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33 二学年冬季休暇終了

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 あれからアリとは会わないまま、寄宿学校に戻る日がやってきた。

「ではいってきます!」
「無理はせずにな、ルカ」
「便り、待ってますよ」
「ルカ……! ぐううう……っ、ざみじぃ……っ、ズズ……、い、いっでらっじゃい……!」

 いつもは僕に縋り付きながら盛大に別れを惜しむ兄様だけど、今回は母様に「過度な接触や引き止めはしないように」とキツく言い渡されていた。その為、小刻みにプルプル震えて泣きながらも、大分控えめな、比較的普通の別れの挨拶を返してくれた。違和感しかない。

「兄様、そんなに震えて。寒いなら中に――」
「ごれはッ、全身に力を込めないどッ、抱き締めだぐなるがらぁ……ッ!」
「普通はなりませんよ。ルカ、気にしないように」

 母様が今の内に早く行けとばかりに、素早く手を振った。父様の兄様を見る目つきには、憐憫の色が浮かんでいる気がした。

 毎回兄様の激しい別離への抵抗を見てきた毎度お馴染み御者のおじさんが、「……喧嘩でもされたんですか?」と心配そうに尋ねてきた。僕は引き攣り笑いで首を横に振ることしかできなかった。だってどう説明すればいいのさ。難しすぎる。

 三時間馬車に揺られ、男子寮前に到着した。最初は違和感満載だった綺羅びやかさは変わらず健在なのに、今は不思議と安堵を覚える。卒業する頃には、郷愁すら感じるようになるのかな。ちょっと楽しみかも。

 御者のおじさんにお礼を告げてから、僕たちの部屋に向かって駆け上っていく。部屋の扉の取っ手を掴むと鍵は開いていて、抵抗なく捻ることができた。いつも通り、アリは先に到着しているみたいだ。

「アリ! 久しぶ……わっ!?」

 笑顔で扉を開いた途端、手首を掴まれる。そのまま中に引きずり込まれた。僕の後ろで、扉がパタンと音を立てて閉じる。腰に腕が回されたと思った次の瞬間には、抱き上げられていた。僕のつま先が、地面スレスレになっている。

「ルカ……ッ!」

 泣いているのか。息苦しさが感じられるアリの吐息が、僕の耳朶を擽る。

「ルカ、ああ、ルカだ……!」
「アリ……!?」

 いつにも増して熱烈な再会だ。僕も抱き締め返してあげようと、アリの背中に腕を回した。直後、アリの身体全体の冷たさにドキリとする。――まさか。

「――アリ、顔を見せてくれる?」

 アリは素直に頭を上げると、僕に見えるように顔を向けてくれた。目の下には、真っ黒とまではいかないけど青白いクマができている。青い瞳に溜まった涙が、瞬きした瞬間青白い頬を伝って落ちていった。

「……手袋じゃ、効果が足りなかったかな?」

 アリが、ふるふると首を横に振る。

「最初の数日は、大丈夫だったんだ……っ。だけど、ふと隣を見るとルカがいない。気付かされる度に身体が冷えていく感覚に襲われて……」
「持って行った花びらは? 使った?」
「ああ。香りが多少なりとも感じられればこの空虚も薄れるかと袋から取り出したら、全て枯れてバラバラに砕けて粉になっていて……っ」
「ありゃ」

 はらはらと泣くアリは、まるで庇護者を探し求める幼子みたいだ。僕の中の庇護欲が、とめどなく溢れ出してきて胸を締め付ける。

 それにしても、この様子はただ寝られなかっただけじゃ考えられないくらいの狼狽ぶりだ。十中八九、ユーネル侯爵と何かあったと推測した。だってさ、空虚ってそんな単語、普通出てくる? アリさ、何かに絶望してない? 心配すぎるんだけど。

 そうとなれば、速やかに吐き出させるに限る。

「うん。言って。全部話して。最後までちゃんと聞くから」
「ルカ……ありがとう……っ」
「ほら、あっちで落ち着いて話そう?」

 話を聞くにしても、半分持ち上げられたこの状態じゃ僕が落ち着いて聞けない。

「あ、ああ……っ、すまない」
「謝らなくていいってば」

 アリは僕を抱き上げたまま寝台に移動すると、ベッドの端に腰掛けた。正面から抱きつかれている僕は、アリを跨いでアリの膝の上に鎮座する形になる。物凄い密着感だ。

 アリは僕の腰に回した腕に力を込めると、まだ足りないとばかりに僕の上半身をグッと引き寄せた。上半身全てが正面からピッタリくっつき合う形になって、鼻先同士がくっつく。ちょっと喋るだけで、唇も触れそうな距離だ。

 えっ、この距離で話すの? と思った。だけど、アリの様子はあまりにも悲痛そのもの。仕方ないので、今回はこのままいくことにした。

 アリが、悲しげな嗚咽を漏らしながら吐露を始める。

「視察中、父様に何度も『お前はどう思う』と尋ねられた」
「うん」
「最初の内は答えられたんだ。何度かは二人で議論もできて、これならいけると思った……」

 アリの吐く息が、僕の頬を湿らす。最後に会った時よりも冷たく感じる吐息を僕の体温で温めてあげたくて、アリの首に両腕を回した。

「だけど、眠れなくなるにつれて話が抜け落ちていることが増えて……。段々と父様からも、何も言われなくなって……っ」

 流れていくアリの涙を、前にアリがしてくれたように唇で受け止める。

「集中を切らした時に声をかけられると、よく聞こえなくて。聞き返す度に父様の溜息が深くなり、最後の方は聞き返せなくなってしまった……」
「……萎縮しちゃったの?」
「ああ……」

 僕もアリのこの症状には、気付いていた。ちゃんと寝た後のアリは、明朗快活で会話のテンポも速い。だけど眠れなかった次の日は、ぼんやりしている時間が明らかに多かった。声をかけて身体に手を触れて注意をこちらに向けると、その後は大丈夫だったけど。

 僕にも、昼間に寝過ぎて夜眠れず、翌朝頭が痺れたような状態で過ごした経験はある。夜にちゃんと寝たら翌朝にはスッキリしたけど、アリは起きているのに頭が疲れて働かないあの状態がずっと続いてるってことだよね。そりゃキツイに決まってる。

「アリ、もう大丈夫だよ。ほら、『辛いのはもう終わったよ、いい子だから泣き止んで』。ね?」
「うう……っ」

 それでも止まらないアリの涙を、いつかアリが僕にしてくれた時のように、舌で掬っていく。しょっぱい。
 
「アリの涙はちゃんと温かいよ、だから大丈夫。少しずつよくなってるよ」
「ルカ、ルカ……!」
「んっ」

 アリは泣きながら、吸い付くように唇を重ねてきた。

 ――言葉ではああ言ったけど、二週間ぶりのアリの唇はやっぱり前より冷たい。

 僕が隣にいられない時は、これからどんどん増えていくだろう。何とかしていつでもネムリバナの香りを感じられる方法を編み出さない限り、いずれアリに限界が訪れるんじゃ――。

 きつく抱き締め合っているにも関わらず、身体の芯が冷えたかのような寒気を感じずにはいられなかった。
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