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92 嵐の前の

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 兄様の手紙でもたらされたバルツァー子爵の失脚の知らせにより、エルフリーデ嬢の嘘が判明。

 急遽、アリには恋人なんていないんじゃないか説が浮上した。

 でもだったら、アリは一体誰との結婚について考えていたんだろう。「結婚は何としてでもしたいと思っている。だがその方法が」っって以前言っていたもんね。筋の通し方が難しいとも言っていた。

 ねえアリ、君は誰と結婚したいと願っているの――? 心の中で問うても、勿論返事はない。

 エルフリーデ嬢ではなかったにしても、アリの心の中に誰かがいるのは確かだ。……悲しいけど。

 たとえ恋心を押し殺してアリの隣に戻るとしても、そもそもユーネル侯爵は僕がアリの傍にいることをよしとしていない。だから今更都合よく元の立場に戻るなんて、無理な話だった。

 それにアリには、お父さんに認められるという大きな目標がある。だから今の立場か僕と親友に戻るかを選ばないといけないとしたら、アリは迷うことなく立場を選ぶだろうと思っていた。

 アリの睡眠障害の根本原因は、お父さんに立派な後継ぎとして認められたいという強い願望からきている筈だから。

 親友親友と言っていても、今の僕は成人と共に男爵令息ですらなくなった、たかが準貴族にすぎない。侯爵と準貴族が親友だなんて、身分不相応にもほどがあるもんね。それは僕にもよく分かっている。

 でも一応、勘違いしてしまったことをアリに手紙を書いて謝ろうかなとも思ったけど――やっぱりやめた。今更取り繕ったところで、僕が先に親友の立場から逃げ出したのは事実だし、これから騎士団で輝かしい未来を築いていくアリに僕の存在は不要だもんね。

 アリは優しいから、謝ればきっと許してくれると思う。もしかしたら、ユーネル侯爵を説得して交友関係を続けたいと許可を取ってくることだってできるかもしれない。

 ――だけどね。

 どんどん有能で格好よくなっていく素敵が上限突破しているアリの隣は、僕にはちょっと眩しすぎて辛いんだ。だって、絶対もっと好きになっちゃう自信しかないもんね。そうしたら、大好きなアリの隣で親友面して笑うことに、すぐに限界が訪れると思う。

 だからね、アリ。

 薄情な親友だった男のことは忘れて、アリはアリの人生を謳歌してほしい。

 それが、僕の今の心からの願いだった。



 全く予想もしていなかったクリストフ先輩の告白の後、僕たちの関係はどうなったかというと――。

 実は、大きな変化はなかった。先輩からは「片思い歴は長いから、今更ちょっと長引いたところで大して変わらないしね」と、変に意識しないで自然でいてくれていいよ、と言ってもらえている。

 正直、何から何まで先輩に甘えて先輩の好意の上に胡座を掻いている自覚はあった。だけどこれまで一切意識をしていなかった先輩を恋愛対象として見てと言われても、いまいちピンとこなかったんだよね。うう……意識ってどうすればいいのかな……?

 先輩に好きだと言われたことは、純粋に嬉しいと思っている。まさか自分に恋愛感情を抱かれているなんて思ってもみなかったから、「僕のどこが……?」と首を傾げる感じだけど。

 今は先輩に対して恋愛感情はないけど、先輩が大好きなことに変わりはない。だからできることなら先輩の気持ちに応えられたらとは思い始めていた。だけど、気持ちって自分じゃ制御できないもんなんだよね。

 申し訳なさそうにする僕に先輩は勘違いしたらしくて、「ボクが傍にいるとアルフレートといつかばったり会うかもって心配してるなら、余計な心配だから! 早々にエンゲル領に引っ込めば、あいつのことだからボクに会いにきたりは絶対ないから安心して!」と笑顔で言ってくれた。

 絶対にないって言い切っちゃうあたりがなあ……全く、ふふ。

 先輩に気を使わせちゃってるのが心苦しいけど、先輩の言動からは好意しか感じられないのは嬉しかった。

 それに。

 先輩が僕に恋してくれているってことは、僕を性的な目で見られるってことだ。それは、アリには一度も向けられていないものだ。

 ……もしかしたら、先輩と性的に触れ合ったら僕も先輩を意識できるのかな?

 だけどそんなことを言ったら先輩はひっくり返っちゃいそうだしなあ、と悶々と考えるようになり始めた頃。

 突然嵐がきたような騒ぎが起きた。
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