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39 秘密の関係

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「くそっ!」という捨て台詞を吐いて、オラフと呼ばれた男子生徒は僕たちの前から去っていった。

 オラフ……どこかで聞き覚えがあるような? どこで聞いたっけ、と記憶を掘り返してみたけど思い出せない。うーん、何だったっけ。

 それにしても、クリストフ先輩ってば凄い! 僕が思わず親近感を持ってしまうくらいにはひょろいのに、一瞬でそこそこ体格のいい男子生徒を撃退しちゃうなんて……! どうやったのか、後で聞いてみよう。

 クリストフ先輩が、心配そうに僕の顔を覗き込む。

「ルカ、大丈夫だった? 変なことされてない?」
「あ、はい! ありがとうございます!」

 ペコンと頭を下げると、先輩は苦笑しながら頭を掻いた。

「本当、何事もなくてよかったよ。それにしても全く、言った傍からこれだもんなあ」

 クリストフ先輩が、ズレた眼鏡を指で直しながら深い息を吐く。

「う、す、すみません……っ」

 言われた直後の出来事なだけに、僕は恐縮するしかなかった。

「いや、ルカが何をした訳じゃないんだよ? 責めてる訳じゃないからね? どう考えてもちょっかいを出したオラフの方が悪いし。にしても――あ、そうか。お目付け役のヨルゲンが今日は風邪を引いて寝込んでるんだ。あーだからかあ」

 クリストフ先輩はひとり納得して頷いている。

 ん? お目付け役のヨルゲン? 誰だそれ――と思ったけど、唐突に「あ」と思い出した。オラフとヨルゲンって、最初に寮に到着したばかりの時、喧嘩をすると壁に穴を開けちゃうからってジョアンさんが呼ばれた例の二人の名前じゃないか!

 そっか、問題児がオラフさんの方で、止めるのがヨルゲンさんの方ってことなのか。うん、僕も理解したぞ。

 すると今度は、クリストフ先輩が眉毛を垂らしながら「うーん」と唸り始めた。え、なになに?

 先輩は考えるように上を向いて、次に悩ましげに横を向いて、最後は諦めたように俯いてから、屈んでそーっと僕に顔を近付ける。まるで百面相だ。日頃アリの殆ど変わらない表情ばかり見ているからか、何だか新鮮に感じる。

「あのさ……これは提案なんだけど」
「はい」

 人目を憚るようなヒソヒソ声に、僕も極力耳を近付けてみた。

「ボクがルカの調べ物を手伝おうか。というか手伝わせて。君ひとりにしたら恐ろしくてボクが落ち着かないから」
「……なんかすみません」

 あまりの居た堪れなさに、僕は身体を縮こまらせた。だってこれ、どう考えても兄様が残した負の遺産……。

 僕が少し遠い目になっていたからか、クリストフ先輩が慌てた様子で首を横に振る。

「いやっ、ルカは何も悪くないからね!? ただボクが気になるってだけで! 何かあったら寝覚めが悪いし!」

 何かあったらって何!? さっきのオラフさん、僕に何しようとしたの!? 怖いんだけど!

 僕の心配をよそに、クリストフ先輩がポンと手を叩いて鳴らした。

「あ、なんだけど、ひとつだけ約束してほしいんだよね」
「ええと……何をでしょう?」

 周囲を窺うような鋭い目つきで見回した後、クリストフ先輩が小声で言った。

「頼むから、アルフレートには内緒にして。知られたら怖い。怖すぎる。泣いちゃうかも」

 ……アリってそんなに怖い人に思われてるの?

 だけど兄様の『天上からの贈り物』発言のせいで、僕と同学年以上の先輩たちは僕の存在に興味津々だっていうことは今回のことでよく分かった。

 それに、元々このことはアリには内緒で進めている。ここで僕が遠慮してひとりで頑張った結果、また変な人に絡まれるんじゃないかってクリストフ先輩をヤキモキさせるくらいなら、この提案に乗った方が先輩の為でもあるんじゃないか。

 クリストフ先輩は、縋るような目で僕に訴えかけてきている。うーん、どことなくアリに通じるものを感じるこの眼差しに、僕は弱いんだよなあ。

「ね? そうしようよ。ボクの心臓がハラハラドキドキしすぎて止まらない為にも。お願いだよ」

 潤み始めた紫眼でじーっと見つめられた僕は。

「よ、よろしくお願い、します……?」

 こうして、僕とクリストフ先輩の秘密の関係が始まったのだった。
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