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14 幸せな時間
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それからというもの、ユージーンさんはトイレとお風呂以外はほぼ僕の隣にいるようになった。
ちょっとセンチメンタルになるような話をしちゃったから、気を遣ってくれているんだと思う。余程僕が寂しがっていると思われたのか、毎晩同じ布団で寝ようと誘われている。さすがにそれは拙いんじゃないかと思ったけど、考えてみればユージーンさんにとって僕は犬か猫のようなものだ。
「だって可愛がりたいだろ?」と言われたら、「そういうものなのかもな」と確かに納得できた。なので、以降大人しくユージーンさんの腕の中で寝ている。
こっちの世界は仲がいいとこうやってくっついて寝るのが常識だよと言われたら、そうなのかと思うしかない。それにユージーンさんは僕より体温が高いので、ほかほかで寝られるのが実は気に入っていたりして。
ユージーンさんの貴重な自由時間を奪ってしまって悪いなあとは思う。でもローランさんの一歩引いて見守ってもらえているような感じとは違って、ユージーンさんの「一緒に楽しむ」立ち位置が僕にとっては新鮮で、単純に嬉しかった。
なんだか自分がユージーンさんの特別になった気持ちになれたから。
市場に一緒に行けば、これまで用途不明だった物をひとつひとつ説明してくれたりする。僕の質問にユージーンさんが答えられないと、周りの人に尋ねてくれたり一緒に調べたりしてくれた。
答えが分かると、「俺たちひとつ賢くなったな!」なんて満面の笑みを向けられて――好きになるなって方が無理な話だ。
ユージーンさんの隣にいると、これまでは穏やかなパステル調だった世界が原色に輝いて見えることに気付いたんだ。この世界でもこんなにワクワクできたんだと思う度、ユージーンさんから離れ難くなる。
いつものように二人並んで市場を歩いていると、ユージーンさんが小さな出店に並ぶ商品を指差す。
「イクト! あれは食べたことあるか?」
「いえ。というか、それって食べ物だったんですね?」
手作り石鹸かなあとなんとなく予想していたオレンジ色をした四角い物体を、ユージーンさんがパッと買ってきた。僕の口許に近付けると、にっこりと笑う。
「じゃあまずは情報なしに試食だな。ほらイクト、あーんして」
すっかり慣れてしまった「あーん」に条件反射的に口を開けると、ぱくりと口に含んだ。……甘い。柑橘系の果汁が入ってるのか、仄かな酸味と蜂蜜らしき甘味が口の中に広がった。もちもちとした食感は、膨らまなかった失敗パウンドケーキに似ている。でも美味しい。素朴なお菓子って感じだ。
しばらく飲み込めなくてもぐもぐしている僕を、ユージーンさんが目を弓形に細めながらじっと見つめている。
僕が新しいものを食べる時、ユージーンさんはよくこの表情をした。……貧相な筈の顔を見られる度、毎回心が乱されてしまう。ユージーンさんは人の顔を凝視するのは、ただの癖なのに。
「かわ……やば」
「?」
何か付いてるのかな、と口元に手を伸ばした。と、ユージーンさんが先に僕の頬に手を当てる。
「じっとして」
「は……はい」
親指で下唇をなぞられると、ユージーンの親指に食べかすが付いていた。あ、やっぱり付いてたんだ。それを躊躇なく舌で舐め取ったユージーンさんが、にこやかに尋ねる。
「……美味しいか?」
「は、はい」
ドギマギしてしまって、思わず目を逸らした。……顔、赤くなってないかな。こういう時こそ、何か話題だ。ええと――。
「こ、これって何からできてるんですか?」
「ん? これの材料はな――」
そんな風に、表情をくるくる変えながら、僕になんでも教えてくれる優しくて格好いいユージーンさん。
僕の心臓は、ユージーンさんの笑顔を見る度に高鳴っていった。
こっちの世界では絶対恋なんてしないと決めてたのに、気がつけばいつもユージーンさんを目で追っている自分がいる。
ユージーンさんと目が合うだけで幸せだった。
勿論男同士だから、僕がユージーンさんに惹かれつつあるなんて、口が裂けても言えない。だけど思ってしまったんだ。こんなに幸せな気持ちになれるなら、想うだけなら許されないだろうか、と。
だけど、とうとう恐れていた日は訪れてしまった。
ちょっとセンチメンタルになるような話をしちゃったから、気を遣ってくれているんだと思う。余程僕が寂しがっていると思われたのか、毎晩同じ布団で寝ようと誘われている。さすがにそれは拙いんじゃないかと思ったけど、考えてみればユージーンさんにとって僕は犬か猫のようなものだ。
「だって可愛がりたいだろ?」と言われたら、「そういうものなのかもな」と確かに納得できた。なので、以降大人しくユージーンさんの腕の中で寝ている。
こっちの世界は仲がいいとこうやってくっついて寝るのが常識だよと言われたら、そうなのかと思うしかない。それにユージーンさんは僕より体温が高いので、ほかほかで寝られるのが実は気に入っていたりして。
ユージーンさんの貴重な自由時間を奪ってしまって悪いなあとは思う。でもローランさんの一歩引いて見守ってもらえているような感じとは違って、ユージーンさんの「一緒に楽しむ」立ち位置が僕にとっては新鮮で、単純に嬉しかった。
なんだか自分がユージーンさんの特別になった気持ちになれたから。
市場に一緒に行けば、これまで用途不明だった物をひとつひとつ説明してくれたりする。僕の質問にユージーンさんが答えられないと、周りの人に尋ねてくれたり一緒に調べたりしてくれた。
答えが分かると、「俺たちひとつ賢くなったな!」なんて満面の笑みを向けられて――好きになるなって方が無理な話だ。
ユージーンさんの隣にいると、これまでは穏やかなパステル調だった世界が原色に輝いて見えることに気付いたんだ。この世界でもこんなにワクワクできたんだと思う度、ユージーンさんから離れ難くなる。
いつものように二人並んで市場を歩いていると、ユージーンさんが小さな出店に並ぶ商品を指差す。
「イクト! あれは食べたことあるか?」
「いえ。というか、それって食べ物だったんですね?」
手作り石鹸かなあとなんとなく予想していたオレンジ色をした四角い物体を、ユージーンさんがパッと買ってきた。僕の口許に近付けると、にっこりと笑う。
「じゃあまずは情報なしに試食だな。ほらイクト、あーんして」
すっかり慣れてしまった「あーん」に条件反射的に口を開けると、ぱくりと口に含んだ。……甘い。柑橘系の果汁が入ってるのか、仄かな酸味と蜂蜜らしき甘味が口の中に広がった。もちもちとした食感は、膨らまなかった失敗パウンドケーキに似ている。でも美味しい。素朴なお菓子って感じだ。
しばらく飲み込めなくてもぐもぐしている僕を、ユージーンさんが目を弓形に細めながらじっと見つめている。
僕が新しいものを食べる時、ユージーンさんはよくこの表情をした。……貧相な筈の顔を見られる度、毎回心が乱されてしまう。ユージーンさんは人の顔を凝視するのは、ただの癖なのに。
「かわ……やば」
「?」
何か付いてるのかな、と口元に手を伸ばした。と、ユージーンさんが先に僕の頬に手を当てる。
「じっとして」
「は……はい」
親指で下唇をなぞられると、ユージーンの親指に食べかすが付いていた。あ、やっぱり付いてたんだ。それを躊躇なく舌で舐め取ったユージーンさんが、にこやかに尋ねる。
「……美味しいか?」
「は、はい」
ドギマギしてしまって、思わず目を逸らした。……顔、赤くなってないかな。こういう時こそ、何か話題だ。ええと――。
「こ、これって何からできてるんですか?」
「ん? これの材料はな――」
そんな風に、表情をくるくる変えながら、僕になんでも教えてくれる優しくて格好いいユージーンさん。
僕の心臓は、ユージーンさんの笑顔を見る度に高鳴っていった。
こっちの世界では絶対恋なんてしないと決めてたのに、気がつけばいつもユージーンさんを目で追っている自分がいる。
ユージーンさんと目が合うだけで幸せだった。
勿論男同士だから、僕がユージーンさんに惹かれつつあるなんて、口が裂けても言えない。だけど思ってしまったんだ。こんなに幸せな気持ちになれるなら、想うだけなら許されないだろうか、と。
だけど、とうとう恐れていた日は訪れてしまった。
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