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44 帰省
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夏季休暇が始まった。
帰宅して早々、泣き顔の兄様が飛びついてくる。
「ルカーッ! 兄様のこと、まだ怒ってる!?」
先日二十歳を迎えた兄様は、最近髭が生えてくるようになったと以前の手紙に書いてあった。その報告通り、兄様の細めの顎には茶色い無精髭が浮いている。それ以外にも、よく見ると目は充血していて、目の下にはなんとクマまであるじゃないか。……えっ? アリのクマを撃退したと思ったら、今度はこっち!?
「兄様! その顔はどうしたの!?」
「ああルカ……! 天使のように心優しいルカを怒らせたんじゃないかと思うと、気が気じゃなくて……!」
兄様が、涙を零した。
「ええー……」
なんと。僕に嫌われたんじゃないかって気になりすぎてのこの状態か。相変わらず、兄様の愛は深いなあ……。
でも、こうなった原因は明らかだったりして。実は先日手紙で、『天上からの贈り物』関連で起きた出来事をまとめたものを伝えていたんだよね。だけど、文面にその時の僕の怒りが乗っちゃっていたらしい。以降の兄様の文面がずっとソワソワしているのが伝わってきていた。正直、可哀想だなーとは思った。だけど今回ばかりはきちんと反省してもらいたかったので、そのままにしていたんだ。
だけどちょっとやり過ぎちゃったかも……というのが、やつれた兄様を見た僕の率直な感想だ。
「ルカ、正直に答えて……! 僕はルカに嫌われたらもう生きていけないよ……!」
うん、大袈裟! でも僕が嫌いなんてひと言でも言った途端、本気で衰弱死しそうな予感しかしないのが怖い。本当さ、どうしてここまで僕のことを溺愛してるんだろう。不思議なんだけど。
「んー。もう怒ってはないよ」
「えっ! 本当っ!?」
とは言っても、このまま何事もなかったことにして過ごせば、同じことをまたどこかでやりかねない危険性が兄様にはある。釘を刺す意図で、はっきり伝えることにした。
「ただ、色んなことをするのがいちいち面倒になってることはきちんと理解してもらいたい」
「ああっ! ルカの口調に怒りの波動を感じる! ごめん、本当にごめんねルカ!」
号泣しながら、顔をイヤイヤするように擦り付けられる。知らなかった。無精髭って痛いんだね。
「兄様が男子寮の生徒を集めてあんなことを言うから、みんな僕に興味を持っちゃったんだって。絶対ひとりになるなって先輩に忠告されちゃったよ」
「ごめん……! 牽制しようと思って……!」
兄様の涙が、僕の頬を濡らしていく。可哀想だけど、やっぱりもうちょっと直接言わせてほしい。だって大変だったんだから。
「オラフっていう人、怖かったよ。ていうかしつこいんだ」
あれからというもの、アリやクリストフ先輩がいない僅かな隙を狙って壁ドンされたりするんだよね。すぐに目くじらを立てたヨルゲンさんがとっ捕まえに来てくれるけど、あまりのしつこさに正直うんざりしてたりして。
兄様が、こめかみに青筋を浮かせる。
「あんの野郎……!」
「誰のせいだっけ」
ジト目で兄様を上目遣いで見ると、兄様がグッと声を詰まらせて黙り込んだ。
「……兄様のせいですね……」
「そもそも『天上からの贈り物』って何なの? 最初に聞いた時、ドン引きしちゃったよ」
僕の責め口調に、兄様が必死な形相で言い募る。
「ああ、待ってルカ! これだけは分かってもらいたい! ルカがこの世に生を受けた時、僕の目には確かに天上からの光がルカを照らしているのが見えたんだ! 本当なんだ、信じてくれ!」
え、僕が生まれた時? 『天上からの贈り物』ってそんな年季が入った言葉なの?
僕が口をあんぐり開けて何も言えないでいると、兄様がシクシク泣きながら僕に縋ってきた。
「ルカが可愛すぎるあまり突っ走ってしまった兄様を許してくれ……っ、うう……っ!」
あまりの嘆き悲しみっぷりに段々と罪悪感を覚え始めた僕は、「もう、怒ってないから」と許してあげることにした。だってやっぱり、兄様のことは大好きだもんね。
その日の夜、早速専科について家族と話し合った。
「ルカの適正をちゃんと見極められていると思う」と全員に褒められたよ。ふふ、父様も母様も兄様も、やっぱりみんな大好き。特に兄様は「ルカは僕に似て頭もいいし機転が利くから絶対官僚がぴったりだよ!」て推してくれたんだ。兄様、ありがとう。僕の首にぶら下がっているネックレスを見て「あんのクソガキが……ッ」とぼやいて母様から頭を叩かれていたけど。
こうして、賑やかで穏やかな夏季休暇が始まったのだった。
帰宅して早々、泣き顔の兄様が飛びついてくる。
「ルカーッ! 兄様のこと、まだ怒ってる!?」
先日二十歳を迎えた兄様は、最近髭が生えてくるようになったと以前の手紙に書いてあった。その報告通り、兄様の細めの顎には茶色い無精髭が浮いている。それ以外にも、よく見ると目は充血していて、目の下にはなんとクマまであるじゃないか。……えっ? アリのクマを撃退したと思ったら、今度はこっち!?
「兄様! その顔はどうしたの!?」
「ああルカ……! 天使のように心優しいルカを怒らせたんじゃないかと思うと、気が気じゃなくて……!」
兄様が、涙を零した。
「ええー……」
なんと。僕に嫌われたんじゃないかって気になりすぎてのこの状態か。相変わらず、兄様の愛は深いなあ……。
でも、こうなった原因は明らかだったりして。実は先日手紙で、『天上からの贈り物』関連で起きた出来事をまとめたものを伝えていたんだよね。だけど、文面にその時の僕の怒りが乗っちゃっていたらしい。以降の兄様の文面がずっとソワソワしているのが伝わってきていた。正直、可哀想だなーとは思った。だけど今回ばかりはきちんと反省してもらいたかったので、そのままにしていたんだ。
だけどちょっとやり過ぎちゃったかも……というのが、やつれた兄様を見た僕の率直な感想だ。
「ルカ、正直に答えて……! 僕はルカに嫌われたらもう生きていけないよ……!」
うん、大袈裟! でも僕が嫌いなんてひと言でも言った途端、本気で衰弱死しそうな予感しかしないのが怖い。本当さ、どうしてここまで僕のことを溺愛してるんだろう。不思議なんだけど。
「んー。もう怒ってはないよ」
「えっ! 本当っ!?」
とは言っても、このまま何事もなかったことにして過ごせば、同じことをまたどこかでやりかねない危険性が兄様にはある。釘を刺す意図で、はっきり伝えることにした。
「ただ、色んなことをするのがいちいち面倒になってることはきちんと理解してもらいたい」
「ああっ! ルカの口調に怒りの波動を感じる! ごめん、本当にごめんねルカ!」
号泣しながら、顔をイヤイヤするように擦り付けられる。知らなかった。無精髭って痛いんだね。
「兄様が男子寮の生徒を集めてあんなことを言うから、みんな僕に興味を持っちゃったんだって。絶対ひとりになるなって先輩に忠告されちゃったよ」
「ごめん……! 牽制しようと思って……!」
兄様の涙が、僕の頬を濡らしていく。可哀想だけど、やっぱりもうちょっと直接言わせてほしい。だって大変だったんだから。
「オラフっていう人、怖かったよ。ていうかしつこいんだ」
あれからというもの、アリやクリストフ先輩がいない僅かな隙を狙って壁ドンされたりするんだよね。すぐに目くじらを立てたヨルゲンさんがとっ捕まえに来てくれるけど、あまりのしつこさに正直うんざりしてたりして。
兄様が、こめかみに青筋を浮かせる。
「あんの野郎……!」
「誰のせいだっけ」
ジト目で兄様を上目遣いで見ると、兄様がグッと声を詰まらせて黙り込んだ。
「……兄様のせいですね……」
「そもそも『天上からの贈り物』って何なの? 最初に聞いた時、ドン引きしちゃったよ」
僕の責め口調に、兄様が必死な形相で言い募る。
「ああ、待ってルカ! これだけは分かってもらいたい! ルカがこの世に生を受けた時、僕の目には確かに天上からの光がルカを照らしているのが見えたんだ! 本当なんだ、信じてくれ!」
え、僕が生まれた時? 『天上からの贈り物』ってそんな年季が入った言葉なの?
僕が口をあんぐり開けて何も言えないでいると、兄様がシクシク泣きながら僕に縋ってきた。
「ルカが可愛すぎるあまり突っ走ってしまった兄様を許してくれ……っ、うう……っ!」
あまりの嘆き悲しみっぷりに段々と罪悪感を覚え始めた僕は、「もう、怒ってないから」と許してあげることにした。だってやっぱり、兄様のことは大好きだもんね。
その日の夜、早速専科について家族と話し合った。
「ルカの適正をちゃんと見極められていると思う」と全員に褒められたよ。ふふ、父様も母様も兄様も、やっぱりみんな大好き。特に兄様は「ルカは僕に似て頭もいいし機転が利くから絶対官僚がぴったりだよ!」て推してくれたんだ。兄様、ありがとう。僕の首にぶら下がっているネックレスを見て「あんのクソガキが……ッ」とぼやいて母様から頭を叩かれていたけど。
こうして、賑やかで穏やかな夏季休暇が始まったのだった。
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