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97 告白の返事

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 天使様の作戦は、意外なほどうまくいった。

 夜限定で僕がアリの元に向かうと、辛そうながらも頑張って食事を取るようになってくれたんだよね!

 しかも「天使様が毎晩幻となって俺の前に現れてくれるお陰だ」と言って、なんと笑顔まで見せてくれるようになったんだ! ものすごい進歩だと思う!

「あのさ、僕はルカじゃないからね?」と念の為言うと、「勿論分かっている。天使様だろう?」と楽しそうに笑うアリ。ちゃんと信じてくれていそうでよかった。まあ、アリは根が素直だもんね!

 ユーネル侯爵は何度か王都に戻ったけど、すぐに戻ってきてはアリの様子を聞きに来た。「天使様作戦はうまくいってます!」と報告すると、何故か頬を引き攣らせていたけど。「貴様は頭はいい筈なのにどうして……」って呟いてた。意味が分からない。

 そうそう、今の公爵夫人と弟くんも現在本邸に来てて、日中にアリに会いに来ては話して帰っていくらしい。「寒いからといってこれをくれた」と手編みの肩がけを見せてくれたアリは、照れくさそうに、だけど嬉しそうな微笑を浮かべていた。

 食事を取ってくれるようになってしばらくしてから、辛そうだった高熱がただの熱程度まで下がってきた。傷口はまだ痛そうだけど、大分肉が浮き出てきて塞がり始める。まだ動くと痛むらしくて大変そうだけど、自分の足で立ってトイレにも行けるようになったんだ。凄い努力だと思う。

 アリは弱音ひとつ吐かなかった。お医者さんにそろそろ腕を動かした方がいいと言われたそうで、脂汗を浮かせながら懸命に運動も続けている。アリが歯を食い縛りながら努力する姿を見ていたら……うっ、涙が……!

 だけど起き上がれるようになったのに、相変わらず食事は口移しでしか食べないのだけは困っていた。スープの時はまだよかったけど、固形物を口移しって……なんか卑猥なんだよ!

 しかもアリの舌が僕の口の中に残った食事を綺麗に舐め取る度に、あまりの気持ちよさにゾクゾクしちゃってつい甘ったるい声が出てしまう。

「も、もうないから……っ、んっ」
「いや、まだ味がする」

 アリは執拗に僕の口の中を味わい、僕が火照って息切れをするまで勘弁してくれなかった。そんなにお腹が空くようになったんだ……うう、嬉しいんだけど恥ずかしいよ……!

 そんなこんなでお腹が膨れてアリがウトウトしだすと、僕はそっと部屋を出て自分の家に帰る。

 最初の頃はクリストフ先輩が「危ないからボクに送らせて!」と言っていたけど、僕も男だし家だってそんなに遠くない。夜中は外を歩いている人もまずいないので、「大丈夫ですから!」と言って走って帰るようにしていた。

 家に帰ると、出迎えてくれるのはネムリバナの鉢植えと、机の上に飾られたアリから誕生日プレゼントに貰った宝物の数々。

 あれだけ眠れなかった筈なのに、アリの看病を始めた途端にぐっすり眠れるようになった。我ながら単純すぎて笑ってしまう。なので現在、僕の目の下にクマはない。

 朝はさすがに眠くて無理だったので、お昼少し前に先輩のところに顔を出して、一緒に作業をしている。もう膝枕でのお昼寝は必要なくなったことを伝えると、先輩は寂しそうな笑顔で「分かった」と頷いてくれた。

 穏やかに日々は過ぎていく。この生活にも、次第に終わりが近付いてきていた。

 僕は最初の時点で、終わりの時期を定めていたんだ。アリの傷がきちんと塞がって、熱が完全に下がり切ったら、天使様は任務終了で天界へと戻っていく。じゃないと辻褄が合わないもんね。

 もういい加減、先輩に甘えるこの生活も終わりにしないといけない。

 だから。

 侯爵家の庭はすっかり冬模様になり、色とりどりな枯れ葉が地面を彩っている。日差しが温かな温室で、僕は先輩に伝えた。

「クリストフ先輩。先輩の気持ちはとても嬉しいですけど、やっぱり先輩の気持ちに応えることはできません。ごめんなさいっ」

 ぶん、と音が鳴りそうな勢いで頭を下げると、上の方から「ふふ」と小さな笑いが聞こえてきた。え? と思って顔を上げると、先輩が穏やかな笑みを浮かべて僕を見下ろしている。

「うん。最初から分かってたから大丈夫」
「クリストフ先輩……」
「アルフレートが怪我をしてこっちに戻ってきた時点で、あーもう負けたなって悟ってたし」
「それは……」

 先輩の手が、僕の頬にあてられた。親指で、以前はクマがあった部分をなぞっていく。

「ボクにはこれを消すことはできなかった。だけどアルフレートはいとも簡単に消せた。だからね、うん。ボクにとっては、予想外のご褒美の時間が貰えたんだって思ってるよ」

 眼鏡の奥の紫眼が、にこ、と笑った。

「ご褒美……ですか?」
「うん。だって本来だったら、ルカはボクの所には来なかったでしょ? それが伯父さんがやらかしちゃったせいでボクの所に転がり込んできた。まあ半分連れ去ったが正解かもしれないけど、あは」
「そんなことは――」
「そんなことあるよ。ボクはルカを連れてこようと必死だった。連れてきた後は、ルカを懐柔しようと必死だったもんね」
「先輩……」

 先輩の大きな手が、ポンと僕の頭を撫でる。

「ボクの敗因は、最初から諦めてしまったことだから。二人の間に入り込む隙なんてないと思って、何も行動に移さなかった。だから……泣かないで、ルカ」
「ず、ずびばぜん……っ」

 ああもう、先輩を振ったのは僕の方なのに、泣いちゃって申し訳ない……! だけど先輩の優しさがあまりにも温かくて、つい涙腺が崩壊しちゃったんだよ……!

「ルカ。今度こそちゃんと幸せになって」

 きっと、僕の顔は涙でぐしょぐしょで見られてもんじゃなかったと思うけど。

 それでも心からの笑みを浮かべて、僕は大きく頷いた。
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