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74 自覚

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 こんなこと、本当だったら恥ずかし過ぎて聞けない。

 だけど、本来なら一番に相談する筈の親友であるアリから自分で距離を置いてしまった以上、頼れるのはもうクリストフ先輩しかいなかった。

 意を決して、尋ねる。

「あの、クリストフ先輩!」
「うん? どうしたの、そんな思い詰めた顔して」

 先輩は眼鏡の奥の紫眼を朗らかに緩ませると、手に持っていたバケツを地面に置いた。

 よし! 言うんだ僕!
 
「あの……っ! とある特定の人に身体を触られる夢を何度も繰り返し見るって、どういう意味か分かりますか!」
「ゲフッ」

 唾にむせたのか、先輩はげほごほと咳き込む。

「大丈夫ですか?」

 背中をトントンしてあげると、段々と収まってきた。涙目になっている先輩が、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。

「ええと……。確認するけど、触られるっていうのはどういう……」
「胸とかお尻とか股間とか、そういうのです!」
「ブフッ」

 先輩は「ちょっと待って」と言って背を向けると、深呼吸をして息を整えていた。しばらくして、落ち着いたんだろう。くるりと振り返る。

「つまり、性的なことってことかな?」
「はい、だと思います」
「あー……。ええと、ルカはそれをどう思ってるの? 嫌? それとも嬉しい?」
「嫌ではないです……ただ、毎回目を覚ました後の罪悪感と羞恥心がすごくて……」

 先輩は「そっか」と小さめの声で言うと、少しの間考えるように「んー」と小首を傾げていた。やがて、言葉を選ぶように区切りながら答え始めた。

「私見だけど」
「はい!」
「特定の相手しか夢に出てこないなら、多分その人はルカの大切な人なんだと思う」

 アリは僕の大切な人であることに疑いはない。深く頷く。

「それと同時に、その人とそうなりたいと思っている……んだと思う」
「え……」

 でも、どこかで「やっぱり」という納得もあった。アリと一切触れ合わなくなってから、ふとした瞬間に無性に寂しさが募ることがあったから。

 先輩が、僕の頭を優しく撫でる。

「だからきっと、ルカはその人のことが好きなんだよ」
「好き? 勿論好きですけど」

 アリのことは、家族以外では一番好きなのは間違いないもんね。当然とばかりに頷いていると、先輩が苦笑した。

「その顔は分かってないな? あのね、好きは好きでも、恋愛的な意味の好きだよ? つまり、ルカはその人に恋してるんじゃないかな」

 恋愛的な意味……? でもそれじゃ、僕は親友に恋をしているの? それにそもそもアリは男だし――。

「……相手が同性でも、ですか?」

 先輩は少しだけ目を瞠った後、幼子を見るような慈悲に満ちた笑みを浮かべる。

「……まあ、あまり一般的ではないけどね」
「なら、」
「でもなくはないし、貴族は特に、家同士の繋がりの為に男同士で婚姻を結ぶこともあるのはルカも知ってるよね?」
「はい。でもそれは、形式的なものなんじゃ……?」

 僕の頭に乗せたままの先輩の温かくて大きな手が、僕の髪をぐしゃぐしゃと混ぜた。

「そういう場合も勿論あるだろうね。でも、中にはちゃんと愛し合うこともあるよ」
「そ、そうなんだ……!」

 うん、と先輩が微笑みながら頷く。

「現にボクはずっと男の子に片想いしてるしね」

 突然の告白に、思わず素っ頓狂な声が出た。

「えっ!? クリストフ先輩、好きな人いたんですか!?」
「あは、酷いなあ。そりゃあいるよ。ボクだって健全な青春真っ只中の男だよ?」

 照れくさそうに鼻の頭をポリポリと掻いている先輩の姿は、決して嘘を吐いているようには思えなかった。

 そうなんだ……。先輩はいつもゆったり穏やかな雰囲気をまとっているなら、感情の起伏が激しそうな恋愛とは何となく無縁そうに思ってた。
 
「まあボクの場合は初めから脈なしだから、諦めてるけどね」
「え」
「でも、好きでいることはやめられない。会う度に可愛いな、キスしたいなって思ってるよ」
「え、キス……ですか?」
「え、何でそんな不思議そうなの? 恋してる相手ならキスしたくなるでしょ?」

 僕は困惑した。だってじゃあ、僕とアリが毎日していたキスって何だったんだよ……?

「と、友達とキスは――」
「……しないかな、普通」

 嘘。

「……親友でも?」
「親友でも。ていうか親友や友達に恋愛感情ないでしょ?」

 ガン! と頭を殴られた気分だった。親友同士は……キスしないの!? ま、拙い! きっとアリはずっと勘違いしてたんだ! 僕が無知だったから、正してあげることができなくて……うわあああっ!

 でも。

 同時に気付いちゃったんだ。

 親友にキスなんてしないと知った今でも、息ができなくなるほどの激しくて甘いキスを、まだアリとしたいと思っていることに。

 むしろ、キスはアリとしかしたくない。だって僕はアリのことが――。

「そうか……僕はずっと恋してたんだ……」

 僕の呟きが、温室の中に静かに掻き消えた。
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