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 二学年の前期も終わりに近付いてくると、アリは見るからに落ち着きがなくなっていった。

「アリ、最近あまり寝られてないよね?」

 折角消えていた目の下のクマも、真っ黒とは言わないけどかなり濃くなってしまっている。殿下とは、顔を合わせば「ん、ありがと」と礼を言われるまで関係は良くなっていた筈だ。なのにどうして!?

 僕の問いかけに、アリが申し訳なさそうに眉毛を垂らした。

「実は……冬季休暇が来るのが怖いんだ」
「へ? どうして?」
「だって、さすがにこの寒さではお城の花園のガゼボで昼寝はできないだろう……? ルカが凍えてしまう」

 そこは僕基準なのか。自分が寒くて眠れないじゃないのか。

 でも、言われてみれば確かにそうだった。じゃあ他の場所と言っても、温室で横になれるような余分な場所はないし、お城の中を勝手に使わせてもらう訳にもいかないし。

 しまった、完全に夏季休暇のノリでいて、考えてなかったよ。これは拙いぞ、と僕は腕組みをしながら考え込む。

「うーん……。だったらさ、夏と同様にネムリバナはゲロルドさんに分けてもらって、夜に使ってみるとか……」
「そうだな……そうさせてもらうしかないか……」

 アリが自信なさげに頷いた。

 アリの不安は、僕にはよく理解できた。僕という体温がなくてもちゃんと寝られるかというと、正直微妙だもんなあ。

 つい先日、アリは「ルカがいると思うと安心して寝られる」と僕の首元で呟いていた。このことからも、僕の存在が眠りに入るきっかけとか合図になっちゃってるんじゃないか。

 アリが健やかに寝られるならいいかと気にしてなかったけど、これって裏を返せば、僕がいないと寝られなくなってるってことだよね? 今更そんな重大なことに気付いてしまった僕は、大馬鹿者だ。うわあ……責任重大だよ。どうしよう。

 でも、今はまだいいんだ。この寄宿学校に在籍する十八歳の年までは、だましだましだとしてもこうして毎日一緒にいてあげられるから。

 問題は、卒業後にある。僕たちに残された時間は、あと四年半。長いといえば長いけど、侯爵家の関係改善という僕にはどうしようもない原因が鎮座する限りは、根本的解決は難しそうだ。そうなると、できるのは対処法しかない。少しずつ少しずつ、特殊な条件下になくても寝られるんだとアリの深層意識に刷り込んでいくしかない。

 つまり次の段階は、僕がいなくてもネムリバナさえあれば寝られるよ、とアリが思えるようになることじゃないか。最終的にはネムリバナがなくても寝られるようになるのが一番だけど、焦りは禁物だ。今回の冬は、ネムリバナだけでもアリが寝られるようになることを目指そう! うん、それしかない!

 そうと決まれば、僕まで一緒にどんよりしていちゃ駄目だ。満面の笑みを浮かべると、両手の拳を握り締めた。

「うん! 僕もゲロルドさんを手伝いに極力毎日顔は出すつもりだし、お昼寝は難しいと思うけど、夏と同じように毎日会おうよ!」
「そうなると、ルカを抱き締めながら寝られないのか……」

 アリはそう呟くと、がっくり項垂れてしまった。ああ、凹んじゃった……。

 僕はいつものようにアリの前に立つと、アリの頭をふんわり抱き締めた。ほぼ同時に、アリの腕が僕の腰に巻き付き、引き寄せられる。

 アリは顔を僕の胸元に押し付けたまま、くぐもった声で懇願してきた。

「ルカ、頼む。いつものアレを言ってくれ」
「うん! 『辛いのはもう終わったよ、いい子だから泣き止んで』、アリ」
「ルカ……」

 チュ、と頭頂にキスを落としても、アリの腕の力は暫く緩められることはなかった。



 二学年前期の期末試験の結果は、やっぱりアリは堂々の一位。僕は運動神経が必要な科目に全体的に足を引っ張られて、六位の結果に終わった。持久走は苦手なんだよ、うう。

「ルカ、ルカ……もう寂しくて死にそうだ」
「アリ、明日も会えるってば」
「だけどこうしてルカに触れることは難しくなるだろう? ルカ……!」

 前回同様、アリは僕を布団が畳まれた寝台の上に押し倒して、上から覆い被さるようにして抱きついていた。ちょっと重くて苦しいけど、体温が温かいから達成感が強い。

 この半年はおしなべて睡眠の質がよかったからか、ここ最近のアリの成長は著しいものがあった。少し前まで頭半分程度しか僕より高くなかった身長は、今では頭ひとつ分差ができてしまった。

 うーん、悔しい。僕が包んであげられるくらい大きく逞しくなる計画だったのに! 同じ物を食べてる筈なのに、どうしてこんなに差が出るんだろう。そういえば、ユーネル侯爵もスラリと背が高かったなあ。うちの父様は平均程度かな。……あ、そういうこと!?

 身長が伸びていくのと比例して、アリの声も段々低くなっていった。低い声で耳元で囁かれると、僕の心臓が変な動きをするんだよね。これってどういうことなんだろう。低音に反応する仕組みでもあるのかな。

 ちなみに、僕の声はまだ高いままだ。いいなあ、低い声。憧れる。僕も素敵な低音の声に早くなりたい!

「ねえ、そろそろ行かないと今度こそジョアンさんが来ちゃうよ」

 僕が押し倒されているところを見たら、ジョアンさんはどんな反応をするんだろう。アリが叱られないといいんだけど。

 涙に濡れたアリの頬を、指で拭き取っていく。

「それにアリの十四歳の誕生日は一緒に過ごそうって約束したでしょ? 僕、今からすごい楽しみにしてるんだよ!」
「ああ……俺も楽しみにしている」
「だからほら、もう泣かないで」

 ズズ、と鼻を啜る、日頃の様子からは想像もできないアリの幼い姿を見て、もう行かなくちゃいけないのにブワッと庇護欲が溢れ出てきて。

「――アリ」
「どうした……ズッ」
「いつもはご褒美のキスだけど、今からするのは頑張れのキスだからね」

 早口にそう告げると、普段はアリに一方的にされる下唇を食むキスをアリにしてみた。

「……え、あ、ルカが……えっ?」

 驚愕に目を大きく見開いたアリの顔が、みるみる内に真っ赤になっていく。

「アリ。冬季休暇、頑張ろうね」

 固まってしまったアリの頭をいい子いい子と撫でてやると、アリは首まで真っ赤になったまま、こくりと頷いたのだった。
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