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27 クマ撲滅
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僕たちは二学年に進級した。
初日のネムリバナを届けたアリは、真顔を少しだけ興奮気味に火照らせて、部屋に駆け戻ってきた。
「ルカ! 殿下が俺の顔を見て、『お、顔色マシになってる』と仰ってくれたぞ!」
「そうなの!? よかったね!」
それは多分アリに話しかけたんじゃなくてただの感想とか呟きなんじゃないかという考えが一瞬脳裏を過ったけど、アリが喜んでるならいいんだ。殿下、ちょっぴり見直したよ! やればできる子じゃないか!
「とりあえずはひと安心だ。これから少しずつ殿下の信頼を勝ち取っていきたいと思う」
「うん、頑張ろうね!」
「そうとなれば、しっかり寝ないとだな。――ルカ」
アリの長い腕が伸びてきて、手首を掴まれる。僕はそのままアリの布団の仲に引っ張り込まれ、抱き竦められた。
◇
夏季休暇中、アリは日中に睡眠時間を確保することで状態を保っていた。
通常の夜の睡眠時間に比べれば、かなり短くはある。だけど毎日睡眠が取れただけあって、冬季休暇明けと比べたら今の方が遥かに状態がよかった。青白かった肌も、ほんのりだけど赤みがかってきたように見える。もうどこから見ても生きてる人間にしか見えないんだよ! ものすごい進歩だ!
だけどアリは今の状態に甘んじず、引き続き弛まぬ努力を続けた。僕の提案をひとつずつ吟味して実践して、一歩ずつ着実に改善へと向かっていっていたんだ。アリに二つ名を付けるとしたら、絶対『努力の人』だと思う。
何より感動したのは、久々に一緒に湯殿に浸かった時のことだ。お湯に足を浸けるだけで辛そうな顔をしていたあのアリが、気持ちよさそうに目を細めたんだよ! 僕は滲んだ視界を、顔をじゃぶじゃぶ洗うことで誤魔化した。アリ、よく頑張ったね……!
秋が深くなった頃、更に驚くべきことが起きた。
なんと、とうとうアリのクマが完全に消えたんだ!
だけど大はしゃぎで喜ぶ僕とは対照的に、アリの表情は沈んだままだった。
「ルカ……俺の顔はルカにどう見えている? 果たしてこんなもので大丈夫なんだろうか……」
寝台の端に腰掛けたアリが、上目遣いで尋ねる。滅茶苦茶不安げな面持ちだ。そうか、と気付く。物心ついてからずっと、アリはこのしつこいクマと共存してきた。つまり、クマがない本来の自分の顔が周りからどう見られるのかの経験はほぼ皆無なんだ。そりゃあ確かに不安にもなるよね!
僕はアリの前に立つと、アリの顔に自分の顔を近付けてじーっと見つめた。アリは目を逸らさないまま、熱心に僕を見つめ返している。アリが僕をじっと凝視するのは、最初から変わらない。僕も大分慣れたかも。
「……どうだ?」
アリはどうしても不安が拭えないみたいだ。僕は笑顔になると、本音を詳細に語ることにした。
「アリは格好いいよ! 眉もキリッとしてて男らしいし、目も切れ長で涼しげだし!」
「優しい弧を描いているルカの眉毛も、俺はいいと思う。大きくて金色の瞳は、見ていると吸い込まれそうだ」
「僕のことはいいんだってば! ええとね、アリの鼻筋って通ってるでしょ。僕鼻が小さいから、いつもいいなあって思いながら見てるよ!」
「ルカの鼻は確かに小さいな。可愛くてつい摘みたくなる」
「だから僕のことはいいんだってば」
お互い至近距離で見つめ合いながら互いの顔を褒め合うというなんとも言えない状態に背中がムズムズするけど、アリに自信を付けてもらう為には嘘偽りない想いを伝えるのが一番だ。
「アリの顎はシュッとしてて格好いいよね! 歯並びもいいし、顎も最近しっかりしてきたし、絶対この先もっと男前になると思う!」
「ルカの輪郭は華奢で儚くて、ずっと腕の中で守ってあげたいと願う」
「だからあ! 僕のことは――ひゃっ」
アリの腕が僕の腰に回されると、一瞬でアリの膝の上に座らされてしまった。わ……っ。
アリの額が、コツンと僕の額に当たる。
「ルカの小さな口は食べたくなるほど可愛いと思う」
「ア、アリ? あの、今はその、アリの顔がどれだけいいかって話をね!?」
「ルカの赤い唇は果実のようで美味しそうだ」
アリが、ぺろりと僕の下唇を舐める。ひゃ……っ、これ、夏季休暇最終日にされたやつ……!
「……やっぱり美味しい」
「アリ――」
アリは噛みつくように僕の下唇を口に含むと、僕の身体をキツく抱き締めた。
初日のネムリバナを届けたアリは、真顔を少しだけ興奮気味に火照らせて、部屋に駆け戻ってきた。
「ルカ! 殿下が俺の顔を見て、『お、顔色マシになってる』と仰ってくれたぞ!」
「そうなの!? よかったね!」
それは多分アリに話しかけたんじゃなくてただの感想とか呟きなんじゃないかという考えが一瞬脳裏を過ったけど、アリが喜んでるならいいんだ。殿下、ちょっぴり見直したよ! やればできる子じゃないか!
「とりあえずはひと安心だ。これから少しずつ殿下の信頼を勝ち取っていきたいと思う」
「うん、頑張ろうね!」
「そうとなれば、しっかり寝ないとだな。――ルカ」
アリの長い腕が伸びてきて、手首を掴まれる。僕はそのままアリの布団の仲に引っ張り込まれ、抱き竦められた。
◇
夏季休暇中、アリは日中に睡眠時間を確保することで状態を保っていた。
通常の夜の睡眠時間に比べれば、かなり短くはある。だけど毎日睡眠が取れただけあって、冬季休暇明けと比べたら今の方が遥かに状態がよかった。青白かった肌も、ほんのりだけど赤みがかってきたように見える。もうどこから見ても生きてる人間にしか見えないんだよ! ものすごい進歩だ!
だけどアリは今の状態に甘んじず、引き続き弛まぬ努力を続けた。僕の提案をひとつずつ吟味して実践して、一歩ずつ着実に改善へと向かっていっていたんだ。アリに二つ名を付けるとしたら、絶対『努力の人』だと思う。
何より感動したのは、久々に一緒に湯殿に浸かった時のことだ。お湯に足を浸けるだけで辛そうな顔をしていたあのアリが、気持ちよさそうに目を細めたんだよ! 僕は滲んだ視界を、顔をじゃぶじゃぶ洗うことで誤魔化した。アリ、よく頑張ったね……!
秋が深くなった頃、更に驚くべきことが起きた。
なんと、とうとうアリのクマが完全に消えたんだ!
だけど大はしゃぎで喜ぶ僕とは対照的に、アリの表情は沈んだままだった。
「ルカ……俺の顔はルカにどう見えている? 果たしてこんなもので大丈夫なんだろうか……」
寝台の端に腰掛けたアリが、上目遣いで尋ねる。滅茶苦茶不安げな面持ちだ。そうか、と気付く。物心ついてからずっと、アリはこのしつこいクマと共存してきた。つまり、クマがない本来の自分の顔が周りからどう見られるのかの経験はほぼ皆無なんだ。そりゃあ確かに不安にもなるよね!
僕はアリの前に立つと、アリの顔に自分の顔を近付けてじーっと見つめた。アリは目を逸らさないまま、熱心に僕を見つめ返している。アリが僕をじっと凝視するのは、最初から変わらない。僕も大分慣れたかも。
「……どうだ?」
アリはどうしても不安が拭えないみたいだ。僕は笑顔になると、本音を詳細に語ることにした。
「アリは格好いいよ! 眉もキリッとしてて男らしいし、目も切れ長で涼しげだし!」
「優しい弧を描いているルカの眉毛も、俺はいいと思う。大きくて金色の瞳は、見ていると吸い込まれそうだ」
「僕のことはいいんだってば! ええとね、アリの鼻筋って通ってるでしょ。僕鼻が小さいから、いつもいいなあって思いながら見てるよ!」
「ルカの鼻は確かに小さいな。可愛くてつい摘みたくなる」
「だから僕のことはいいんだってば」
お互い至近距離で見つめ合いながら互いの顔を褒め合うというなんとも言えない状態に背中がムズムズするけど、アリに自信を付けてもらう為には嘘偽りない想いを伝えるのが一番だ。
「アリの顎はシュッとしてて格好いいよね! 歯並びもいいし、顎も最近しっかりしてきたし、絶対この先もっと男前になると思う!」
「ルカの輪郭は華奢で儚くて、ずっと腕の中で守ってあげたいと願う」
「だからあ! 僕のことは――ひゃっ」
アリの腕が僕の腰に回されると、一瞬でアリの膝の上に座らされてしまった。わ……っ。
アリの額が、コツンと僕の額に当たる。
「ルカの小さな口は食べたくなるほど可愛いと思う」
「ア、アリ? あの、今はその、アリの顔がどれだけいいかって話をね!?」
「ルカの赤い唇は果実のようで美味しそうだ」
アリが、ぺろりと僕の下唇を舐める。ひゃ……っ、これ、夏季休暇最終日にされたやつ……!
「……やっぱり美味しい」
「アリ――」
アリは噛みつくように僕の下唇を口に含むと、僕の身体をキツく抱き締めた。
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