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12 高鳴り

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 廊下を歩きながら、風呂に入っているローランさんにユージーンさんが声を掛ける。

「親父、俺たち寝るから! おやすみ!」
「ローランさん、おやすみなさい」
『おー! 早く寝るんだぞー』

 くぐもったローランさんの声が返ってきた。いつもより沢山飲んでいたからか、声がかなり眠そうだった。

 なんとなく僕の部屋に向かおうとしたら、「俺の布団の方が広いから」という理由でユージーンさんの部屋に招き入れられる。

 言われるがままに奥側に横になると、ユージーンさんはごく自然に手前側に横向きに寝転んだ。

 三角の肘枕をすると、興味津々なことがありありと分かる表情で「ん」と僕を急かす。こういうところも子供みたいで、なんだか可愛い。思っていることが顔に出る素直な人なんだろうと思う。

「じゃあイクト、異世界にいた時のイクトのことを教えて」

 あれ? 異世界の話じゃなくて、僕の話? と思ったけど、確かに漠然と異世界の話をしろと言われても僕だって答えにくい。国がいくつあってとか文明がどうだとかいう話を始めたら、間違いなくひと晩じゃ終わらなくなるだろうし。

 僕のつたない話で分かってもらえるかは不安が残る。だけどユージーンさんはキラキラした目で待っているし、冒険者だから曖昧な情報を聞いて回って集めることもあるだろうし……と、話を始めることにした。

「ええと……そんな楽しい話じゃないかもしれませんけど」
「いーの。これまでイクトがどうやって生きてきたのかを教えて?」
「じゃ、じゃあ、」

 促されるまま、僕は自分が元の世界でどう暮らしていたのかを語り始めた。義務教育があることや魔法の代わりに様々な文明の利器があることを話すと、ユージーンさんは「すげー!」と感動しながら「それで? それで?」とどんどん話題を引き出す。

 そのお陰だろう。自発的に喋るタイプではないのに、気が付けばあまり言うつもりのなかった母さんの病気の話や死別の話までしてしまっていた。

 料理をするようになったきっかけも、それこそ言う予定がなかった学校でのいじめのことも、ユージーンさんが「イクトは頑張ったんだな」とか「そいつらを殴ってやりたいよ」とか優しい感想ばかり挟むから、聞かれるがままに全部喋った。

 でも、いじめの発端になった「恋愛対象が男性」なことだけは、どうしても言えなかった。それを知ったローランさんとユージーンさんがサーッと潮が引くように距離を置く未来を想像したら、口が裂けても言える筈がない。

 僕の秘密がばれても、僕は異世界人でローランさんは監督者のままだ。きっとこの先簡単に離れるなんてことは許されない筈だから、ローランさんと息子のユージーンさんに居心地が悪い思いをさせたくはない。

 母さんの葬儀が全部終わり、あの世界に何も未練がないと思ったまま寝たらいつの間にか異世界に来ていたことも話した。ユージーンさんはハッと息を呑んだ後、無言で僕の頭を抱き寄せ撫でる。

 子供扱いされてるのかなって思わなくもなかったけど、暫く鼻をすすっていたから、もしかしたら涙ぐんでしまった顔を見られたくなかっただけなのかもしれない。

 正直、ベッドの上で抱き合うのってどうなのとは思った。ユージーンさんは格好いいし、優しくて明るい性格も好ましくて、今日会ったばかりだというのにどうしたって意識してしまうじゃないか。

 僕があれこれ経験済みだったら、もしかしてこの状況を「ラッキー」くらいには思えたかもしれない。でも、お世話になっている人の息子さんを邪な目で見ちゃさすがに駄目だろう。

 それに僕は――自分の性癖は、今度こそ誰にも漏らさないで生きていこうって決めたから。

 ユージーンさんの距離の近さは、犬猫に対する可愛がりと近いものがあるんじゃないか。そう、きっとそうだ。だからこれは彼にとって、何気ない色気なんてないこと。

 そんな風に必死で冷静になろうと努めた。

 いつもより大分早い僕の心臓の音が、どうかユージーンさんに聞こえていませんようにと祈りながら。

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