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95 ユーネル侯爵

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 ユーネル侯爵の説明によると。

 騎士団の寮暮らしでは、あまりに時間が拘束されすぎる。このままでは一向に僕を見つけることができないと、アリは騎士団長に直談判して実家通いに変更させてもらったそうだ。その代わり、脳筋な騎士たちが嫌がる書類仕事を買って出たんだって。

 そして卒業から半年が経っても、アリは時間を見つけては僕の消息を訪ね歩き続けた。

 なお、少し前に王都を湧かせたバルツァー子爵家の醜聞までは、アリは品行方正で将来有望という評判だった。だけど醜聞後は、「変な令嬢に付き纏われて可哀想」、「付き纏われるほど見目麗しいのね!」という同情と興味が他の令嬢たちから集まってきてたんだって。

 王都を歩けば、見知らぬ令嬢が恋文を渡そうと駆け寄ってくる。だけどアリは一切受け取らなかった。そのことから、「ツレないけどあれこそ騎士の鑑よね……!」 と人気は更に高まっていたそうだ。うんうん、アリって格好いいし最高の男だよね!

 だけど、面白くないのは周りの男たちだ。令嬢を袖にしまくっているのを揶揄われても「なんのことですか」と返していたみたいで、次第に騎士団内で浮き始める。要はやっかみだよね。騎士道精神ってどうなってるのかなあ。

 そこに加えて、アリは一部の先輩団員よりも強かった。経験は足りないけど、機転の早さを活かして任務をサクサクこなしていたんだって。さすがアリ、格好いいしかない。

 だけどそのせいで、本来だったら新人は配属されない、失敗の許されない大捕物の任務に新人で唯一抜擢されてしまった。

 そんな大事な任務を翌日に控えながらも、アリは僕を探しに街に出ようとした。運の悪いことに、その日はたまたま侯爵が休みで屋敷にいたらしい。

 アリは真面目だ。だから勿論、騎士団内の極秘任務について家族にぺらぺらと喋ることなど絶対にしない。当然侯爵は明日がそんな大事な日だなんて知らなかったんだ。

 アリの行動を以前から苦々しく思っていた侯爵は、出かけようとしていたアリを引き止めた。そしてあろうことか、折角僕が隠して去っていったのに、「自分がルカ・グリューベルにアルフレートの前から消えろと言った」と喋ってしまったんだって。

「なんで言っちゃったんですか!? 折角親子の絆を強めて貰う為に身を引いたのに台無しじゃないですか!」

 と思わず責めると、侯爵は不貞腐れた顔でそっぽを向いた。先輩には「ルカって案外はっきり言うよね、あは」と笑われちゃったよ。だ、だって……ねえ!?

 侯爵は、だから僕はもう絶対アリの前には現れない、諦めろって分からせる為に言ったと言い訳をしたけど、もう……!

 初めて聞く内容に驚くアリに、侯爵は続けた。「この国一番の素晴らしい令嬢を、お前に探してみせる。だからもう、あの貧相な男のことは忘れるんだ」と。ん? 貧相な男って僕のことだよね? 僕と国一番の素晴らしい令嬢とどういう関係が?

 僕が首を傾げていると、侯爵が何故か「嘘だろう?」みたいな驚愕の眼差しで僕を見ていた。先輩が侯爵に「ほら、ね?」と言っていたけど、意味が分からない。

 だけどそれよりも、今はアリのことだ!

「あの、早く続きをお願いします!」
「あ、ああ……」

 迎えた翌日。

 騎士団の選抜隊は、王都を騒がしている盗賊団のアジトに乗り込んで、一網打尽にすることになっていた。本来は二人ひと組みで行動すべきところを、先輩たちはアリにひとりで行けと指示をする。怯えて泣いて縋ってくることを期待したらしい。

 だけどアリは根が真面目だ。クソ真面目と言っていい。やれと言われたからと素直にそのままひとりで突っ込んでいってしまう。それに焦ったのは、先輩たちの方だった。

 これでアリに何かあったらお咎めを食らうのは自分たちの方なことくらい、彼らも分かっていたんだ。だったら最初からやらなければいいのに。騎士道精神をどっかに置いてくるからそうなるんだよ、全く!

 で。アリは指示された通り、盗賊たちを倒しながら頭領がいるだろう奥へと進んでいった。その時、マントを深々と被った男が飛び出してきて、突然アリに襲いかかってきた。マントの男のフードがはらりと取れて、栗色の頭が出てくる。

 途端、男と切り合いになったアリの剣が急に鈍ったのを、追いかけてきていた先輩たちが目撃していた。アリはそのまま、肩から胸にかけて大きく斬られてしまい倒れる。慌てて駆けつけた先輩が、実は盗賊団の頭領だったマントの男を捕らえた。

 血をドクドクと流すアリを助け起こした先輩は、気を失う前のアリの言葉を聞いた。

「別人だった……ルカ……どこにいるんだ……」

 という言葉を。あ、栗色の頭って、僕の髪の毛と色が似てたってこと!?

「……僕、盗賊団に入ったことはありませんよ」
「当然だ。もしそうならこの場で切り捨てる」

 そうじゃなくても切り殺しそうな目で僕を睨んでいる侯爵が、吐き捨てるように言った。さすがにとばっちりだと思う。
 
 侯爵が、深い息を吐く。

「城の救護室に運ばれたアルフレートは、傷口を縫い合わせて一命を取り留めた。だが、高熱が続き体力はどんどん削られていっているというのに、『天使様が、太陽がいない世界は嫌だ』だの『離れに帰りたい』などと言うだけで、何故か水以外口にしてくれないのだ……!」

 侯爵の奥歯が、ギリ、と鳴った。

 侯爵の瞳がじわりと濡れてくる。

「私は……あいつを死なせたくて貴様を排除したんじゃない……っ」

 それは僕にも分かっている。だからこそ、侯爵が望む通りアリの前から消えたんだから。

 心底悔しげな侯爵が、すっくと立ち上がった。アリと同じくらいはありそうな高身長が、僕の前に立つ。

 侯爵は唇を噛み締めた後、突然深々と僕に向かって頭を下げてきた。

「こ、侯爵様!?」
「こんなことを頼める立場でないのは重々承知している。だが、あえて頼む。あいつを……私の息子のアルフレートを助けてはくれないか……!」
「わ……っ」

 まさか、あの厳しさの塊みたいな侯爵が、たかが準貴族に過ぎない大嫌いな僕に頭を下げるとは思わなかった……! び、びっくりしたあ……!

 ――だけど。

「……侯爵様、頭を上げて下さい」
「だが、」
「勿論、喜んで協力させていただきます。僕がどこまでできるかは分かりませんが……」

 涙を流している侯爵が、ゆっくりと顔を上げる。

「あ、でも、条件があります」
「……また『条件』か。貴様はそればかりだ」
「すみません。でも大事なことなので」
「――分かった。言え」

 侯爵の雰囲気が緩んだことに気付いた僕は、にっこり笑うと条件を口にしたのだった。
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