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59 キスマーク

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 四学年前期が恙なく終了した。

 アリは安定の首席。僕はネムリバナの研究がうまくいって全体的に気持ちを明るく保てたからか、大健闘で学年三位の成績を収めた。やったね!

「アリ、ちょっといい?」
「うん? どうした」

 明日は帰省という日の夜。僕は声をかけると、寝台の上で柔軟体操をしていたアリの元に駆け寄った。アリは柔軟をやめると、胡座を掻いて穏やかな微笑を浮かべながら僕を見上げる。

 僕がいかにも「後ろに何か隠してますよ」とばかりに腕を身体の後ろに回しているから、アリはすぐに察したらしい。楽しそうに笑うと、尋ねてきた。

「後ろに隠しているのは何か教えてくれないか?」

 柔らかい口調に、心がほわんと暖かくなった。袋に包んだ誕生日プレゼントを差し出す。

「アリ、早いけど十六歳の誕生日おめでとう。また手作りなんだけど、今回のは結構凄いから見てほしいな」

 今回の冬季休暇も、アリはお父さんと一緒にバルツァー子爵家の領地に視察に行くことが決まっていた。なんでも量産二年目で早くも人気が高まり、もっと量を増やせないかと各地から問い合わせが殺到しているんだって。子爵領はどちらかと言うと田舎で人口も決して多くない。そこで具体的にどれほどの人数と設備があればいいのかを確認して、来年に向けて生産量の増加を図っていくんだとか。

 だから今回の誕生日も、残念だけど当日にアリを祝ってあげることができないんだよね。アリは少し寂しそうながらも「父様の期待に応えられるようになってきた気がするんだ。この手応えを、今回で確かなものにしたい」と意欲的に語っていた。だから、僕ができるのは背中を押してあげること。つまり、アリが寝られる為の全面的な協力ってことだ。

「ルカ……! ありがとう、では今から開けてみる。一緒に見よう」
「うん!」

 アリは袋を受け取ると、もう片方の手で僕の手首を掴み引き寄せた。横向きにアリの胡座の上に座る。アリは僕の身体の前に両腕を回すと、袋のリボンを取り始めた。

 まず最初に取り出したのは、以前よりも頑丈な瓶に入った精油だ。次に出てきたのは、精油よりも水分が多そうに見える液体が入った瓶。アリが「これはなんだろう?」という顔で僕を見る。

「これはね、僕が二ヶ月前から仕込んだネムリバナの香水だよ! 今付けてみる?」
「ああ」

 嬉しそうに目を輝かせているアリの手首に、香水を少量取って付けてあげた。途端、芳醇なネムリバナの香りが室内に広がっていく。

 アリが驚愕の表情に変わった。

「これは……凄いな、どうやったんだ……?」
「へへ、たっぷり語りたいところだけど、まだあるんだー」
「ん? 本当だ」

 アリがすっかり大きくなった手を再び袋の中に突っ込む。取り出したのは、塩とネムリバナの花びらとが混ざり合った、見た目も可愛らしい半乾燥花入りの瓶だ。

「全部僕とゲロルドさんの研究結果だよ! この後、それぞれの使い方をちゃんと教えるね!」

 今年も一応クリストフ先輩に「そろそろクリストフ先輩の存在をアリに言ってもいいですか?」と尋ねてみた。だけど、ブンブン首を横に振られて失敗に終わった。そもそも先輩とアリに交流とか接点なんて全くなさそうなんだけど、どうしてそんなに怯えるんだろう? 本当に謎なんだよね。

「ルカ……! 嬉しい、ありがとう……っ」

 アリは感極まったように涙ぐむと、僕に回している腕に力を込めた上で僕の首に顔をうずめた。アリの唇が首の付け根に押し付けられて、思わず飛び上がりそうになる。

「う、うん……っ。それで使い方なんだけどね――」

 ひとつひとつ説明をしていくと、アリは静かに聞いてくれた。ずっと首の付け根に唇を押し当てながら。うう……っ、なんか温かいし柔らかいし熱い息は吹きかかるしで、ムズムズする……!

「ルカ……なあ、もうひとつ誕生日プレゼントを強請ってもいいか?」
「え? うん! 僕にできることなら――ひゃうっ!?」

 僕が返答した直後、アリが舌をちろりと出して僕の首の付け根を舐めたじゃないか。驚きすぎて変な声が出ちゃったよ……!

 相変わらず唇を押しつけたまま、アリが切なそうに訴える。

「冬季休暇の間、離れ離れになるだろう? だから寂しくならないように、ルカのここに俺たちの親友のしるしを付けさせてほしいんだ」
「し、親友の印?」

 初耳の言葉が出てきたぞ。

「ああ。数日で消えてしまうとは思うが、ルカの身体に俺の痕があると思うと心強いんだ。それと、同じものを俺にも付けてくれると嬉しい」

 痕ってなんだろう。すごく気になるし、痛かったりしたら嫌だなあとも思う。だけど、僕を見上げるアリの上目遣いが、祈るような切なそうなものだったから。

「わ、分かった。どんとこいだよ!」
「……! ああルカ、俺は世界一の幸せ者だ……! では付けるぞ、チクッとすると思うが心配しないでくれ」
「う、うん」

 アリはそのまま、僕の首の付け根をぱくりと唇で包み込んだ。な、生温かいっ! 思わずブルリと身体を震わす。アリは口を離さないまま、ジュッと音を立てて吸い始めた。

「ひゃっ!?」

 た、確かにチクッてしてる! かなりキツく吸い込んでいるみたいだけど、アリってば何をしてるんだよ!?

 突然のことに固まっていると、やがてアリが吸うのをやめて口をゆっくり離していく。アリの唾で濡れた肌が、空気に触れてひやりとした。

「ルカ、鏡を見に行こうか」
「あ、う、うん――わっ」

 アリは僕を横抱きにしたまま軽々持ち上げると、壁に取り付けられている姿見の前に立つ。

「俺が付けた痕だ」

 アリが幸せそうに表情を蕩かせた。アリの言う通り、僕の首の付け根にはアリが付けた赤紫色の小さな痕が浮かび上がっている。これが親友の印かあ。今まで気にしたことはなかったけど、お風呂で他の人の身体を見てみたら付いてたりするのかな? ちょっと気になる。
 
 青い瞳が、懇願するように僕の目を凝視した。

「これと同じものを、俺の同じ場所にも付けてくれないか……? 頼む」
「が、頑張る……!」

 その後、何度か頑張って吸ってみた。だけど、なかなかうまく跡が付かなかった。これ、難しいよ! 一発でできちゃったアリって凄い。

 だけどアリは終始嬉しそうに微笑んでいたし、ようやくちゃんと痕が付いたのを確認すると、心底幸せそうに笑い――。

「お守りをありがとう、ルカ」

 と僕に優しいキスをしてくれたのだった。
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