誕生日前日に恋人に浮気されて家なしになった俺を拾ったのは、ヒョロい細めのモブでした

緑虫

文字の大きさ
上 下
15 / 56

15 大晦日

しおりを挟む
 正直言って、俺はビールが苦手だ。

 涼真は出会いの時に俺にビールを振る舞ってくれただけあって、根っからのビール党だった。

 だから家に置くのはいつもビール。涼真は俺がいつも一本しか飲まなかったのを、酒が弱いせいと思っていたんじゃないか。

 思うに、俺の舌は苦味を美味いと思えるほど大人になり切れてないんだろう。コーヒー然り、ビール然り。

 涼真が気分を悪くしないようにと気を遣ったつもりだったけど、いざ離れてみると、自分が如何に涼真の顔色を伺いながら過ごしていたのかがよく分かる。

 俺は本当に涼真が好きだったのか。格好よくて明るい涼真の隣に置いてもらえる俺というポジションを、ただ守りたかっただけなんじゃないか。

 涼真に笑顔を向けてもらうと、嬉しかった。だけど、それって涼真の笑顔が好きだったからなのか。ただ、今日は機嫌がよさそうだって安心してただけなんじゃないか。

 勿論、涼真だって俺に優しい時はあった。二人で笑い合うことだって沢山あった。

 でも。

 涼真を怒らせて、飽きられて、もうお前なんていらない、出ていけと言われたらどうしよう。

 そんな狡い寄生虫な考えが、涼真に意見を言う気持ちを俺から奪った。

 世の中の専業主婦や子供は、どうして養われてる癖にあんなに堂々としていられるんだろう。どうしてそこにいて我儘を言ってもいいって信じられるんだろう。

 考えて考えて、気付く。あの人たちは、自分に価値があると思っているからだと。必要とされて、愛されているから、だから当然の権利だとばかりに自己主張することができるんだと。

 その気付きは、俺の中にあった疑問をするりと解決してくれた。

 そうだったんだ。俺は、愛されている自信がなかったんだ。だから、必要とされる為に甘えて抱かれて、頼るようなことを口にして、家事を率先して行なった。

 考えてみたら、涼真はヤッてる時に可愛いと連呼したけど、俺のことを好きとか愛してるとか言ったことは一度だってあっただろうか。

 俺ばっかり、好きって言ってた気がする。言って涼真が嬉しそうにニヤつく顔を見て、涼真もきっと俺のことが好きなんだと思っただけ。

 そこまで考えて、もうすぐ涼真の家から出て三週間になるというのに、未だに涼真のことを思い返しては気落ちしてばかりいる自分に嫌気が差してきた。

 隣で半纏はんてんを着ながら紅白を観ている史也の横顔を見る。

 目と同じで細めの頬は、今はほんのりピンク色に染まっていた。

 ちゃぶ台の上に置かれているのは、スーパーで安売りしていた白ワインだ。

 俺がビールが嫌いなことを最初に酒を飲んだ時に気付いた史也は、何なら美味しく飲めるのかを知らなかった俺の為に、白ワイン、赤ワイン、ピンク色のスパークリングワイン、日本酒に焼酎、梅酒にカルピスサワー、と山のように買い込んできた。

 ワイングラスなんて洒落た物はない。ファミレスにある水用のグラスと似たようなグラスに、まずは白ワインから注いだ。

 俺が苦いのが苦手だと気付き始めた史也が選んだのは、甘めのドイツワインだ。……滅茶苦茶甘い。でも美味しい。

「史也」
「ん?」

 細目を三日月みたいに緩ませて、史也が振り返った。目線を、足を崩して座っていた俺の足許に落とす。

 突然、そこそこ大きな声を上げた。

「あっ!」
「え? なに」

 史也の声は、余裕がなくなると大抵大きくなる。俺は何か落としてるのかと自分の膝の上を見た。でも別に何もない。史也が掛けろと言って寄越した迷彩柄のフリースのひざ掛けがあるくらいだ。

「足がはみ出てる! 風邪を引いたら大変だ!」

 俺は保険証も持っていない。それを同居当初に知った史也は、俺を病気にさせない為にとにかく細かく世話を焼く。

「は? いや、別にだいじょ……」
「遠慮しない!」

 史也はそう言うと、何となく膝の上に乗っけていたひざ掛けを大きく広げ、俺の腰回りにふわりと巻いた後に隙間なく空間に詰め始めた。おかんがいるよ。

「ぷ……っ」

 可笑しくなるくらいに、史也の言動はいつも俺を温めてくれる。甘えちゃ駄目だ、これを当たり前だと思っちゃ駄目だ、いつかは手放さないといけない関係なんだからと自分に言い聞かせていても、俺の気持ちはどんどんこのお人好しのおかんな男に向いていってしまっている。

 駄目だ、よくないと分かっているのに。史也は、ただの親切から俺を居候させてくれている普通の男なんだから。

「はい、これで大丈夫。肩は寒くない? もう一枚出そうか?」
「これ以上は雪だるまみたいに着ぶくれしちゃうよ」
「陸は肉が薄いから心配なんだよ」

 グラスを片手に持ち、頬杖をついて俺を柔らかな笑顔で見る史也。俺はお前によこしまな気持ちをいだきつつあると言ったら、この笑顔は崩れるだろうか。

 涼真の家から飛び出したあの日、もう恋人なんていらないと思った。その気持ちは今も変わってはいない。人を愛しても、愛されるとは限らないことを知った。人に愛されるのがどういうことか、分からなくなってしまった。

 だから、俺は気付かなかったふりをすればいい。

 史也はただの友人で、お節介でお人好し。寄生虫の俺にいいように使われている可哀想な奴と思えばいい。

「……で? どうしたの?」

 ようやく話が最初に戻った。苦笑しながら、聞こうと思ったことを改めて尋ねる。

「史也はさ、実家は帰らなくて本当によかったの?」

 今年は俺がいるから、それで帰省しづらかったんじゃないか。

 すると、史也が言う。

「今年は陸がいるから」
「……なんかごめん」

 史也は、慌てて顔の前で手をブンブン振った。

「違うよ! そういう意味じゃなくて!」

 なに、どういう意味。頭悪いから分からないよ。

「……こっちで年越しを一緒にする相手とかずっといなかったし、初詣もこっちで行くの実は初めてで、実は結構前から楽しみにして……へへ」

 照れ笑いをする史也の顔。その顔は卑怯だ。俺のぺしゃんこになりそうになっていた気持ちが、図々しくもまたぷっくりと膨らんできちゃったじゃないか。

「こっちは人が多いみたいだからさ、明けてすぐは避けて、朝おしるこ食べてからゆっくり行こうよ」
「……うん」
「陸はおしるこのおもちは茹でる派? 焼き派?」
「分かんない……餅入りを食べた記憶、ない」

 史也は一瞬止まった後、俺の頭をポンと撫でた。

「ワイン美味しい? どう?」

 気遣い屋の史也。どうやったら好きにならずに済むんだろう。

「美味しい! おかわり!」
「よーし! 年越し前に寝るなよー!」
「大丈夫だって!」

 グラスに注がれるワインの水流が綺麗だなあと見つめながら、幸せな気持ちのまま年を越せそうだなあ、と安堵を覚えた。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...