上 下
35 / 53

35 ひとり図書室へ

しおりを挟む
 それからというもの、部屋での自習の時間の途中に「ちょっと調べ物をしてくる」とアリに告げては、学校の図書室に通うようになった。

 アリは予習と復習を絶対疎かにできない人だ。僕が「少ししたら戻るから!」と笑顔で手を振ると、寂しそうな表情にはなるものの、勉強の手を止めてまで一緒に行くことはなかった。

 実はアリのこの選択は、僕の読み通りだった。僕、思った以上にアリのことが分かってきてるかも?

 僕の考えでは、アリは常に一番でないといけないという強迫観念に駆られている。だから寝る時は僕の存在が勝つけど、それ以外は勉強が勝つ。

 それに加えて、アリは僕に迷惑をかけることを極端に恐れていた。僕に縋った後に過剰なまでに確認や想いを伝えてくるのは、嫌われたくないという無意識の思いから来ていると思うんだよね。

 つまり、僕がアリの睡眠障害のことにばかり時間を割いているとアリに知られたら、僕に「アリは面倒くさい奴だ」と思われて嫌われるんじゃと考えて、また我慢を始めてしまうんじゃないか。この読みは結構正しいと思う。だって、アリって遠慮の塊だし。

 だから、あえてこの時間帯を選んだ。アリが机から離れられない時間を。そして本当は何をしにいくのかについても黙っていることにしたんだ。アリが気に病んで寝られなくなる可能性は少しでも排除したいからね!

 だけど。

 寄宿学校に入学してから一年半。僕とアリは殆どの時間を二人で過ごしてきた。それこそ他の級友たちが入れる隙間もないほど、ずっと。だからか、ひとりでいると何だかソワソワしてしまって落ち着かない。というか、もう既に寂しい。

 いつの間にか本棚に並ぶ本の背表紙をぼんやり見つめていたことに気付き、慌てて頬を叩いた。これはアリの明るい未来の為! 僕の寂しさは、今はちょっと我慢しなくちゃだ!

 改めて、ずらりと並ぶ本棚を見渡す。さすが王家も通う学校なだけあって、ここの図書室の蔵書は膨大だ。この中からどうやって探せばいいかを考えるだけで、正直頭がクラクラする。だけど、アリにこれ以上悔しかったり悲しい思いはさせたくない。なら、ここは僕がひと肌脱ぐしかないと思うんだよね。よし、やるぞ!

 植物図鑑が並ぶ付近を片っ端から取っては眺め、しまってはまた取り出して眺め、を繰り返していく。

 昨日までの時点で、ネムリバナについて記述がある図鑑は何冊か見つけていた。だけど本当に紹介程度で、どれも僕でも知ってる内容ばかりなんだよね。

「うーん……。図鑑じゃない方がいいのかなあ」

 小声でぼやく。ふー、と長い息を吐くと、手の動きを再開させながら考え込んだ。
 
 アリの睡眠障害の発端は、大好きだったお母さんの死にある。その後の葬儀での、ユーネル侯爵の亡くなった妻に対する非情な言葉が決定打になった、と僕は見ていた。

 大好きだった人を尊敬しているお父さんに否定されたアリは、何が正しいのか分からなくなったんだと思う。それでもアリは、唯一残された家族である侯爵に見限られたくなかった。

 だって、当時はまだたった五歳の子どもだったんだよ? なのに甘えられる対象が突然消えてしまって、凄く不安になったと思う。だから、必死で侯爵に好かれようとした。

 侯爵に好かれるには、侯爵の理想の息子になるしかない。お母さんは否定されてしまったけど、自分は否定されたくない――。そんな思いから、アリは懸命に努力を続けた。だけど、侯爵から愛情を得ることはできなかった。僕が抱き締めた時、抱き締められるのはお母さん以来だって言っていたのが何よりの証拠だ。

 アリは、愛情に飢えている。もしあの時泣いているアリに手を差し伸べたのが僕じゃなかったとしても、きっとアリはその人を自分の天使様と呼び、僕に今しているように全身全霊で愛してほしいと伝えたんじゃないか――。

「……あ」

 自分の手が、また止まっていることに気付いた。

 あの日僕を心配したゲロルドさんが、僕に語ったこと。あの時は深く考えていなかったけど、あの日以来少しずつ、ふとした瞬間に僕の中にちょっとした疑問を落としていくようになっていた。

「――ダメダメ。もしもなんて考えちゃダメだってば」

 頭を左右に振って、暗い考えを追い出す。気を取り直して頭上の棚を見上げると、ふと『植物の有効利用』というこれまでの図鑑とは違う毛色の題名の本が目についた。手を伸ばしてみる。微妙に届かない。うーん、アリだったら届くのになあ。伸び悩み中の自分の身長が悩ましい。

 床にポンと置いてある、階段一段分くらいの踏み台の上に乗り、再び手を伸ばした。……微妙に本の上まで指が届かないし!

 僕はふんすと鼻息を吐くと、膝を曲げて屈んでから、踏み台の上で跳躍する。届いた! そのまま指で引っ張り出すことに成功した。

 ――だけど。

「わっ!?」

 着地の際、つま先は踏み台に触れたけど、踵が空を踏み抜く。

 拙い――! と思った次の瞬間、後ろに仰向けの状態で落ちていったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

実の弟が、運命の番だった。

いちの瀬
BL
「おれ、おっきくなったら、兄様と結婚する!」 ウィルとあの約束をしてから、 もう10年も経ってしまった。 約束は、もう3年も前に時効がきれている。 ウィルは、あの約束を覚えているだろうか? 覚えてるわけないか。 約束に縛られているのは、 僕だけだ。 ひたすら片思いの話です。 ハッピーエンドですが、エロ少なめなのでご注意ください 無理やり、暴力がちょこっとあります。苦手な方はご遠慮下さい 取り敢えず完結しましたが、気が向いたら番外編書きます。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う

まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。 新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!! ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜

白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。 しかし、1つだけ欠点がある。 彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。 俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。 彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。 どうしたら誤解は解けるんだ…? シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。 書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。 そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。 アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。 その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。 サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。 一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。 R18は多分なるからつけました。 2020年10月18日、題名を変更しました。 『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。 前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)

処理中です...