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14 史也の笑顔

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 コンビニだけど「年越しは紅白を見なくちゃね」というオーナーの意向があり、大晦日は毎年夕方六時で年内の営業は終了となる。

 人が足りないと言われて昼からシフトに入っていた俺は、この後史也と一緒に蕎麦を食いながら紅白を観る約束をしていた。

 人と過ごす大晦日なんて、久しぶりだ。

 職場のバーの年越しイベントで、毎年涼真は朝まで仕事。そのまま客たちと初詣に向かうのが慣例となっていた。だから俺は毎年、ひとりでインスタント蕎麦を啜りながら紅白をぼんやり眺めた。

 ゆく年くる年の除夜の鐘を聞いた後、静かに布団に潜るのが毎度の流れだ。

 元日の昼前に家に戻ってくる涼真は寝不足で機嫌が悪くて、小さな音でテレビを点けても怒られた。ほぼ二十四時間起きてるんだから静かにしてくれよと怒鳴られて、家の中で息を潜めて過ごすのが苦痛で外に出るのも、毎年のこと。

 でも、どこも店は開いてない。頼みの綱のバイト先であるコンビニは、元日は休み。年の初めくらい休みなさいというこれまたオーナーの意向だけど、正直言って俺にはありがた迷惑だった。せめて働いていられれば、身の置き場もない焦燥感に襲われなくて済むのにと。

 スーパーもやってないし、やっている所なんて漫喫くらいだ。でも皆考えるのは同じなようで、家に居場所がない人間が溢れていて入れもしなかった。

 この駅には漫喫がひとつしかない。埋まってたら諦める他なかった。

 こんな時、携帯があればなあと思ったものだ。せめてネットニュースでも見られたら、時を忘れられたのに。

 だから俺は毎年ひとりで公園のベンチに座って、子供たちが凧上げをするのを眺めた。ベンチに座っていると底冷えしてくるから、ホッカイロと自販機で買ったおしるこを用意して。

 缶の底に残った小豆を、缶に口を付けて逆さからトントンと叩くのが、俺の正月の締め括りだった。

 涼真の職場は、元日も営業する。ただしスタートは遅くて、夜の七時から。

 夕飯を家で食べてから出かけるから、空が暗くなり始めた頃に家に帰り、なるべく静かに調理を開始した。

 寝不足で不機嫌を丸出しにした涼真が美味しいのひと言も言わずに料理を完食して家を出て行くと、どっと疲れが出て脱力する。でも涼真が家に帰ってきた時に洗い物がされていないとまた機嫌が悪くなるから、重い足を引き摺って片付けを済ませた。

 酒とタバコの匂いが混じったシーツを洗濯機に放り込み、新しいシーツに変える。ついでにサッとシャワーを浴びると、涼真が帰ってくる一時前まで仮眠を取った。

 元日は大抵客が少ないとかで、涼真は機嫌を直して帰ってくる。家を出る前までの機嫌の悪さなんてどこへやらで、姫初めだとか言いながら俺を抱くのが毎年の恒例だった。

 俺を女扱いすんなよ。何度言っても、涼真は笑うだけだった。股を開いてんだからメスだろうと。

 一緒に初詣に行こうかと言ったことは、何度かあった。だけど「俺はもう行った」と言われてしまえば、それ以上何も言えない。

 だから俺は、もう神社なんて長いこと足を踏み入れたことはなかった。

 この町の外に出たら、会いたくない誰かに出会ってしまうかもしれない。それは恐怖でしかなかったから、俺はこの町の中で隠れ潜むようにして生きていくしかなかった。

 だけど、史也と過ごす今になり、俺の行動範囲は急激に広がりつつある。

 迎えに来てくれた史也が、俺を誘ったのだ。

「神社に初詣?」
「うん。毎年行ってた所はある? 危なそうな場所は避けようと思うんだけど」
「バーのお客さんと一緒に行ってたみたいだけど、どこの神社かは聞いてないな……」

 考えてみれば、涼真は俺が涼真の職場の話を聞くのも嫌がっていたかもしれない。……やっぱり、その頃から浮気してたのかも。

「じゃあ、そいつと一緒に行った神社とかは?」

 これ、答えないといけないのかな。でも、史也はただ単に俺を涼真に会わせないように気を遣ってくれているだけだ。

 正直言いたくなかったけど、俺は素直に教えることにした。

「涼真とは、初詣は行ってないから」
「……一回も?」
「うん。一度もないよ」

 だから思い出も何もないから。そう言って笑いかけると、俺の笑顔に多少無理が含まれていたのがバレたのか、史也の指の長い大きな手が俺の頭の上に乗ってきた。

 軽くクシャクシャと撫でられて、俺はどうしたって照れくさくて、それを両手で上から押さえ込みながら笑う。

「あはは、やめろって。ぐしゃぐしゃになるだろー!」
「もうあとは家に帰るだけだからいいじゃん」
「史也は俺のことを子供扱いし過ぎなんだって! すぐに頭を撫でるんだからさ!」

 笑いながら俺が言うと、史也は照れ臭そうに微笑みながら頷いた。

「子供扱いって訳じゃないけど、可愛いと思ってるもんね」
「は……」

 突然何を言い出すんだよ、こいつは。

「そ、そりゃあ俺は史也よりも年下だし、学もないし子供っぽいかもしれないけどさ……っ」

 最近、つくづく思う。俺は色んなことを知らなさ過ぎると。史也と話をしていても、コンビニの仲間と話をしていても、自分の知識って少ないと思うことが多々あった。

 文也の笑顔が小さくなった。

「最近学がないってよく言うけどさ、別にそれは陸に機会を与えなかった周りの環境のせいだからね?」
「へ……」

 史也の手がようやく下ろされる。俺を見下ろす目は穏やかに笑っていた。

「機会を奪われたことは恥ずかしいことじゃないよ。陸のせいじゃないから、自分を卑下したようなことは言わないでね」

 ……だから、どうしてこいつはこういつも俺が欲しがる言葉を先回りしてくれるんだよ。

 俺が何も返せずに口をぱくぱくしていると。

「そうだ。実家に高校の教科書がまだあるからさ、取り寄せて勉強してみる? 俺教えられると思うよ」
「え……っでも」

 史也は年が明けたら就職活動だろうに。

「やりたい? やりたくない?」

 史也が穏やかな口調で尋ねる。……嫌な言い方。

「そりゃ……やってみたい、けど」
「じゃあ俺先生ね!」

 ぱああ、と明るい笑顔になった史也が、ニコニコ顔のまま俺に言った。

「じゃあさ、初詣はお互いの願いを代わりにお願いしようよ。俺の就職祈願と、陸の勉学祈願と。よくない?」

 史也、あんまり俺を甘やかさないでよ。でないと俺――。

「ね?」

 史也の屈託のない笑顔に、俺は弱いんだ。だってこんなに可愛い笑顔を曇らせたくなんてないじゃないか。

「……ん、そうだな」

 上目がちに答えると、史也は俺を見ながら嬉しそうに微笑んだのだった。
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