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25 夏季休暇

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 冬季休暇の失敗は、アリの手紙の内容を信じてアリの顔を一度も見ないで済ませてしまったことにある。

 ということで反省を活かし、夏季休暇は定期的にアリのクマの具合を確認することにした。ゲロルドさんに「アリの為に花びらを分けて下さい」とお願いする目的もあるので、待ち合わせはお城の温室だ。

 僕は一週間ぶりにアリに会えると、内心滅茶苦茶はしゃいでいた。だって、寂しかったんだよ。

 父様も兄様も仕事で毎日いないし、家にいる母様も代筆の仕事がかなり増えてきて、毎日机に齧りついている。友達で平民のハンスは最近家業の手伝いを始めて、殆ど会えなくなってしまった。僕が寄宿学校に通い始めてから生まれた妹の世話に追われているお母さんに代わって、店番をしてるんだって。偉い。偉すぎる。

 僕と交代で庭の野菜担当になった兄様のお陰で、庭ですることは殆どない。草むしり程度だ。冬季休暇はひと月ほどだし、学校から大量の課題が渡されていたこともあって、あっという間に過ぎていった感があった。だけど夏季休暇はおおよそ二ヶ月。しかも学年が変わるせいで、課題もない。

 要は僕は、夏季休暇開始一週間ですでに暇を持て余していた。だってこれまで毎日アリと居たんだもん! ひとりは寂しいに決まってるじゃないか!

「じゃあ母様、いってきます!」
「気を付けなさいよ。怪しい人についていっちゃ駄目ですからね」
「大丈夫だってば!」

 家を飛び出すと、家の近くの馬車停留所に向かう。

 王都には乗合馬車というものがあった。以前まではあまりに子どもすぎてひとりで乗れなかったけど、学校に通う年齢になれば未成年でも乗れるようになる。夜はともかく、王都の日中の治安はさほど悪くないので、こうして僕のような未成年者もひとりで乗ることができた。

 以前はお父様と一緒に利用していたお城方面行きの馬車に乗り込むと、ワクワクしながら窓の外を眺める。

 ……早くアリに会いたいなあ。

 寮の部屋で押し倒されながら交わしたキスを思い出す度に、胸の辺りがざわざわしてどんな顔をしていいか分からなくなっていた。だけど、アリに会ったらそんな気持ちも吹っ飛ぶんじゃないか。

 そんな期待を胸に、僕は夏の風を感じながら陽光の眩しさに瞼を閉じた。



 ネムリバナの任務を請け負っている僕とアリは、お城への入場証を陛下から渡されている。

 入場証を門番に見せて中に入ると、僕の少し前を歩く見慣れた後ろ姿を発見した。

「アリ!」
「――ルカ!?」

 振り返ったアリの目の下は、真っ黒になっていた。嘘だろ……半年間の努力が、僅か一週間で水の泡……。

 僕の愕然とした表情に気付いてしまったアリが、申し訳なさそうに頭を掻く。

「すまない……初日は寝られたんだが、二日目から殆ど寝られなくなってしまってこんなことに……」
「謝る必要はないんだよ? だけど一体全体どうして……っ」

 温室に向かう道すがらアリに事情聴取すると、驚きの事実が判明した。なんと今回、アリの十歳違いの腹違いの弟の夜泣きが激しくて寝られないらしい。

「三歳って夜泣きするんだ」
「医師によると、正確には夜驚症というらしい。この年頃の子にはたまにあることらしいんだが」

 深い眠りについていたにも関わらず、突然大声で泣き出して暴れる。朝になると何も覚えておらずケロッとしていることをそう呼ぶらしい。

 アリの表情は暗かった。

「問題は、それが始まったのが俺が屋敷に戻ってからのことで……」
「うぅん……」

 それはキツイ。自分が帰ってきた途端、弟が夜中に大泣きして暴れ出したら、そりゃ参るよ。

 アリが死人みたいな生気のない眼差しを前方にぼんやり向けたまま、続ける。

「父様に夏季休暇中別の場所で過ごすべきかと相談したんだが、『必要ない』のひと言で終わってしまった」
「ううぅん」

 ユーネル侯爵家には、弟が管理している領地がある。王都より南にあるその土地には、アリも何度も訪れたことがあるそうだ。叔父一家が住む本邸近くには離れがあって、アリが幼少期に亡きお母さんとよく過ごした思い出の場所なんだとか。アリとしては、そこにひとりで行けば夜驚症も治り解決すると考えたらしい。気持ちは分かるけど、切なすぎる。

「分かった。日中だけにはなるけど、ここで小まめに会おうよ」
「……いいのか?」

 アリの青い瞳に、輝きが戻ってきた。アリにはっきり伝わるように、うんうんと小刻みに頷く。

「僕といればアリは寝られるでしょ? それに本当のところを言うと、時間を持て余しちゃってて。だからアリが一緒に過ごしてくれると嬉しい」

 照れ笑いしながら本音を伝えた。途端、アリの顔にみるみる笑みが広がっていく。

「俺も……俺もルカといたい」
「うん、じゃあゲロルドさんにそれも含めて相談だね」
「ああ!」

 明日から、何か本でも持ってきてアリに読み聞かせしてあげようかな。

 想像するだけで楽しみで、僕の顔にも大きな笑みが広がった。
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