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5 コンビニに避難
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細木史也は、泣いた俺を見て驚いたように立ち竦んだ後、すぐに駆け寄ってきた。
俺が背負ったボストンバッグを見て、何かを察したらしい。気遣いが滲み出る声色で、声を掛ける。
「とりあえず、中に入って座りなよ」
「うん……っグス、ごめん、細木さん……っ」
細木史也に背中を軽く押されながら、レジの向こう側に行った。
レジに向かって右の突き当たりにある、スタッフオンリーと書いてある休憩室のドアを開く。細木史也は、キャスターが付いた背もたれ付きの椅子をカラカラと持ってきた。
背後の棚に煙草が陳列された前まで引いてくると、背もたれをポンと叩く。
いまいちどこを見てるか分からない細目を更に細めて、遠慮がちに笑った。
「ここ座って。コーヒー飲む?」
「……ん」
手の甲でぐしぐし涙を拭きながら、言われるがままに椅子に腰掛ける。膝の上にボストンバッグを乗せると、ぎゅっと抱き締めた。
これが俺の全財産。涼真と過ごした三年間で得た物は、たったこれだけ。
細木史也は、ポケットの財布から小銭を取り出して、レジを操作する。ホットコーヒー用のカップを取り出すと、レジの外に出てコーヒーメーカーの前に立った。
「砂糖とミルクいる?」
「……ミルク多め」
「了解、待ってて」
実はコーヒーはあまり得意じゃない。でも、ミルクを入れたらギリギリなんとか飲める。
涼真がコーヒー中毒だったから、嫌いって言えなかった。さも大好きですってフリして飲んでる内に、好きじゃないけど飲めるようになっていた。
子供って思われるのが嫌だったんだ。涼真は出会った時から大人の男だったから、俺は背伸びして追いつこうと必死だった。
……必死に取り繕った結果がこれだったけど。
細木史也はレジの内側に戻ってくると、俺にコーヒーを手渡す。煙草の陳列棚がある台にもたれるようにして腰掛けた。
「温まるよ」
「……ん。ありがと」
細木史也は一七〇あるかないかギリギリの俺とは違い、多分一八〇は優に超えている。だから余計にひょろり感があるけど、その分腰の位置も高かった。同じ場所に俺が寄り掛ったら、尻の位置に来るだろう。
ずず、と湯気が立つコーヒーを啜っていると、細木史也の言う通り、身体が少しずつ温まってきた。
コンビニ内は客はひとりもいないから、俺たちが喋らなければBGMの腹立つほど軽快な音しか聞こえない。
時折鼻を啜りながらしつこく滲んでくる涙を袖で拭っていると、俺の様子をチラチラと覗っていた細木史也が聞いてきた。
「あの……言いたくなかったら言わなくてもいいけど、言いたかったら聞くよ?」
「……聞いてくれるのか?」
俺が余程意外そうな顔をしていたのか、細木史也はちょっと口を尖らせる。
「当たり前でしょ。仲間が泣いてるのに放っておけないよ」
「細木さん……男前じゃん」
鼻水とコーヒーを同時に啜りながら細木史也を褒めると、細木史也はエヘヘと頭を掻いた。
いい人なんだろうなあ。そう思う。
俺を裏切った涼真だって、特別悪い人間じゃなかったと思う。俺を連れ帰ってすぐに抱いたのはどうかと思うけど、その後俺をずっと養ってくれていたのは事実だし。
もしかしたら俺が気付いてなかっただけで、前からも外で他の奴と浮気してたのかもしれない。だけど、少なくとも俺がバイトを始めて家にいない時間が増える前までは、俺は涼真の家に引きこもり状態だった。
涼真も毎日大体同じ時間に出て同じ時間に帰ってきてくれていたから、浮気なんてできなかったと思う。
バイトを始めてから、少しずつ時間が合わなくなっていたのは事実だ。でも、言ってくれたらいくらだって合わせたのに。
人を男に抱かれる身体にしておいてこれだもんな。それとも、何でも合わせて尽くそうとする俺に嫌気が差したのかもしれない。
何だかんだでもう三年だ。よくある倦怠期ってやつだったのかもなと思えば、別れは必然だったのかもと思い始めた。
そもそも、考えてみたら明確に「付き合おう」と言われたこともなかったから、別れるもなにもないかもしれないけど。
俺の中では涼真が常に一番で、他の奴に欲情するなんて考えたこともなかった。でも今の涼真にとっては違ったんだろう。悲しいけれど。
だったらもう、全部人に話してスッキリして、次に進みたい。
俺が口を開くのを静かに待ってくれていた細木史也を見上げる。
「あのさ、俺、実は家出少年でさ――」
ぽつりぽつりと、これまでのことを語り始めた。
俺の恋人が男だとは、このコンビニの誰も知らない。世間は同性同士の恋愛に寛容なようで、案外そうじゃない。
明るくて細かいことは気にしない性格の涼真だって、外を並んで歩く時は俺に触れようとはしなかった。
ネットを見れば、腐女子は俺たちみたいな存在を受け入れてくれるけど、大半は悪意を持って攻撃してくる。
気持ち悪いとかいって、それなら見なきゃいいじゃないかと思ったものだ。わざわざ攻撃しにいく意味が分からない。
でもだったら、こちらもわざわざ自分から的になりにいく必要はないよな。そう思って、俺も涼真に倣った。
「……で、路頭に迷ってた俺を拾ったのが、涼真って男だったんだけどさ」
軽蔑されても、事実は覆せない。
俺は覚悟を決めると、細木史也に言った。
「その日の内に抱かれてさ、その日以来俺は涼真の恋人だったんだよね」
細木史也の細い目が、若干だけど見開かれた。
俺が背負ったボストンバッグを見て、何かを察したらしい。気遣いが滲み出る声色で、声を掛ける。
「とりあえず、中に入って座りなよ」
「うん……っグス、ごめん、細木さん……っ」
細木史也に背中を軽く押されながら、レジの向こう側に行った。
レジに向かって右の突き当たりにある、スタッフオンリーと書いてある休憩室のドアを開く。細木史也は、キャスターが付いた背もたれ付きの椅子をカラカラと持ってきた。
背後の棚に煙草が陳列された前まで引いてくると、背もたれをポンと叩く。
いまいちどこを見てるか分からない細目を更に細めて、遠慮がちに笑った。
「ここ座って。コーヒー飲む?」
「……ん」
手の甲でぐしぐし涙を拭きながら、言われるがままに椅子に腰掛ける。膝の上にボストンバッグを乗せると、ぎゅっと抱き締めた。
これが俺の全財産。涼真と過ごした三年間で得た物は、たったこれだけ。
細木史也は、ポケットの財布から小銭を取り出して、レジを操作する。ホットコーヒー用のカップを取り出すと、レジの外に出てコーヒーメーカーの前に立った。
「砂糖とミルクいる?」
「……ミルク多め」
「了解、待ってて」
実はコーヒーはあまり得意じゃない。でも、ミルクを入れたらギリギリなんとか飲める。
涼真がコーヒー中毒だったから、嫌いって言えなかった。さも大好きですってフリして飲んでる内に、好きじゃないけど飲めるようになっていた。
子供って思われるのが嫌だったんだ。涼真は出会った時から大人の男だったから、俺は背伸びして追いつこうと必死だった。
……必死に取り繕った結果がこれだったけど。
細木史也はレジの内側に戻ってくると、俺にコーヒーを手渡す。煙草の陳列棚がある台にもたれるようにして腰掛けた。
「温まるよ」
「……ん。ありがと」
細木史也は一七〇あるかないかギリギリの俺とは違い、多分一八〇は優に超えている。だから余計にひょろり感があるけど、その分腰の位置も高かった。同じ場所に俺が寄り掛ったら、尻の位置に来るだろう。
ずず、と湯気が立つコーヒーを啜っていると、細木史也の言う通り、身体が少しずつ温まってきた。
コンビニ内は客はひとりもいないから、俺たちが喋らなければBGMの腹立つほど軽快な音しか聞こえない。
時折鼻を啜りながらしつこく滲んでくる涙を袖で拭っていると、俺の様子をチラチラと覗っていた細木史也が聞いてきた。
「あの……言いたくなかったら言わなくてもいいけど、言いたかったら聞くよ?」
「……聞いてくれるのか?」
俺が余程意外そうな顔をしていたのか、細木史也はちょっと口を尖らせる。
「当たり前でしょ。仲間が泣いてるのに放っておけないよ」
「細木さん……男前じゃん」
鼻水とコーヒーを同時に啜りながら細木史也を褒めると、細木史也はエヘヘと頭を掻いた。
いい人なんだろうなあ。そう思う。
俺を裏切った涼真だって、特別悪い人間じゃなかったと思う。俺を連れ帰ってすぐに抱いたのはどうかと思うけど、その後俺をずっと養ってくれていたのは事実だし。
もしかしたら俺が気付いてなかっただけで、前からも外で他の奴と浮気してたのかもしれない。だけど、少なくとも俺がバイトを始めて家にいない時間が増える前までは、俺は涼真の家に引きこもり状態だった。
涼真も毎日大体同じ時間に出て同じ時間に帰ってきてくれていたから、浮気なんてできなかったと思う。
バイトを始めてから、少しずつ時間が合わなくなっていたのは事実だ。でも、言ってくれたらいくらだって合わせたのに。
人を男に抱かれる身体にしておいてこれだもんな。それとも、何でも合わせて尽くそうとする俺に嫌気が差したのかもしれない。
何だかんだでもう三年だ。よくある倦怠期ってやつだったのかもなと思えば、別れは必然だったのかもと思い始めた。
そもそも、考えてみたら明確に「付き合おう」と言われたこともなかったから、別れるもなにもないかもしれないけど。
俺の中では涼真が常に一番で、他の奴に欲情するなんて考えたこともなかった。でも今の涼真にとっては違ったんだろう。悲しいけれど。
だったらもう、全部人に話してスッキリして、次に進みたい。
俺が口を開くのを静かに待ってくれていた細木史也を見上げる。
「あのさ、俺、実は家出少年でさ――」
ぽつりぽつりと、これまでのことを語り始めた。
俺の恋人が男だとは、このコンビニの誰も知らない。世間は同性同士の恋愛に寛容なようで、案外そうじゃない。
明るくて細かいことは気にしない性格の涼真だって、外を並んで歩く時は俺に触れようとはしなかった。
ネットを見れば、腐女子は俺たちみたいな存在を受け入れてくれるけど、大半は悪意を持って攻撃してくる。
気持ち悪いとかいって、それなら見なきゃいいじゃないかと思ったものだ。わざわざ攻撃しにいく意味が分からない。
でもだったら、こちらもわざわざ自分から的になりにいく必要はないよな。そう思って、俺も涼真に倣った。
「……で、路頭に迷ってた俺を拾ったのが、涼真って男だったんだけどさ」
軽蔑されても、事実は覆せない。
俺は覚悟を決めると、細木史也に言った。
「その日の内に抱かれてさ、その日以来俺は涼真の恋人だったんだよね」
細木史也の細い目が、若干だけど見開かれた。
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