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8 ファミレスの誕生日ケーキ
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外に出ると、アスファルトは黒く濡れていたけど、雪は残っていなかった。
細木史也は足が長いだけあって、こいつが二歩あるく間に俺は三歩あるく。なんだか悔しい。
ファミレスまでの道中、細木史也は自分の状況を説明してくれた。
実家はここから電車で三時間ほどかかる田舎町。とてもじゃないけど通えないので、学生が多いこの町にひとり暮らしをしていること。
家は駅からは徒歩十五分とそれなりに離れていて、その分部屋は多少は広い。八畳の和室に古臭い台所が二畳分くらいあるから、結構快適なんだそうだ。
お風呂は洗面所のないユニットバスで、シャワーカーテンをきっちり閉めないと便座が水浸しになる。
濡れた便座に座った時の気持ち悪さは何度やっても慣れないんだよね、と鼻の頭をぽりぽりと掻く屈託のない笑顔を見て、こいつもそんな失敗をするんだなあなんてちょっと可笑しくなった。
部屋は二階の角部屋で、隣は学生で昼間はいない。下は耳の遠くなった大家さんが住んでいるんだそうだ。
「今は大学三年生で、来年から本格的に就職活動を始める感じだからさ。今の内にお金貯めとこうと思って、それで深夜にシフト多めに入れてたんだよね」
「就職活動……へえー」
高校すら卒業してない俺は、大学がどんな所かもテレビや漫画で仕入れたイメージしかない。大学は四年もあるのに、三年生の内から動くんだと驚いていると、「業種によるみたいだよ」と教えてくれた。
細木史也は勉学はそつなくこなすタイプらしく、三年生の前期でほぼほぼ必要な単位は取り終わったらしい。
後期に取っている授業の半分の単位が取れれば、必要単位はクリア。だから四年になったらあちこちひとり旅をしたいな、なんていう目的からお金を貯めているそうだ。
ひとり旅。ひとりでのんびり温泉に浸かりそうだなあと想像したらあまりもしっくりきてしまい、俺はフフッと笑いを漏らす。
ひと晩寝たからか、荒れていた俺の情緒は少し回復基調にあるみたいだ。混乱していた俺から、細木史也が全て吐き出させてくれたからかもしれない。
駅からは離れた国道沿いにあるファミレスに到着すると、朝が早いからか、中は比較的空いていた。
細木史也と向かい合わせでソファー席に座ると、細木史也はメニューを嬉しそうに眺めながら微笑んでいる。
これも美味しそうだな、あれもいいなと目移りしていて、全然決まらない様子だ。
「斎川くんは何食べるの?」
「ミートソース食いたいかな」
「パスタか……それもありだなあ」
細木史也はまたメニューと睨みっこしている。俺は別に、ミートソースが食いたいんじゃない。ミートソースのお値段が優しいからだ。
一体どれくらいの期間細木史也の家に厄介になるかは未定だけど、涼真と違って恋人でも何でもない。
そんな俺がずっと一緒に住むなんて無理な話なのははなから分かっているからこそ、甘えさせてもらえる今の内に貯蓄を増やしていく必要があった。
「――よし! 俺もパスタにする!」
ようやく決まったらしい細木史也が、今度はデザートメニューを眺め始める。長い。そして何故か唸っている。
メニューから顔を上げると、俺の方に向けてメニューをひっくり返した。俺の手元にもメニューあるんだけどな。
「斎川くん、どれがいい?」
僕は苺のショートがいいとも思うんだけど、チョコレートケーキの苺も捨てがたいし、とぶつぶつ言っている。細目が真剣そのもので、気を許しすぎるなよ俺、と思っているのに、つい吹き出すと言ってしまった。
「両方頼んで、二人で分ければいいだろ」
「え……いいの?」
期待に満ちた顔が可笑しくて仕方ない。
だから、心にも思ってない言葉がするりと出てきた。
「俺も両方食べてみたいと思ってたんだ」
嘘だけど。ただ単に、細木史也の喜ぶ顔が見たくなっちゃっただけだけど。
案の定、細木史也は嬉しそうに微笑んだ。
「へへ、やったね」
「どんだけ好きなんだよ」
「滅茶苦茶好きなの。いいでしょ」
肘を付きながらニコニコと俺を見ている細木史也の視線がなんだか恥ずかしくて、俺は慌てて呼び出しボタンを指差す。
「ほ、ほら! 頼まないと来ないだろ!」
「そうでした」
あはは、と何がそんなに楽しいのか、細木史也は笑いながら呼び出しボタンを押した。
すぐに店員がやってきて、注文を取っていく。
厨房も空いているのか、料理はすぐに出てきた。
会話は殆どが細木史也が話すことで、俺はそれをふんふんと聞いていただけだけど。
よせばいいのに、ケーキがきて「お誕生日おめでとう」と言って微笑んでくれた細木史也を見て、こいついい奴じゃん、なんて思ってしまった俺がいた。
細木史也は足が長いだけあって、こいつが二歩あるく間に俺は三歩あるく。なんだか悔しい。
ファミレスまでの道中、細木史也は自分の状況を説明してくれた。
実家はここから電車で三時間ほどかかる田舎町。とてもじゃないけど通えないので、学生が多いこの町にひとり暮らしをしていること。
家は駅からは徒歩十五分とそれなりに離れていて、その分部屋は多少は広い。八畳の和室に古臭い台所が二畳分くらいあるから、結構快適なんだそうだ。
お風呂は洗面所のないユニットバスで、シャワーカーテンをきっちり閉めないと便座が水浸しになる。
濡れた便座に座った時の気持ち悪さは何度やっても慣れないんだよね、と鼻の頭をぽりぽりと掻く屈託のない笑顔を見て、こいつもそんな失敗をするんだなあなんてちょっと可笑しくなった。
部屋は二階の角部屋で、隣は学生で昼間はいない。下は耳の遠くなった大家さんが住んでいるんだそうだ。
「今は大学三年生で、来年から本格的に就職活動を始める感じだからさ。今の内にお金貯めとこうと思って、それで深夜にシフト多めに入れてたんだよね」
「就職活動……へえー」
高校すら卒業してない俺は、大学がどんな所かもテレビや漫画で仕入れたイメージしかない。大学は四年もあるのに、三年生の内から動くんだと驚いていると、「業種によるみたいだよ」と教えてくれた。
細木史也は勉学はそつなくこなすタイプらしく、三年生の前期でほぼほぼ必要な単位は取り終わったらしい。
後期に取っている授業の半分の単位が取れれば、必要単位はクリア。だから四年になったらあちこちひとり旅をしたいな、なんていう目的からお金を貯めているそうだ。
ひとり旅。ひとりでのんびり温泉に浸かりそうだなあと想像したらあまりもしっくりきてしまい、俺はフフッと笑いを漏らす。
ひと晩寝たからか、荒れていた俺の情緒は少し回復基調にあるみたいだ。混乱していた俺から、細木史也が全て吐き出させてくれたからかもしれない。
駅からは離れた国道沿いにあるファミレスに到着すると、朝が早いからか、中は比較的空いていた。
細木史也と向かい合わせでソファー席に座ると、細木史也はメニューを嬉しそうに眺めながら微笑んでいる。
これも美味しそうだな、あれもいいなと目移りしていて、全然決まらない様子だ。
「斎川くんは何食べるの?」
「ミートソース食いたいかな」
「パスタか……それもありだなあ」
細木史也はまたメニューと睨みっこしている。俺は別に、ミートソースが食いたいんじゃない。ミートソースのお値段が優しいからだ。
一体どれくらいの期間細木史也の家に厄介になるかは未定だけど、涼真と違って恋人でも何でもない。
そんな俺がずっと一緒に住むなんて無理な話なのははなから分かっているからこそ、甘えさせてもらえる今の内に貯蓄を増やしていく必要があった。
「――よし! 俺もパスタにする!」
ようやく決まったらしい細木史也が、今度はデザートメニューを眺め始める。長い。そして何故か唸っている。
メニューから顔を上げると、俺の方に向けてメニューをひっくり返した。俺の手元にもメニューあるんだけどな。
「斎川くん、どれがいい?」
僕は苺のショートがいいとも思うんだけど、チョコレートケーキの苺も捨てがたいし、とぶつぶつ言っている。細目が真剣そのもので、気を許しすぎるなよ俺、と思っているのに、つい吹き出すと言ってしまった。
「両方頼んで、二人で分ければいいだろ」
「え……いいの?」
期待に満ちた顔が可笑しくて仕方ない。
だから、心にも思ってない言葉がするりと出てきた。
「俺も両方食べてみたいと思ってたんだ」
嘘だけど。ただ単に、細木史也の喜ぶ顔が見たくなっちゃっただけだけど。
案の定、細木史也は嬉しそうに微笑んだ。
「へへ、やったね」
「どんだけ好きなんだよ」
「滅茶苦茶好きなの。いいでしょ」
肘を付きながらニコニコと俺を見ている細木史也の視線がなんだか恥ずかしくて、俺は慌てて呼び出しボタンを指差す。
「ほ、ほら! 頼まないと来ないだろ!」
「そうでした」
あはは、と何がそんなに楽しいのか、細木史也は笑いながら呼び出しボタンを押した。
すぐに店員がやってきて、注文を取っていく。
厨房も空いているのか、料理はすぐに出てきた。
会話は殆どが細木史也が話すことで、俺はそれをふんふんと聞いていただけだけど。
よせばいいのに、ケーキがきて「お誕生日おめでとう」と言って微笑んでくれた細木史也を見て、こいついい奴じゃん、なんて思ってしまった俺がいた。
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