44 / 53
44 帰省
しおりを挟む
夏季休暇が始まった。
帰宅して早々、泣き顔の兄様が飛びついてくる。
「ルカーッ! 兄様のこと、まだ怒ってる!?」
先日二十歳を迎えた兄様は、最近髭が生えてくるようになったと以前の手紙に書いてあった。その報告通り、兄様の細めの顎には茶色い無精髭が浮いている。それ以外にも、よく見ると目は充血していて、目の下にはなんとクマまであるじゃないか。……えっ? アリのクマを撃退したと思ったら、今度はこっち!?
「兄様! その顔はどうしたの!?」
「ああルカ……! 天使のように心優しいルカを怒らせたんじゃないかと思うと、気が気じゃなくて……!」
兄様が、涙を零した。
「ええー……」
なんと。僕に嫌われたんじゃないかって気になりすぎてのこの状態か。相変わらず、兄様の愛は深いなあ……。
でも、こうなった原因は明らかだったりして。実は先日手紙で、『天上からの贈り物』関連で起きた出来事をまとめたものを伝えていたんだよね。だけど、文面にその時の僕の怒りが乗っちゃっていたらしい。以降の兄様の文面がずっとソワソワしているのが伝わってきていた。正直、可哀想だなーとは思った。だけど今回ばかりはきちんと反省してもらいたかったので、そのままにしていたんだ。
だけどちょっとやり過ぎちゃったかも……というのが、やつれた兄様を見た僕の率直な感想だ。
「ルカ、正直に答えて……! 僕はルカに嫌われたらもう生きていけないよ……!」
うん、大袈裟! でも僕が嫌いなんてひと言でも言った途端、本気で衰弱死しそうな予感しかしないのが怖い。本当さ、どうしてここまで僕のことを溺愛してるんだろう。不思議なんだけど。
「んー。もう怒ってはないよ」
「えっ! 本当っ!?」
とは言っても、このまま何事もなかったことにして過ごせば、同じことをまたどこかでやりかねない危険性が兄様にはある。釘を刺す意図で、はっきり伝えることにした。
「ただ、色んなことをするのがいちいち面倒になってることはきちんと理解してもらいたい」
「ああっ! ルカの口調に怒りの波動を感じる! ごめん、本当にごめんねルカ!」
号泣しながら、顔をイヤイヤするように擦り付けられる。知らなかった。無精髭って痛いんだね。
「兄様が男子寮の生徒を集めてあんなことを言うから、みんな僕に興味を持っちゃったんだって。絶対ひとりになるなって先輩に忠告されちゃったよ」
「ごめん……! 牽制しようと思って……!」
兄様の涙が、僕の頬を濡らしていく。可哀想だけど、やっぱりもうちょっと直接言わせてほしい。だって大変だったんだから。
「オラフっていう人、怖かったよ。ていうかしつこいんだ」
あれからというもの、アリやクリストフ先輩がいない僅かな隙を狙って壁ドンされたりするんだよね。すぐに目くじらを立てたヨルゲンさんがとっ捕まえに来てくれるけど、あまりのしつこさに正直うんざりしてたりして。
兄様が、こめかみに青筋を浮かせる。
「あんの野郎……!」
「誰のせいだっけ」
ジト目で兄様を上目遣いで見ると、兄様がグッと声を詰まらせて黙り込んだ。
「……兄様のせいですね……」
「そもそも『天上からの贈り物』って何なの? 最初に聞いた時、ドン引きしちゃったよ」
僕の責め口調に、兄様が必死な形相で言い募る。
「ああ、待ってルカ! これだけは分かってもらいたい! ルカがこの世に生を受けた時、僕の目には確かに天上からの光がルカを照らしているのが見えたんだ! 本当なんだ、信じてくれ!」
え、僕が生まれた時? 『天上からの贈り物』ってそんな年季が入った言葉なの?
僕が口をあんぐり開けて何も言えないでいると、兄様がシクシク泣きながら僕に縋ってきた。
「ルカが可愛すぎるあまり突っ走ってしまった兄様を許してくれ……っ、うう……っ!」
あまりの嘆き悲しみっぷりに段々と罪悪感を覚え始めた僕は、「もう、怒ってないから」と許してあげることにした。だってやっぱり、兄様のことは大好きだもんね。
その日の夜、早速専科について家族と話し合った。
「ルカの適正をちゃんと見極められていると思う」と全員に褒められたよ。ふふ、父様も母様も兄様も、やっぱりみんな大好き。特に兄様は「ルカは僕に似て頭もいいし機転が利くから絶対官僚がぴったりだよ!」て推してくれたんだ。兄様、ありがとう。僕の首にぶら下がっているネックレスを見て「あんのクソガキが……ッ」とぼやいて母様から頭を叩かれていたけど。
こうして、賑やかで穏やかな夏季休暇が始まったのだった。
帰宅して早々、泣き顔の兄様が飛びついてくる。
「ルカーッ! 兄様のこと、まだ怒ってる!?」
先日二十歳を迎えた兄様は、最近髭が生えてくるようになったと以前の手紙に書いてあった。その報告通り、兄様の細めの顎には茶色い無精髭が浮いている。それ以外にも、よく見ると目は充血していて、目の下にはなんとクマまであるじゃないか。……えっ? アリのクマを撃退したと思ったら、今度はこっち!?
「兄様! その顔はどうしたの!?」
「ああルカ……! 天使のように心優しいルカを怒らせたんじゃないかと思うと、気が気じゃなくて……!」
兄様が、涙を零した。
「ええー……」
なんと。僕に嫌われたんじゃないかって気になりすぎてのこの状態か。相変わらず、兄様の愛は深いなあ……。
でも、こうなった原因は明らかだったりして。実は先日手紙で、『天上からの贈り物』関連で起きた出来事をまとめたものを伝えていたんだよね。だけど、文面にその時の僕の怒りが乗っちゃっていたらしい。以降の兄様の文面がずっとソワソワしているのが伝わってきていた。正直、可哀想だなーとは思った。だけど今回ばかりはきちんと反省してもらいたかったので、そのままにしていたんだ。
だけどちょっとやり過ぎちゃったかも……というのが、やつれた兄様を見た僕の率直な感想だ。
「ルカ、正直に答えて……! 僕はルカに嫌われたらもう生きていけないよ……!」
うん、大袈裟! でも僕が嫌いなんてひと言でも言った途端、本気で衰弱死しそうな予感しかしないのが怖い。本当さ、どうしてここまで僕のことを溺愛してるんだろう。不思議なんだけど。
「んー。もう怒ってはないよ」
「えっ! 本当っ!?」
とは言っても、このまま何事もなかったことにして過ごせば、同じことをまたどこかでやりかねない危険性が兄様にはある。釘を刺す意図で、はっきり伝えることにした。
「ただ、色んなことをするのがいちいち面倒になってることはきちんと理解してもらいたい」
「ああっ! ルカの口調に怒りの波動を感じる! ごめん、本当にごめんねルカ!」
号泣しながら、顔をイヤイヤするように擦り付けられる。知らなかった。無精髭って痛いんだね。
「兄様が男子寮の生徒を集めてあんなことを言うから、みんな僕に興味を持っちゃったんだって。絶対ひとりになるなって先輩に忠告されちゃったよ」
「ごめん……! 牽制しようと思って……!」
兄様の涙が、僕の頬を濡らしていく。可哀想だけど、やっぱりもうちょっと直接言わせてほしい。だって大変だったんだから。
「オラフっていう人、怖かったよ。ていうかしつこいんだ」
あれからというもの、アリやクリストフ先輩がいない僅かな隙を狙って壁ドンされたりするんだよね。すぐに目くじらを立てたヨルゲンさんがとっ捕まえに来てくれるけど、あまりのしつこさに正直うんざりしてたりして。
兄様が、こめかみに青筋を浮かせる。
「あんの野郎……!」
「誰のせいだっけ」
ジト目で兄様を上目遣いで見ると、兄様がグッと声を詰まらせて黙り込んだ。
「……兄様のせいですね……」
「そもそも『天上からの贈り物』って何なの? 最初に聞いた時、ドン引きしちゃったよ」
僕の責め口調に、兄様が必死な形相で言い募る。
「ああ、待ってルカ! これだけは分かってもらいたい! ルカがこの世に生を受けた時、僕の目には確かに天上からの光がルカを照らしているのが見えたんだ! 本当なんだ、信じてくれ!」
え、僕が生まれた時? 『天上からの贈り物』ってそんな年季が入った言葉なの?
僕が口をあんぐり開けて何も言えないでいると、兄様がシクシク泣きながら僕に縋ってきた。
「ルカが可愛すぎるあまり突っ走ってしまった兄様を許してくれ……っ、うう……っ!」
あまりの嘆き悲しみっぷりに段々と罪悪感を覚え始めた僕は、「もう、怒ってないから」と許してあげることにした。だってやっぱり、兄様のことは大好きだもんね。
その日の夜、早速専科について家族と話し合った。
「ルカの適正をちゃんと見極められていると思う」と全員に褒められたよ。ふふ、父様も母様も兄様も、やっぱりみんな大好き。特に兄様は「ルカは僕に似て頭もいいし機転が利くから絶対官僚がぴったりだよ!」て推してくれたんだ。兄様、ありがとう。僕の首にぶら下がっているネックレスを見て「あんのクソガキが……ッ」とぼやいて母様から頭を叩かれていたけど。
こうして、賑やかで穏やかな夏季休暇が始まったのだった。
710
お気に入りに追加
2,411
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!
実の弟が、運命の番だった。
いちの瀬
BL
「おれ、おっきくなったら、兄様と結婚する!」
ウィルとあの約束をしてから、
もう10年も経ってしまった。
約束は、もう3年も前に時効がきれている。
ウィルは、あの約束を覚えているだろうか?
覚えてるわけないか。
約束に縛られているのは、
僕だけだ。
ひたすら片思いの話です。
ハッピーエンドですが、エロ少なめなのでご注意ください
無理やり、暴力がちょこっとあります。苦手な方はご遠慮下さい
取り敢えず完結しましたが、気が向いたら番外編書きます。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
虐げられた王の生まれ変わりと白銀の騎士
ありま氷炎
BL
十四年前、国王アルローはその死に際に、「私を探せ」と言い残す。
国一丸となり、王の生まれ変わりを探すが見つからず、月日は過ぎていく。
王アルローの子の治世は穏やかで、人々はアルローの生まれ変わりを探す事を諦めようとしていた。
そんな中、アルローの生まれ変わりが異世界にいることがわかる。多くの者たちが止める中、騎士団長のタリダスが異世界の扉を潜る。
そこで彼は、アルローの生まれ変わりの少年を見つける。両親に疎まれ、性的虐待すら受けている少年を助け、強引に連れ戻すタリダス。
彼は王の生まれ変わりである少年ユウタに忠誠を誓う。しかし王宮では「王」の帰還に好意的なものは少なかった。
心の傷を癒しながら、ユウタは自身の前世に向き合う。
アルローが残した「私を探せ」の意味はなんだったか。
王宮の陰謀、そして襲い掛かる別の危機。
少年は戸惑いながらも自分の道を見つけていく。
文官Aは王子に美味しく食べられました
東院さち
BL
リンドは姉ミリアの代わりに第三王子シリウスに会いに行った。シリウスは優しくて、格好良くて、リンドは恋してしまった。けれど彼は姉の婚約者で。自覚した途端にやってきた成長期で泣く泣く別れたリンドは文官として王城にあがる。
転載になりまさ
偽物の番は溺愛に怯える
にわとりこ
BL
『ごめんね、君は偽物だったんだ』
最悪な記憶を最後に自らの命を絶ったはずのシェリクスは、全く同じ姿かたち境遇で生まれ変わりを遂げる。
まだ自分を《本物》だと思っている愛する人を前にシェリクスは───?
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる