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94 瀕死の重体
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アリが瀕死の重体――?
先ほどまでは抑えられていた震えが、全身に広がっていった。ガクガクと勝手に震える身体を何とか止めようと自分の腕で二の腕を抱いても、効果はない。
「う、嘘ですよね……っ!? だ、だってアリにはこの先輝かしい未来が待って……っ」
「ルカ、ボクの目を見て!」
「アリは強いんですよ……? 誰よりも強くて努力家で、だからそんなこと……っ!」
「――ルカ! 聞け!」
僕の肩をきつく掴んだクリストフ先輩が大声を出したことで、ぐるぐると思考の闇に落ちようとしていた僕の目を覚ます。
「ルカ、しっかりしろ! アルフレートは瀕死の重体だけど、まだ死んじゃいない!」
「あ……」
そ、そうだ……! アリは生きてる、強い人だからきっとこの先驚くほどの回復力を見せてくれるに決まってるじゃないか!
先輩が、睨んでいるような目で僕を真っ直ぐに見つめた。
「ルカ、落ち着いて聞いて」
「は、はいっ」
「アルフレートは今、生きる気力を失っている」
「え……」
生きる気力を失っているって、そんな……嘘。だってアリはいつだって輝いていて、誰よりも努力家で先を見据えてる人なのに?
「あ、あのアリがそんな訳ないじゃ――」
「あるんだよ。ボクも実際この目で確かめてきた。アルフレートは死を望んでいる。あんな怪我なのに王都からここまでやってきたのも、あいつが『離れに帰りたい』って熱に浮かされながら言い続けていたからなんだよ。その後『母様、早く迎えに来て』って言ってるのも聞いちゃったけどね」
「う、嘘だ……」
「嘘じゃない! ねえルカ、ルカには思い当たることがないか? あいつはずっとうわ言で『天使様が、太陽がどこにもいない』って言ってるんだよ……っ! だけど誰も意味が分からなくて……!」
「え」
俺の天使様と、俺の太陽。当然だけど、僕はよく知っている。だって――。
少しずつ、身体の震えが収まってきていた。
「あの、それ……僕のこと、です……」
言った瞬間、先輩の目が泣きそうに歪む。だけどすぐに元の真剣な目に戻ると、僕に言った。
「いいか、ルカ。なら、今のあいつに生きる力を与えられるのはルカだけだとボクは思う」
「……僕もアリの力になりたいです……でも、侯爵が」
「伯父様はボクがなんとでも説得する」
アリがあれからもずっと僕を探し続けていたのは、兄様の手紙で知っていた。だからアリのうわ言は、夢の中で僕を探している寝言なのかもしれない。
僕はアリが結婚まで考えている相手じゃないけど。だけど親友として、アリを励ますことだったらできるんじゃないか――。
震えの収まった手を拳に握り締めた。先輩の目を、真っ直ぐに見つめ返す。
「先輩。僕、アリを助けたいです。お願いです、侯爵に会わせてもらえませんか?」
先輩はこくりと頷くと、僕の手首を掴んで引っ張っていった。
――アリの元へと。
◇
侯爵は本邸の方にいるということで、先輩に連れられて侯爵の私室へと向かう。
「伯父様、ボクです」
「……入れ」
「失礼します」
重厚な扉を開けると、ソファーにだらんと寝そべっていた侯爵が煩わしそうに身体を起こした。げっそりとやつれて目の下にクマを作ったアリによく似た顔が、先輩の隣にいる僕を見た瞬間、怒りに染まる。
「――貴様ッ! おめおめと!」
「伯父様! ルカは僕の部下です!」
「……は? どういうことだ」
先輩は侯爵に、ネムリバナの任務の過程で知り合ったこと、卒業後行くアテのない僕を新規事業立ち上げに誘ったこと、そして僕にアルフレートの従兄弟であることを秘匿にしていたことを足早に説明していった。
「ですので、伯父様が考えているようなことではありません。ルカはこう見えて意志の固い強い人間ですから」
先輩……! うう、有り難いお言葉……!
それまで険のある目つきで僕を睨んでいた侯爵の目線が、段々と弱まっていく。
「……あの子が怪我をしたのも、全部そいつのせいだ」
「ずっとここにいたルカがどうして関係するんです!? ルカの未来を捻じ曲げておいて、まだそんな言いがかりをするんですか!」
日頃は穏やかすぎるくらいの先輩の強い口調に、僕の心はじんわりと温かくなっていた。こうして僕を信じて味方をしてくれる存在がいる。それだけで勇気が湧いてきた。
「ユーネル侯爵。お願いです、教えて下さい。アリはどうして怪我なんてしてしまったんですか? それがどうして僕のせいなんでしょう」
侯爵から目を逸らさないまま尋ねる。
それでも侯爵は忌々しげに「チッ」と舌打ちをした後、僕たちに事件が起きた際の状況の説明を始めたのだった。
先ほどまでは抑えられていた震えが、全身に広がっていった。ガクガクと勝手に震える身体を何とか止めようと自分の腕で二の腕を抱いても、効果はない。
「う、嘘ですよね……っ!? だ、だってアリにはこの先輝かしい未来が待って……っ」
「ルカ、ボクの目を見て!」
「アリは強いんですよ……? 誰よりも強くて努力家で、だからそんなこと……っ!」
「――ルカ! 聞け!」
僕の肩をきつく掴んだクリストフ先輩が大声を出したことで、ぐるぐると思考の闇に落ちようとしていた僕の目を覚ます。
「ルカ、しっかりしろ! アルフレートは瀕死の重体だけど、まだ死んじゃいない!」
「あ……」
そ、そうだ……! アリは生きてる、強い人だからきっとこの先驚くほどの回復力を見せてくれるに決まってるじゃないか!
先輩が、睨んでいるような目で僕を真っ直ぐに見つめた。
「ルカ、落ち着いて聞いて」
「は、はいっ」
「アルフレートは今、生きる気力を失っている」
「え……」
生きる気力を失っているって、そんな……嘘。だってアリはいつだって輝いていて、誰よりも努力家で先を見据えてる人なのに?
「あ、あのアリがそんな訳ないじゃ――」
「あるんだよ。ボクも実際この目で確かめてきた。アルフレートは死を望んでいる。あんな怪我なのに王都からここまでやってきたのも、あいつが『離れに帰りたい』って熱に浮かされながら言い続けていたからなんだよ。その後『母様、早く迎えに来て』って言ってるのも聞いちゃったけどね」
「う、嘘だ……」
「嘘じゃない! ねえルカ、ルカには思い当たることがないか? あいつはずっとうわ言で『天使様が、太陽がどこにもいない』って言ってるんだよ……っ! だけど誰も意味が分からなくて……!」
「え」
俺の天使様と、俺の太陽。当然だけど、僕はよく知っている。だって――。
少しずつ、身体の震えが収まってきていた。
「あの、それ……僕のこと、です……」
言った瞬間、先輩の目が泣きそうに歪む。だけどすぐに元の真剣な目に戻ると、僕に言った。
「いいか、ルカ。なら、今のあいつに生きる力を与えられるのはルカだけだとボクは思う」
「……僕もアリの力になりたいです……でも、侯爵が」
「伯父様はボクがなんとでも説得する」
アリがあれからもずっと僕を探し続けていたのは、兄様の手紙で知っていた。だからアリのうわ言は、夢の中で僕を探している寝言なのかもしれない。
僕はアリが結婚まで考えている相手じゃないけど。だけど親友として、アリを励ますことだったらできるんじゃないか――。
震えの収まった手を拳に握り締めた。先輩の目を、真っ直ぐに見つめ返す。
「先輩。僕、アリを助けたいです。お願いです、侯爵に会わせてもらえませんか?」
先輩はこくりと頷くと、僕の手首を掴んで引っ張っていった。
――アリの元へと。
◇
侯爵は本邸の方にいるということで、先輩に連れられて侯爵の私室へと向かう。
「伯父様、ボクです」
「……入れ」
「失礼します」
重厚な扉を開けると、ソファーにだらんと寝そべっていた侯爵が煩わしそうに身体を起こした。げっそりとやつれて目の下にクマを作ったアリによく似た顔が、先輩の隣にいる僕を見た瞬間、怒りに染まる。
「――貴様ッ! おめおめと!」
「伯父様! ルカは僕の部下です!」
「……は? どういうことだ」
先輩は侯爵に、ネムリバナの任務の過程で知り合ったこと、卒業後行くアテのない僕を新規事業立ち上げに誘ったこと、そして僕にアルフレートの従兄弟であることを秘匿にしていたことを足早に説明していった。
「ですので、伯父様が考えているようなことではありません。ルカはこう見えて意志の固い強い人間ですから」
先輩……! うう、有り難いお言葉……!
それまで険のある目つきで僕を睨んでいた侯爵の目線が、段々と弱まっていく。
「……あの子が怪我をしたのも、全部そいつのせいだ」
「ずっとここにいたルカがどうして関係するんです!? ルカの未来を捻じ曲げておいて、まだそんな言いがかりをするんですか!」
日頃は穏やかすぎるくらいの先輩の強い口調に、僕の心はじんわりと温かくなっていた。こうして僕を信じて味方をしてくれる存在がいる。それだけで勇気が湧いてきた。
「ユーネル侯爵。お願いです、教えて下さい。アリはどうして怪我なんてしてしまったんですか? それがどうして僕のせいなんでしょう」
侯爵から目を逸らさないまま尋ねる。
それでも侯爵は忌々しげに「チッ」と舌打ちをした後、僕たちに事件が起きた際の状況の説明を始めたのだった。
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