誕生日前日に恋人に浮気されて家なしになった俺を拾ったのは、ヒョロい細めのモブでした

緑虫

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12 史也の思いやり

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 目の前で堂々と浮気をした涼真と、よりを戻す?

 それはない。絶対にない。

 ビシッと人差し指を史也の眉間に向けて差す。細い目の焦点が俺の指に集まって寄り目になったのがまた……可愛いんだけど。なにこの人。

 一瞬で怒りは萎んだけど、言うべきことは言っておかないと駄目だ。俺を救ってくれたコイツに、変に誤解されたまま過ごすなんて絶対御免だからだ。この誤解を解いておかないと、コイツは絶対いらぬ気遣いをするに決まってる。

 史也ほどじゃないかもしれないけど、目を細めながら軽く睨んだ。史也が、大きな身を笑っちゃうほど縮こまらせる。笑うなよ、俺。

「あのさ、恋人だと思ってた奴が他の奴とヤるのは、俺にとってトラウマな訳」
「う、うん」

 俺より上に顔があるのに、この上目遣い。携帯があったら写真撮れたのになあ、なんてちょっと後悔した。史也の顔は涼真と違って男臭いイケメンの圧がなくて、見ているとひたすら安堵する。うん、ずっと見ていられる、この顔。
 
「涼真はさ、俺がその所為で女を抱けなくなったのを知っていながら、同じことをやってみせた訳だ」
「……うん」

 もし涼真がその事実を知らなかったのなら、まだ許せたかもしれない。あれが正真正銘の最初の浮気でもうしないと約束してくれたんだったら、俺が家を失うことと天秤を掛けてどちらが重いかは言わずもがなだ。

 だけど、涼真は俺の地雷を踏んだ。絶対俺に見せちゃいけないことをしてみせた。大して深く考えもせず。それがどれだけ俺のまだ癒え切ってない古傷を抉るかを理解しようともせず。

 直後だったら疑問に思わなかったことも、時間が経って冷静になった今はもう疑問に思ってしまった。あの事実は俺の中で、もう覆せないほど記憶に刻まれてしまった。

「だから、ない。俺のトラウマをその程度に考えてた相手にいくら戻ってこいって言われたって、もう無理だよ」
「……ん、そっか」

 史也が、強張っていたのか、肩の力をふっと抜いて笑った。……ええと、喜んでるでいいのかな? でも何で?

 姿勢を正した史也が、改めて手に持っていたスマホを俺にズイ、と差し出す。

「じゃあ、やっぱりスマホの契約させて! 格安携帯なら安いからさ!」
「ええと……やっぱりってどういう意味?」

 さっぱり分からない。何がどう繋がってやっぱりになるのか。

 俺が首を傾げていると、史也は俺の左手を掴んでスマホを掴ませる。にぎにぎとスマホを持たせようとする固い手が、あ、史也の手って思ってたよりも大きいんだな、なんて思わせた。

 俺の馬鹿、なに照れそうになってんだよ。

 ぎゅっと奥歯を噛んで、頬が緩みそうになるのを必死で堪えた。

 そのお陰で、史也は俺の表情の変化には気付かなかったみたいだ。段々、声が大きくなってくる。

「陸が涼真って奴に何かされそうになったら、これで俺をすぐに呼んでよ!」
「へ……っ」
「シフトがずれてるからさ、一緒にいない時間に何かあったらと思うと心配なんだよ!」

 声がでかい。

「お願い! 俺の安心の為にと思って!」

 思い切り頭を下げられて、史也の黒髪の頭頂にあるつむじは右巻きなんだなあ、なんて見ていたら。

 頭を下げたままの史也が、ボソボソと言った。

「……俺、陸とこの先も一緒にいたいんだ……毎日楽しいしさ、それに陸に嫌なことをした奴に、もう二度と関わらせたくないし……」
「史也……」

 そんなに俺のことを心配してくれる奴なんて、この世に史也しかいない。人間関係が薄い俺には、それをよく理解している。

 再び、母の温かかった涙の温度を思い出した。思いやりに溢れた、優しさの温度。

 ぎゅ、とスマホを握る。つむじに向かって、問いかけた。

「……俺、迷惑になってない?」
「――なってない!」

 史也がガバッと顔を上げる。俺の顔の高さで止まったまま、必死な形相で訴え続ける。何で他人のことでこんなに真剣になれるんだろう。俺には不思議で仕方がないよ、史也。

「……じゃあ、史也に彼女が出来るまで」
「……え」

 史也がぽかんとする。

「それまでは史也んちに世話になる。スマホも遠慮なく使わせてもらう。まあ連絡するのって史也とぐらいだろうけど」

 苦笑しながら言うと、史也は珍しくちょっと目を大きく開いて、嬉しそうな笑みを浮かべた。あ、目を大きく開くと二重なんだ。意外。

「今日! 申し込めば、明日にはSIMカード届くらしいから!」
「分かったよ、声でかいな」

 あははと笑ったけど、史也の声の音量はちっとも下がらなくて、スマホを持たせて上から握った手にどんどん力を込めてくる。

「それに! 彼女なんてできないし!」

 なんで嬉しそうに言うんだよ。変な奴。

「馬鹿、そんなの宣言したら本当にできなくなっちゃうぞ」

 史也はにこにこの笑顔のまま、言い切った。

「どうせできないもんはできないから! いいの!」
「ぷ……っ! はは、あはははっ!」

 あまりにも一所懸命な史也の様子に、こそばゆいやら嬉しいやらで、笑いが止まらなくなる。

 一台のスマホを握り締めながら向き合って一体何の話をしてるんだかと思うけど、今は史也の思いやりの気持ちが心底嬉しくて。

「はは、あはは……っ――ありがと、史也」

 涙目になりながら微笑むと、史也は照れくさそうに微笑みながら、何度も何度も頷いてくれたのだった。
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