上 下
4 / 21

4 塩がほしい

しおりを挟む
 この世界で調味料は貴重品だ。

 せめてふんだんに塩を使えたらもうちょっと味わい深い料理が作れる筈だけど、岩塩は高い。交易品になるくらいの高級品だ。

 海の塩はどうだろうと思ったけど、この国に海はないらしい。塩湖があると岩塩が採れるけど、塩湖の塩だって元は海水らしいから、海から遠いと岩塩だってないのかもだ。

 監督者付きの異世界生活にもローランさんとのふたり暮らしにも、不満はない。むしろ、僕みたいな面白味のない異世界人を善意で受け入れてくれてる彼らには、感謝しかない。

 なんだけど。

 なんだけど!

「塩っぱいものが食べたい……っ」

 塩が簡単に手に入らない地域でも、動物の血肉に塩分が含まれているから死なない程度に塩分は摂取できているんだろう。前に食卓塩を買い忘れて調べたら、そんな情報が手に入った。

 でも、所詮は微々たるもの。ピリッとしたアクセントとしては、明らかに不足している。

 この際、醤油は諦める。だけどせめて塩! 塩だけはもう少しお気軽に使えないものか。

 ローランさんが僕の手料理を褒めてくれる度に、「もっと美味しいのが作れるんです……!」と主張したくて堪らなくなった。元の世界に全部を置いてきたと思っていたけど、食に対する欲だけは残っていたらしい。

 ……母さんが「美味しい」って言って笑ってくれた思い出が僕の心の中に残っているからかも、だけど。

 そんなことを考えつつ、しゃがみながら家の裏側に穴を掘って生ゴミを埋めていると。

 突然、頭上から影が差し込んで手元が暗くなった。

 なんだろう、と思って上を見上げてみる。

「え……?」

 大きな羽が何本も刺さった、えんじ色のツバ付き帽子。どこぞの貴族様ですか? みたいな帽子を被った青い髪の若い男が、僕をじっと見下ろしていた。

 ローランさんとよく似た、コバルトブルーの髪。うなじが見えるくらいの短さで、耳からぶら下がったシャラシャラ揺れる金属製のピアスがオシャレっぽい。とりあえずこの村の人は装飾品なんて殆ど付けないから、この辺の人じゃないんだなあと識別はついた。

 淡い色のタートルネックに、帽子と同じえんじ色のベストを着ていて、普段生成りの服ばかりなこの村では目立つ。田舎じゃ明らかに浮きまくる格好だったけど、目鼻立ちのくっきりとしたこのイケメンにはとてもよく似合っていた。

 男が、観察するように青い目で僕をじっと見つめる。

「……お前、誰? なんでうちの裏で穴掘ってんの?」

 その言葉で確証を得た。この人は、ローランさんが溺愛している上級冒険者の息子さんだ。

「あ、あの、僕はローランさんの所でご厄介になっている者で、」
「ん? 親父と住んでる? どーゆーことだ」

 息子さんが、一瞬で凄んだ目つきに変わる。覇気をまとうってこういうことを言うんだろうか。背筋がぞくりとした。

 抵抗したらもっと酷いことになる。学校で受けていた陰湿で終わりのなかった暴力からそのことを学んでいた僕は、文字通り固まってしまった。

 息子さんは僕の横に膝を突くと、まじまじと人の顔を覗き込む。ど、どうしよう。怖い、でもローランさんの息子さんなら雰囲気は怖いけど案外いい人なのかも?

 あまりにも見つめられ続けられて、居心地が悪くなりモゾモゾしてしまった。

 何か打開策はないか。そ、そうだ、ローランさんを呼べば……!

 と僕が思った、その時。

 意外な言葉が息子さんの口から飛び出してきた。

「ふーん。確かに、すっげー可愛い顔してんな」
「へ……?」

 何を言われているか一瞬分からなくて、思わずぽかんとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[長編版]異世界転移したら九尾の子狐のパパ認定されました

ミクリ21
BL
長編版では、子狐と主人公加藤 純也(カトウ ジュンヤ)の恋愛をメインにします。(BL) ショートショート版は、一話読み切りとなっています。(ファンタジー)

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

処理中です...