25 / 53
25 夏季休暇
しおりを挟む
冬季休暇の失敗は、アリの手紙の内容を信じてアリの顔を一度も見ないで済ませてしまったことにある。
ということで反省を活かし、夏季休暇は定期的にアリのクマの具合を確認することにした。ゲロルドさんに「アリの為に花びらを分けて下さい」とお願いする目的もあるので、待ち合わせはお城の温室だ。
僕は一週間ぶりにアリに会えると、内心滅茶苦茶はしゃいでいた。だって、寂しかったんだよ。
父様も兄様も仕事で毎日いないし、家にいる母様も代筆の仕事がかなり増えてきて、毎日机に齧りついている。友達で平民のハンスは最近家業の手伝いを始めて、殆ど会えなくなってしまった。僕が寄宿学校に通い始めてから生まれた妹の世話に追われているお母さんに代わって、店番をしてるんだって。偉い。偉すぎる。
僕と交代で庭の野菜担当になった兄様のお陰で、庭ですることは殆どない。草むしり程度だ。冬季休暇はひと月ほどだし、学校から大量の課題が渡されていたこともあって、あっという間に過ぎていった感があった。だけど夏季休暇はおおよそ二ヶ月。しかも学年が変わるせいで、課題もない。
要は僕は、夏季休暇開始一週間ですでに暇を持て余していた。だってこれまで毎日アリと居たんだもん! ひとりは寂しいに決まってるじゃないか!
「じゃあ母様、いってきます!」
「気を付けなさいよ。怪しい人についていっちゃ駄目ですからね」
「大丈夫だってば!」
家を飛び出すと、家の近くの馬車停留所に向かう。
王都には乗合馬車というものがあった。以前まではあまりに子どもすぎてひとりで乗れなかったけど、学校に通う年齢になれば未成年でも乗れるようになる。夜はともかく、王都の日中の治安はさほど悪くないので、こうして僕のような未成年者もひとりで乗ることができた。
以前はお父様と一緒に利用していたお城方面行きの馬車に乗り込むと、ワクワクしながら窓の外を眺める。
……早くアリに会いたいなあ。
寮の部屋で押し倒されながら交わしたキスを思い出す度に、胸の辺りがざわざわしてどんな顔をしていいか分からなくなっていた。だけど、アリに会ったらそんな気持ちも吹っ飛ぶんじゃないか。
そんな期待を胸に、僕は夏の風を感じながら陽光の眩しさに瞼を閉じた。
◇
ネムリバナの任務を請け負っている僕とアリは、お城への入場証を陛下から渡されている。
入場証を門番に見せて中に入ると、僕の少し前を歩く見慣れた後ろ姿を発見した。
「アリ!」
「――ルカ!?」
振り返ったアリの目の下は、真っ黒になっていた。嘘だろ……半年間の努力が、僅か一週間で水の泡……。
僕の愕然とした表情に気付いてしまったアリが、申し訳なさそうに頭を掻く。
「すまない……初日は寝られたんだが、二日目から殆ど寝られなくなってしまってこんなことに……」
「謝る必要はないんだよ? だけど一体全体どうして……っ」
温室に向かう道すがらアリに事情聴取すると、驚きの事実が判明した。なんと今回、アリの十歳違いの腹違いの弟の夜泣きが激しくて寝られないらしい。
「三歳って夜泣きするんだ」
「医師によると、正確には夜驚症というらしい。この年頃の子にはたまにあることらしいんだが」
深い眠りについていたにも関わらず、突然大声で泣き出して暴れる。朝になると何も覚えておらずケロッとしていることをそう呼ぶらしい。
アリの表情は暗かった。
「問題は、それが始まったのが俺が屋敷に戻ってからのことで……」
「うぅん……」
それはキツイ。自分が帰ってきた途端、弟が夜中に大泣きして暴れ出したら、そりゃ参るよ。
アリが死人みたいな生気のない眼差しを前方にぼんやり向けたまま、続ける。
「父様に夏季休暇中別の場所で過ごすべきかと相談したんだが、『必要ない』のひと言で終わってしまった」
「ううぅん」
ユーネル侯爵家には、弟が管理している領地がある。王都より南にあるその土地には、アリも何度も訪れたことがあるそうだ。叔父一家が住む本邸近くには離れがあって、アリが幼少期に亡きお母さんとよく過ごした思い出の場所なんだとか。アリとしては、そこにひとりで行けば夜驚症も治り解決すると考えたらしい。気持ちは分かるけど、切なすぎる。
「分かった。日中だけにはなるけど、ここで小まめに会おうよ」
「……いいのか?」
アリの青い瞳に、輝きが戻ってきた。アリにはっきり伝わるように、うんうんと小刻みに頷く。
「僕といればアリは寝られるでしょ? それに本当のところを言うと、時間を持て余しちゃってて。だからアリが一緒に過ごしてくれると嬉しい」
照れ笑いしながら本音を伝えた。途端、アリの顔にみるみる笑みが広がっていく。
「俺も……俺もルカといたい」
「うん、じゃあゲロルドさんにそれも含めて相談だね」
「ああ!」
明日から、何か本でも持ってきてアリに読み聞かせしてあげようかな。
想像するだけで楽しみで、僕の顔にも大きな笑みが広がった。
ということで反省を活かし、夏季休暇は定期的にアリのクマの具合を確認することにした。ゲロルドさんに「アリの為に花びらを分けて下さい」とお願いする目的もあるので、待ち合わせはお城の温室だ。
僕は一週間ぶりにアリに会えると、内心滅茶苦茶はしゃいでいた。だって、寂しかったんだよ。
父様も兄様も仕事で毎日いないし、家にいる母様も代筆の仕事がかなり増えてきて、毎日机に齧りついている。友達で平民のハンスは最近家業の手伝いを始めて、殆ど会えなくなってしまった。僕が寄宿学校に通い始めてから生まれた妹の世話に追われているお母さんに代わって、店番をしてるんだって。偉い。偉すぎる。
僕と交代で庭の野菜担当になった兄様のお陰で、庭ですることは殆どない。草むしり程度だ。冬季休暇はひと月ほどだし、学校から大量の課題が渡されていたこともあって、あっという間に過ぎていった感があった。だけど夏季休暇はおおよそ二ヶ月。しかも学年が変わるせいで、課題もない。
要は僕は、夏季休暇開始一週間ですでに暇を持て余していた。だってこれまで毎日アリと居たんだもん! ひとりは寂しいに決まってるじゃないか!
「じゃあ母様、いってきます!」
「気を付けなさいよ。怪しい人についていっちゃ駄目ですからね」
「大丈夫だってば!」
家を飛び出すと、家の近くの馬車停留所に向かう。
王都には乗合馬車というものがあった。以前まではあまりに子どもすぎてひとりで乗れなかったけど、学校に通う年齢になれば未成年でも乗れるようになる。夜はともかく、王都の日中の治安はさほど悪くないので、こうして僕のような未成年者もひとりで乗ることができた。
以前はお父様と一緒に利用していたお城方面行きの馬車に乗り込むと、ワクワクしながら窓の外を眺める。
……早くアリに会いたいなあ。
寮の部屋で押し倒されながら交わしたキスを思い出す度に、胸の辺りがざわざわしてどんな顔をしていいか分からなくなっていた。だけど、アリに会ったらそんな気持ちも吹っ飛ぶんじゃないか。
そんな期待を胸に、僕は夏の風を感じながら陽光の眩しさに瞼を閉じた。
◇
ネムリバナの任務を請け負っている僕とアリは、お城への入場証を陛下から渡されている。
入場証を門番に見せて中に入ると、僕の少し前を歩く見慣れた後ろ姿を発見した。
「アリ!」
「――ルカ!?」
振り返ったアリの目の下は、真っ黒になっていた。嘘だろ……半年間の努力が、僅か一週間で水の泡……。
僕の愕然とした表情に気付いてしまったアリが、申し訳なさそうに頭を掻く。
「すまない……初日は寝られたんだが、二日目から殆ど寝られなくなってしまってこんなことに……」
「謝る必要はないんだよ? だけど一体全体どうして……っ」
温室に向かう道すがらアリに事情聴取すると、驚きの事実が判明した。なんと今回、アリの十歳違いの腹違いの弟の夜泣きが激しくて寝られないらしい。
「三歳って夜泣きするんだ」
「医師によると、正確には夜驚症というらしい。この年頃の子にはたまにあることらしいんだが」
深い眠りについていたにも関わらず、突然大声で泣き出して暴れる。朝になると何も覚えておらずケロッとしていることをそう呼ぶらしい。
アリの表情は暗かった。
「問題は、それが始まったのが俺が屋敷に戻ってからのことで……」
「うぅん……」
それはキツイ。自分が帰ってきた途端、弟が夜中に大泣きして暴れ出したら、そりゃ参るよ。
アリが死人みたいな生気のない眼差しを前方にぼんやり向けたまま、続ける。
「父様に夏季休暇中別の場所で過ごすべきかと相談したんだが、『必要ない』のひと言で終わってしまった」
「ううぅん」
ユーネル侯爵家には、弟が管理している領地がある。王都より南にあるその土地には、アリも何度も訪れたことがあるそうだ。叔父一家が住む本邸近くには離れがあって、アリが幼少期に亡きお母さんとよく過ごした思い出の場所なんだとか。アリとしては、そこにひとりで行けば夜驚症も治り解決すると考えたらしい。気持ちは分かるけど、切なすぎる。
「分かった。日中だけにはなるけど、ここで小まめに会おうよ」
「……いいのか?」
アリの青い瞳に、輝きが戻ってきた。アリにはっきり伝わるように、うんうんと小刻みに頷く。
「僕といればアリは寝られるでしょ? それに本当のところを言うと、時間を持て余しちゃってて。だからアリが一緒に過ごしてくれると嬉しい」
照れ笑いしながら本音を伝えた。途端、アリの顔にみるみる笑みが広がっていく。
「俺も……俺もルカといたい」
「うん、じゃあゲロルドさんにそれも含めて相談だね」
「ああ!」
明日から、何か本でも持ってきてアリに読み聞かせしてあげようかな。
想像するだけで楽しみで、僕の顔にも大きな笑みが広がった。
1,119
お気に入りに追加
2,411
あなたにおすすめの小説
実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
実の弟が、運命の番だった。
いちの瀬
BL
「おれ、おっきくなったら、兄様と結婚する!」
ウィルとあの約束をしてから、
もう10年も経ってしまった。
約束は、もう3年も前に時効がきれている。
ウィルは、あの約束を覚えているだろうか?
覚えてるわけないか。
約束に縛られているのは、
僕だけだ。
ひたすら片思いの話です。
ハッピーエンドですが、エロ少なめなのでご注意ください
無理やり、暴力がちょこっとあります。苦手な方はご遠慮下さい
取り敢えず完結しましたが、気が向いたら番外編書きます。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
文官Aは王子に美味しく食べられました
東院さち
BL
リンドは姉ミリアの代わりに第三王子シリウスに会いに行った。シリウスは優しくて、格好良くて、リンドは恋してしまった。けれど彼は姉の婚約者で。自覚した途端にやってきた成長期で泣く泣く別れたリンドは文官として王城にあがる。
転載になりまさ
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
虐げられた王の生まれ変わりと白銀の騎士
ありま氷炎
BL
十四年前、国王アルローはその死に際に、「私を探せ」と言い残す。
国一丸となり、王の生まれ変わりを探すが見つからず、月日は過ぎていく。
王アルローの子の治世は穏やかで、人々はアルローの生まれ変わりを探す事を諦めようとしていた。
そんな中、アルローの生まれ変わりが異世界にいることがわかる。多くの者たちが止める中、騎士団長のタリダスが異世界の扉を潜る。
そこで彼は、アルローの生まれ変わりの少年を見つける。両親に疎まれ、性的虐待すら受けている少年を助け、強引に連れ戻すタリダス。
彼は王の生まれ変わりである少年ユウタに忠誠を誓う。しかし王宮では「王」の帰還に好意的なものは少なかった。
心の傷を癒しながら、ユウタは自身の前世に向き合う。
アルローが残した「私を探せ」の意味はなんだったか。
王宮の陰謀、そして襲い掛かる別の危機。
少年は戸惑いながらも自分の道を見つけていく。
偽物の番は溺愛に怯える
にわとりこ
BL
『ごめんね、君は偽物だったんだ』
最悪な記憶を最後に自らの命を絶ったはずのシェリクスは、全く同じ姿かたち境遇で生まれ変わりを遂げる。
まだ自分を《本物》だと思っている愛する人を前にシェリクスは───?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる