異世界転移して岩塩を渇望していたらイケメン冒険者がタダでくれたので幸せです

緑虫

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8 調理開始

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 鶏肉を観音開きにして、包丁の先でぷつぷつと穴を空ける。

 砂糖が入手困難な代わりに、蜂蜜は比較的手に入りやすい。鶏肉に蜂蜜と塩を満遍まんべんなく手の平で塗りたくった。まな板の上でくるくるギュッと巻いた後、串を刺して固定する。うん、いい感じだ。

 フライパンは当然だけどテフロン加工なんてしてないから、まずは最初にきちんと熱してあげる。そうするとフライパンにくっつかなくなるんだそうだ。母さんに教えてもらった生活の知恵は、異世界でもちゃんと役立っている。

 木の実から採れた油を軽く敷いて、中央に巻いた鶏肉を置いた。酸味がやや強めな黄色い果実酒を少し多めに注ぎ入れる。キャベツに似た葉野菜をお肉の上に載せた後、蓋をした。野菜は予め塩茹でしてあるからこれだけでも美味しいけど、こうすると火力の調整が難しいかまどでも大惨事にならずに済むのだ。

 勿論、ニセキャベツを塩茹でしたお湯は捨てない。水事には裏の井戸水を使うけど、今回使用するのは村の中心にある泉から汲んできた湧き水だし、貴重な塩を使っているから捨てるなんて選択肢は僕には最初からない。

 井戸水も美味しいは美味しいけど、ちょっとばかり金臭さが目立った。湧き水は軟水なのかとても柔らかくて美味しいので、スープを作る時は断然こっちが旨い。

 出汁は鶏ガラだ。来たばかりの頃は羽と内臓だけ取られた鶏肉に触れるのにも勇気がいったけど、もう慣れた。それに、骨まわりはいい出汁が取れるのだ。

 近所の市場で安かった野菜を鍋に次々に投入し、鶏ガラスープで煮込む。鶏ガラは頭もまとめて煮込むものらしくて、肉屋さんに教えてもらった時は「マジで」と思った。だって、スープを掬って頭が出てきてこんにちはをしたら、ねえ。

 そこで僕は思いついたんだ。見たくなければ隠せばいいと。

 怪我をした時の包帯代わりに使うサラシで包みギュッと結べば取り出す時も楽だし、スープを掬ってしたくないご対面をする恐れもない。布はきちんと洗えば何度でも使えるので、これは我ながらナイスアイデアだと思った。

 くん、と鼻を動かす。

 鶏ガラスープからいい香りが立っていた。

「うーん、いい感じ」

 小声で呟く。試しに味見をしてみると、驚くほどの味の深さに、思わず静かにガッツポーズを作った。これだ。これが僕が欲して止まないものだった。

「くうー……っ、岩塩ありがとう……!」

 食材に塩が入ると、浸透圧によって旨味成分が引き出されるから、塩を加えるだけで驚くほどに味が深まるんだ。これも元の世界での知識だった。

 ……母さんのむくみが出るようになってから塩分を減らしても美味しいものを食べさせてあげたくて調べたことが、異世界でもきちんと役に立っている。

「……うん。よーし、次!」

 しんみりとしそうになり、慌てて思考を切り替えた。

 実はついこの間、トマトと味がそっくりな緑色の野菜を発見していたのだ。見た目は中身がパンパンな大きな唐辛子だから「辛そう」なんて敬遠してたけど、市場の売り子の子供なのか、売り場の横で丸かじりしている子供を見て試しに買ってみたら、これが大当たり。その日から数日間、ニセトマト料理が続いた。

 料理にだけは異様な拘りを見せる僕を、ローランさんは微笑みながらそっと見守ってくれた。その時も「またこれか」なんてことは一度も言わず、ただ「美味しいなあ」と言ってくれた。優しい人なんだ、ローランさんは。

 ニセトマトを包丁で細かく刻んでから鍋に投入。

 そして、ここで本日の主役の登場だ。

 形は楕円じゃなくて丸いけど、長期保存が効くと最近流通し始めたというお米にそっくりな穀物を炊いた鍋の蓋を開けると、真っ白い蒸気が吹き出す。いい感じだ。

 何度も試行錯誤を繰り返したから、鍋での炊飯ももう問題ない。

 市場の人曰く、少し離れた町に住む異世界人が品種改良に品種改良を続けて数年、ようやく流通させても問題ないレベルの物が出来上がったんだそうだ。……ちょっと涙ぐんだ。すごく苦労したんだろうな。そしてすごく食べたかったんだろうな、お米。

 ほかほかの白米を、塩水を付けた手に取り「アチチッ」と呟きながら三角にしていく。

 こればかりは塩味じゃないとだろうっていう、究極の和食だ。ずっと食べたかった。海苔がないのはどうしようもないから諦めるけど、ひと口齧った時に口の中に広がる米の甘さと塩の得も言われぬ融合を、ずっと欲していた。

 ユージーンさんが大好きだっていうチーズとニセトマトをスライスして挟んだ、カプレーゼみたいな一品も用意した。油と塩をパラパラと振りかけるのが、味を引き立てるコツだ。食べやすいようにスライスして焼いたパンの上に載せてあるから、米が駄目な場合はこちらでって意味で。

「ご飯ですよー!」

 食卓に料理を並べ終えると、リビングで酒盛りをしていた親子が表情を輝かせながらやってきた。
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