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10 探しに来た奴

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 年末を数日後に控えた、俺が史也の家に転がり込んで二週間が経ったとある日。

 がさごそと押入れの中のダンボールから電源が点かないスマホを取り出すと、史也は何故か真剣な表情で聞いてきた。

「ねえ。俺が前に使ってた機種があるんだけど、陸用に格安携帯を契約していい?」
「は?」

 俺は携帯電話は所持していない。

 涼真の家とバイト先のコンビニとの往復、時折スーパーが俺の行動範囲の全てだったから、単に必要なかったのだ。

 それに、俺は身分を証明できるものは何ひとつ持っていない。契約しようにも、そもそも出来なかっただろう。

 俺が携帯電話を持たないことについて、涼真は一度も何も言わなかった。持たれるのは嫌なのかもな、と思っていたくらいだ。

 そもそも涼真以外連絡をする相手もいなかったから、涼真の帰りを待つ立場の俺としては、欲しかったとしても言えなかっただろう。

 誰と連絡を取りたいんだよなんて涼真の機嫌を損ねてしまったら、日頃は明るいけど一旦怒ると怒りが長く続くタイプの涼真は、一切口を聞いてくれなくなる。

 俺だけが一方的に気を遣いながら喋る数日間は苦痛でしかなかったから、そんな危険を冒してまで欲しいとは思わなかった。

 涼真から「今から帰る」って連絡がほしいな、と思ったことは幾度もあったけど。そうしたら温かい料理をすぐに出してあげられたから。

 今から温めるの? と疲れ切った表情で言われると、なら家電いえでんでも置いてくれよなんて思ったものだ。

 離れてみて初めて気付く。涼真にかなり横柄な態度を取られていたことに。史也との差を感じる度に、史也があまりにも優しくて逆に怖くなるくらいだった。

 涼真は家主で俺は寄生虫だったから仕方ないんだろうけど、わざわざ自分から雰囲気を悪くしなくったってよかっただろうにと思う場面は、多々あった。

 思い出したくなくても、三年間ともに過ごした相手のことはすぐに忘れ去ることはできない。ふとした拍子に溢れてくる記憶と感情は、衝撃的な事件から二週間経った今も俺を苦しめていた。

 なので、何の前触れもなく突然記憶の波が襲ってきた時は、動作も思考も停止することで今のところ乗り切っている。

 涼真に拾われた直後にはこれが出来なくて、自分の何がいけなかったのかと悶々としては泣き喚いていた。考えても無駄だし、と意識的に思考停止できるようになってからは、感情の嵐は滅多に襲ってこなくなった。

 涼真の家で覚えたことが、涼真を忘れることに役立つなんて、ザマアミロだ。

「……でさ。あれ? 聞いてる?」
「あ、ごめん。聞いてなかった」

 素直に謝ると、史也は相変わらず真剣な表情で、ずずい、と正座をしたまま俺の方に擦り寄ってくる。……なに。

「実はさ、もっと早く言えばよかったのかもしれないんだけどさ……」
「え、なに、改まって」

 思わず身構えると、史也は背中を縮こまらせながら気不味そうに語った。

「今週頭に俺がひとりで深夜シフトに入ってた日に、『斎川って奴ここでバイトしてない?』て聞いてきた人がいたんだ」
「……は?」

 俺が目を瞠ると、史也は申し訳なさそうに続ける。

「俺もいきなりだったし、しかもそいつがやけにチャラくて上からな感じがしてさ。つい咄嗟に『そんな人いません』って答えちゃったんだよね」

 まあ、普通だったらその答えで正解だろう。相手が何者かも分からないのにいきなり名前を言って在籍してるか聞いてくるなんて、いくら店員が普段から名札を付けているからって怪しすぎる。

 正座のままの史也は、ちょっぴり申し訳なさが混じった表情だ。

「そしたらそいつは「あっそ」って言って何も買わずに出て行ったんだけどさ……で、後になって、あれってもしかしてって思って」
「あ……」

 チャラくて偉そうと言われて、俺ももしかしてとは思った。しょぼんとしている史也に近付くと、項垂れている顔を下から覗き込む。

「髪の毛が茶色くて、パーマ掛かってツーブロック?」
「……うん」

 史也の細い目の上にスッと横に伸びている眉毛が、可哀想なくらいに垂れ下がった。あ、この表情可愛いかも。

 同居当初は絶対信用なんてするもんかと頑なに思っていたのに、史也・陸と呼び合うようになってから、俺の心の中で史也が占める割合はかなり増えてきてしまった。

 年上男性に可愛いなんて失礼なのは承知の上で、史也の情けない顔をじっと見つめる。史也は俺に見つめられると、ふにゃりと笑った。あ、こっちも可愛いかもなんて思って、待てよ俺、と内心焦る。

 もう恋なんてしないし、恋人だっていらないという気持ちは変わってはいない。それに女を抱けなくなったからといって、男が好きになったとは限らない。

 涼真に関しては、傷心だったところに半ば無理やり抱かれて、それで自然と好きになっただけだ。涼真が男だったからじゃないと思う。多分。

 だからこれはそういう種類のものじゃないだろうけど、史也があまりにも自然に俺に優しくするもんだから、つい油断しそうになるんだ。

 いつか裏切られるんだったら、もう誰も信用すべきじゃないのは嫌ってほど学んだだろう、俺。

 ――でも、ふとした表情が可愛いって心の中で愛でるくらいはよくない? いいよな、それくらい。

 史也が、俺があまりにも何も言わないので小首を傾げた。しまった。

 俺は自分の中のまとまらない考えをとりあえず一旦横に置いておき、続きを確認することにした。
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