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60 四度目の冬季休暇終了

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 冬季休暇は、ほぼ庭の温室の中で過ごした。

 ここならネムリバナの香りに包まれていられる。ネムリバナの香りは、アリに抱き締められたまま眠りにつく温かな記憶を簡単に引き出してくれた。

「はあ……結局、ネムリバナ以外は進展しなかったなあ」

 本当だったら、三学年の内に添い寝は終わりにする予定だった。なのに四学年の前期も毎日一緒に寝ていた。アリがあまりにも自然に僕を求めてくることもあって、「そろそろやめないと」と思いながらも言い出せないでいたんだよね。だって、アリを泣かせてしまったらと思うと……うう……っ!

「今回の視察で、もしアリがちゃんと寝られたなら――」

 ネムリバナの力だけで眠れることが証明されたら、アリの睡眠に僕はもう不要という証明になる。すっかり人肌に慣れてしまったせいでひとりで寝るとなると寂しくて仕方ないけど、休み明けにアリの顔にクマがないことを確認したら、今度こそ切り出さないとだ。

 そうして少しずつ慣らしていく。前期は日帰りだった騎士科の森での訓練も、後期になれば泊りがけになると聞いた。だから泊りがけの訓練に備えての練習だと言えば、アリも納得してくれるだろう。……寂しいけど。滅茶苦茶寂しいけど!

「はあ……」

 父様も兄様も相変わらず多忙だし、母様なんか恐ろしいほど殺気立っていて声をかけることすら恐ろしい雰囲気なんだよね。

「早く学校が始まらないかなあ……」

 僕は延々と独り言を呟きながら、悶々とする冬季休暇を過ごしていった。



 今回の旅立ちは、まさかの兄様不在だった。

 なんでもひとつの部署で組織ぐるみの不正請求が発覚して、兄様が所属する宮廷経理部が緊急監査に入ったのが一昨日のこと。そこから一度も帰宅していない。え、何日泊まり込みしてるの? 王宮怖い。

「それにしても、リヒャルトがいないと随分と静かなものね」

 母様が、どこか清々しい笑みをたたえながら感想を述べた。それは僕も同感だから、頷く。

「勉強ばかりではなく、引き続き交友関係もしっかりとな。学校で得た友人は生涯の友人になることが多いからな」
「はい!」

 父様の言葉に、今度ははっきりと返した。これに関しては、僕にはアリという唯一無二の親友がいるから問題なしだ。親友も親友、大親友だもんね!

「それじゃ、そろそろいってきますね!」

 父様と母様に手を振ると、二人ともにこやかに手を振り返してくれた。いつもの御者のおじさんが、兄様がいないのを見て「今日はいらっしゃらないんですか?」と若干つまらなさそうな声色で尋ねる。あれ、まさかおじさんてば、兄様の濃厚な別れの場面を毎回楽しみにしてたの?

 いつもは焦ってるみたいにすぐ出発する馬車だけど、今日はゆったりと走り出す。やがて窓の外からグリューベル家が見えなくなると、僕は硝子窓を閉じてアリの姿を脳裏に思い浮かべたのだった。



 寮に到着した。

 御者のおじさんにお礼を言うと、鞄を持って四階まで上っていく。今回は家に溜めておいてもらっていた空き瓶が大量に入っていて、鞄がいつになく重い。なので、駆け上ることはさすがにできなかった。それに割れそうだし。

 えっちらおっちらと四階まで上り切ると、第二の我が家となった424の部屋に向かう。取っ手を捻るとすんなり動いたことから、今回もアリが先に到着していることが分かった。

「アリ、着いたよ――うわっ!?」

 扉を開けた途端、いきなり抱き上げられる。

「わ、え、アリ!?」

 アリは僕を抱きかかえたまま、大股で部屋の奥に駆け込んだ。アリの寝台に僕を下ろした直後、きつく抱きついてくる。鞄が下に落ちて、中の空き瓶がガチャンと音を立てた。あ、もしかしてひとつやふたつは割れたかも?

「……アリ? どうしたの?」
「……っく、……うぅ……っ」

 アリは僕に顔を見せないまま、身体を震わせて泣いていた。泣いていると気付いた途端、僕の中にブワッとアリに対する庇護欲が溢れ出す。

「アリ……辛いのはもう終わったよ、いい子だから泣き止んで?」

 いつもの台詞を口にして、アリの頭頂にキスをした。

 だけどアリは一向に顔を上げないまま、泣き続けて。

 結局泣き疲れて寝てしまうまで、僕に何があったのかを話してくれることはなかった。
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