしくお願いします」

 二人向き合ってお辞儀をし合っているなんて何だか可笑しいけど、同時に幸せでもあった。こういうの、なんかいいな。

 史也が顔を上げたので、俺も上げる。柔和な笑みを浮かべた史也が、鍋を振り返った。

「おしるこを温めてるんだ。今お餅をトースターで焼いてるから、まずは焼きでいってみようよ」

 餅は焼くか茹でるかと聞かれたやつだ。

「うん! じゃあ俺、布団を畳んでおくね」
「じゃあお願いするね」

 互いに微笑み合っていると、こんな幸せな一年のスタートでいいのかな、と不安が鎌首をもたげてくる。最初がこんなにいいと、どんどん後になって嫌なことが起きないかと心配になってくるのだ。

 史也が鍋の前に戻ると、俺は布団を畳み始めながら考えた。

 涼真と暮らしていた時は、目が覚めても俺はひとりだった。酒臭くて疲れた顔の涼真が帰ってくるのがお昼頃で、そこから俺は夕方まで外を徘徊して時間を潰していた。つまらないし寒いし、はっきり言って寂しい一年のスタートだ。

 だけど、だからこそ、今年はもっといいことがあるんじゃないかなんて思えたりもした。別にその日が俺の人生のどん底ってほど酷いものじゃなかったし、一年の終わりがよければ全てよしだからな、なんて自分に言い聞かせて。

 結果論だけど、涼真とは別れてしまったけど、すぐさま俺を拾ってくれた神、史也のお陰で、俺は昨日人生で初かもしれないくらい楽しい大晦日を過ごせた。だから、そのジンクスは合ってるんじゃないか。

 もしかしてこれって夢なのかなと思いたくなるくらい、幸せな一年の最初の日。今年の終わりには、ジンクス通りなら、もっと幸せだなって思えているんだろうか。

 布団を押入れに突っ込みながらそんなことを考えている間に、史也がちゃぶ台を中央に移動していた。

「あ、ごめん」
「何が?」

 クスクスと、史也が実に嬉しそうに笑う。

「出来た! さ、座って座って!」
「うん」

 押入れを閉めると、湯気が立ち昇るお椀の前に座った。小豆のツブツブの中に、焼色がついた美味しそうな餅が浮かんでいる。

「熱いから火傷に気を付けて」

 新年から、史也のおかんは全開だ。

「分かってるって」

 苦笑しながら、お椀に口を付ける。甘い香りと餅の焼けた香りが漂ってきて、食欲をそそった。

 ズズ、と音を立てながら口に含む。

「あちっ!」

 思ったよりも熱くて、舌先を火傷した。舌を出してスーハーと息をしていると、史也が眉を垂らしながら言う。

「ほら、言った傍から」
「ん……気を付けます」

 今度は箸を突っ込んでかき混ぜて冷ましつつ、ひと口飲んだ。美味しい。甘い。幸せ。

 どうかな? といった表情で俺をじっと見ていた史也に、笑顔を向ける。

「史也、俺こんな美味しいおしるこ初めて」
「え、本当? 買ってきたのを温めただけなんだけど、嬉しいなあ」

 照れくさそうに頬をぽり、と掻く史也が今年も可愛い。

「それでも、一番美味しい」

 誰かと一緒に笑いながら飲むおしるこは、こんなにも温かくて美味しいものだなんて知らなかった。

 教えてくれたのは、史也だ。

 史也が、ふふ、と小さく笑う。

「お餅のおかわりも、おしるこのおかわりもあるからね」
「うん、ありがと史也」
「一杯食べてね!」

 史也におかんのような温かい目で見守られながら、結局俺は合計三個の餅を食ったのだった。
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