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1 異世界転移
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人間は、生き甲斐を失うと空っぽになるらしい。
唯一の家族だった母さんの葬儀が終わった後、残された問題は納骨についてだった。
家の宗派が分からなくて困っていたら、宗派を問わず受け入れてくれるお寺を紹介された。全骨を納骨すれば数万円のお布施だけでいいですよと言われて、有り難く納骨させてもらった。
それで、おしまい。母さんは、綺麗さっぱりこの世から姿を消した。
母さんの死因は腎不全だ。長年の飲酒による肝硬変が腎不全になり、そこから亡くなるまでわずかひと月しかなかった。
その間に母さんは、「これはあの人にあげて、これは処分していいよ。あ、これは売れるから郁人のお小遣いにしちゃいなよ」などとあえて明るく振る舞い、僕に狭いワンルームのアパートの部屋の中をひたすら片付けさせた。
理由は聞かなくても分かった。たったひとりしかいない家族をこれから失う僕が、母さんが亡くなった後に遺品整理をして心が止まらないようにしてくれたんだろう。
母さんの指示の元、僕は整理を続けた。頭を働かせずに身体を動かしている間は、ひとり取り残される先のことを考えずに済んだ。
『これはどうしたらいい?』とメッセージを送れば、『駅前の貴金属店でいい値段付くかな!』なんて明るい返事が届く。
手がむくんでスマホの操作が難しい時は、音声入力をしてでもすぐに返事をくれた。誤変換が多くて、画面の先の母さんは『笑っちゃった』と言っていた。
だから、全部が終わって家に戻っても、明日から変わらない日々が待っている。
高校だけは卒業しなさいと、母さんは体調が悪いのをひた隠しにして、長年務めていたスナックで夜中まで働き続けた。母さんが身体を張ってくれたお陰で、母子家庭の僕でも私立の高校に通えることができていた。
卒業式を迎えた日、保険金と沢山の思い出を残して、全てをあの世に持っていってしまった母さん。
心にぽっかりと穴が空いた。
昼まで寝てる母さんの為に、通学前にお昼ごはんの用意をして。学校から帰ってきたら夜ごはんを作って母さんとちゃぶ台に向き合って食べる時間が、僕にとっては平和の象徴だった。
友達とか彼氏を作ったら、と言われたこともあった。あんた反抗期もなくてよかったの? なんて笑われたこともあった。
でも僕は、それまで仲がいいと思っていた同級生の女子に秘密を打ち明けたら「あんた男好きなの? キモ!」って笑われてまで元の友達のままでいたいとは思わなかったし、話を聞いたちょっと好きだった同級生の男子に「気持ち悪い目で俺を見るなよ!」てお腹を蹴られて吐いてまで付き合いたいとは思えなかった。
反抗期なんていらないから、温かい母さんといたかったんだ。
父さんが死んだ後、母さんは僕を必死で育ててくれた。泣きたい時だってあった筈なのに、母さんはいつも太陽みたいに笑ってた。
「おいしい」って言う母さんの笑顔を見ることが、僕の生き甲斐だったんだ。学校でどんなに虐められても痛い思いをしても、家に帰れば母さんの笑顔が待っていたから。僕が帰る場所はここだと思えたから、何とか頑張ってこれた。
それがなくなった今、僕はこの先何を生き甲斐に生きていけばいいんだろう。
分からなくて、母さんの遺影をぼんやりと眺めながら布団の中で目を閉じる。
この世界にはもう、僕を引き止める存在は何もないな――。
そんなことを考えながら寝たからだろうか。
目が覚めると、僕は異世界にきていた。
唯一の家族だった母さんの葬儀が終わった後、残された問題は納骨についてだった。
家の宗派が分からなくて困っていたら、宗派を問わず受け入れてくれるお寺を紹介された。全骨を納骨すれば数万円のお布施だけでいいですよと言われて、有り難く納骨させてもらった。
それで、おしまい。母さんは、綺麗さっぱりこの世から姿を消した。
母さんの死因は腎不全だ。長年の飲酒による肝硬変が腎不全になり、そこから亡くなるまでわずかひと月しかなかった。
その間に母さんは、「これはあの人にあげて、これは処分していいよ。あ、これは売れるから郁人のお小遣いにしちゃいなよ」などとあえて明るく振る舞い、僕に狭いワンルームのアパートの部屋の中をひたすら片付けさせた。
理由は聞かなくても分かった。たったひとりしかいない家族をこれから失う僕が、母さんが亡くなった後に遺品整理をして心が止まらないようにしてくれたんだろう。
母さんの指示の元、僕は整理を続けた。頭を働かせずに身体を動かしている間は、ひとり取り残される先のことを考えずに済んだ。
『これはどうしたらいい?』とメッセージを送れば、『駅前の貴金属店でいい値段付くかな!』なんて明るい返事が届く。
手がむくんでスマホの操作が難しい時は、音声入力をしてでもすぐに返事をくれた。誤変換が多くて、画面の先の母さんは『笑っちゃった』と言っていた。
だから、全部が終わって家に戻っても、明日から変わらない日々が待っている。
高校だけは卒業しなさいと、母さんは体調が悪いのをひた隠しにして、長年務めていたスナックで夜中まで働き続けた。母さんが身体を張ってくれたお陰で、母子家庭の僕でも私立の高校に通えることができていた。
卒業式を迎えた日、保険金と沢山の思い出を残して、全てをあの世に持っていってしまった母さん。
心にぽっかりと穴が空いた。
昼まで寝てる母さんの為に、通学前にお昼ごはんの用意をして。学校から帰ってきたら夜ごはんを作って母さんとちゃぶ台に向き合って食べる時間が、僕にとっては平和の象徴だった。
友達とか彼氏を作ったら、と言われたこともあった。あんた反抗期もなくてよかったの? なんて笑われたこともあった。
でも僕は、それまで仲がいいと思っていた同級生の女子に秘密を打ち明けたら「あんた男好きなの? キモ!」って笑われてまで元の友達のままでいたいとは思わなかったし、話を聞いたちょっと好きだった同級生の男子に「気持ち悪い目で俺を見るなよ!」てお腹を蹴られて吐いてまで付き合いたいとは思えなかった。
反抗期なんていらないから、温かい母さんといたかったんだ。
父さんが死んだ後、母さんは僕を必死で育ててくれた。泣きたい時だってあった筈なのに、母さんはいつも太陽みたいに笑ってた。
「おいしい」って言う母さんの笑顔を見ることが、僕の生き甲斐だったんだ。学校でどんなに虐められても痛い思いをしても、家に帰れば母さんの笑顔が待っていたから。僕が帰る場所はここだと思えたから、何とか頑張ってこれた。
それがなくなった今、僕はこの先何を生き甲斐に生きていけばいいんだろう。
分からなくて、母さんの遺影をぼんやりと眺めながら布団の中で目を閉じる。
この世界にはもう、僕を引き止める存在は何もないな――。
そんなことを考えながら寝たからだろうか。
目が覚めると、僕は異世界にきていた。
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