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16 出てこられないように
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翌日。
この家にある鏡は曇っていて、自分の顔がはっきりとは見えない。
市場で時折見かける手鏡も覗いてみると歪んで見えるので、元の世界に比べて鏡の質はかなり低いのかもしれなかった。
「……腫れてない、かな?」
昨夜は、気付けば寝落ちしていた。だから長時間泣いた訳じゃなかったらしく、瞼はやや腫れぼったく感じたものの、鏡で見る限りは腫れてはいないと思う。ちょっぴりむくんでる程度かな。
念の為、冷たい井戸水で顔をしっかりと洗った。何となく引き締め効果がある気がして。
まだ二人とも寝ているようなので、朝食の支度を始めつつ静かにリビングの片付けをする。昨夜は二人で酒盛りでもしたのか、空の酒瓶やら豆の殻がゴミ箱に山盛りになっていた。
ゴミ箱を抱えて、裏庭に出る。ユージーンさんと会った時と同じく穴を掘って、ゴミ箱の中身を埋めた。
――この中に、僕の邪な心も埋めてしまいたい。
錆びついたシャベルで上から土を被せ、上から何度も何度も土を叩く。もう二度と外に出てこられないように。
元の世界と同じ失敗は、もう繰り返さない。決めていた筈なのに自ら破ろうとしてしまったのは、僕に余計な感情があるからだ。
何も考えるなというのは難しいから、そうだ、料理のことを考えよう。あの食材とこの食材を組み合わせたらどんな味になりそうと想像していれば、きっと一日は飛ぶように過ぎていくだろうから。
パンパンと、土が固く平らになるまで繰り返し叩き続けた。深呼吸をして、思考を研ぎ済ます。できる、僕にはできる。だって元の世界で高校に通っている間は、いつも自分に「空なれ、僕は空気だから人が何を言おうがしてこようが問題ない」って言い聞かせて、実際それでやってこれたんだから。
自分に言い聞かせ続けている内に、段々と気持ちが平坦になってくるのが分かった。
叩きすぎて、土が黒光りした頃。
僕は静かに立ち上がると、家の中へと戻る。
ユージーンさんが先に起き出したらしく、台所で水を飲んでいるところだった。
「イクト早いな! おはよう」
「ユージーンさん、おはようございます」
少しだけ口角を上げながら、挨拶を返す。
「なあ、今日はどこに寄りたい? 行きたい所はあるか?」
にこにこと話しかけてくるユージーンさんからは、純粋な好意しか感じられない。僕はこれを特別だと勘違いしたけど、冷静に一歩離れて考えてみれば分かることだった。ユージーンさんは人がいいから何も知らない異世界人の僕に親切にしてくれただけだったんだって。
「ありがとうございます。今日は今までユージーンさんに教わったことを踏まえて、ひとりで開拓したいと思ってます」
「……え?」
ユージーンさんの笑顔が固まる。ずっとおんぶに抱っこだった僕がそんな前向きなことを言うとは、思ってもなかったのかもしれない。
だから僕は微笑んだ。もう大丈夫だよって分かってもらう為に。
「僕もそろそろひとりで色々できるかなと思って。丁度油が切れそうなので、色んな油を見て話を聞いてこようと思います」
「あ……そ、そう、なの?」
「はい。そろそろ揚げ物にも挑戦してみたいなって思ってたんで、頑張ってみますね」
スッと横を通り過ぎ、ゴミ箱を元の位置へと戻す。桶を持つと、再び井戸へと戻る僕を見て、ユージーンさんは何も言わなかった。
この家にある鏡は曇っていて、自分の顔がはっきりとは見えない。
市場で時折見かける手鏡も覗いてみると歪んで見えるので、元の世界に比べて鏡の質はかなり低いのかもしれなかった。
「……腫れてない、かな?」
昨夜は、気付けば寝落ちしていた。だから長時間泣いた訳じゃなかったらしく、瞼はやや腫れぼったく感じたものの、鏡で見る限りは腫れてはいないと思う。ちょっぴりむくんでる程度かな。
念の為、冷たい井戸水で顔をしっかりと洗った。何となく引き締め効果がある気がして。
まだ二人とも寝ているようなので、朝食の支度を始めつつ静かにリビングの片付けをする。昨夜は二人で酒盛りでもしたのか、空の酒瓶やら豆の殻がゴミ箱に山盛りになっていた。
ゴミ箱を抱えて、裏庭に出る。ユージーンさんと会った時と同じく穴を掘って、ゴミ箱の中身を埋めた。
――この中に、僕の邪な心も埋めてしまいたい。
錆びついたシャベルで上から土を被せ、上から何度も何度も土を叩く。もう二度と外に出てこられないように。
元の世界と同じ失敗は、もう繰り返さない。決めていた筈なのに自ら破ろうとしてしまったのは、僕に余計な感情があるからだ。
何も考えるなというのは難しいから、そうだ、料理のことを考えよう。あの食材とこの食材を組み合わせたらどんな味になりそうと想像していれば、きっと一日は飛ぶように過ぎていくだろうから。
パンパンと、土が固く平らになるまで繰り返し叩き続けた。深呼吸をして、思考を研ぎ済ます。できる、僕にはできる。だって元の世界で高校に通っている間は、いつも自分に「空なれ、僕は空気だから人が何を言おうがしてこようが問題ない」って言い聞かせて、実際それでやってこれたんだから。
自分に言い聞かせ続けている内に、段々と気持ちが平坦になってくるのが分かった。
叩きすぎて、土が黒光りした頃。
僕は静かに立ち上がると、家の中へと戻る。
ユージーンさんが先に起き出したらしく、台所で水を飲んでいるところだった。
「イクト早いな! おはよう」
「ユージーンさん、おはようございます」
少しだけ口角を上げながら、挨拶を返す。
「なあ、今日はどこに寄りたい? 行きたい所はあるか?」
にこにこと話しかけてくるユージーンさんからは、純粋な好意しか感じられない。僕はこれを特別だと勘違いしたけど、冷静に一歩離れて考えてみれば分かることだった。ユージーンさんは人がいいから何も知らない異世界人の僕に親切にしてくれただけだったんだって。
「ありがとうございます。今日は今までユージーンさんに教わったことを踏まえて、ひとりで開拓したいと思ってます」
「……え?」
ユージーンさんの笑顔が固まる。ずっとおんぶに抱っこだった僕がそんな前向きなことを言うとは、思ってもなかったのかもしれない。
だから僕は微笑んだ。もう大丈夫だよって分かってもらう為に。
「僕もそろそろひとりで色々できるかなと思って。丁度油が切れそうなので、色んな油を見て話を聞いてこようと思います」
「あ……そ、そう、なの?」
「はい。そろそろ揚げ物にも挑戦してみたいなって思ってたんで、頑張ってみますね」
スッと横を通り過ぎ、ゴミ箱を元の位置へと戻す。桶を持つと、再び井戸へと戻る僕を見て、ユージーンさんは何も言わなかった。
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