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21 帰省

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 翌日。

 修了式後、生徒たちは続々と迎えの馬車に乗り込んでいた。

 アリのところにも立派な外装の馬車が迎えに来ていた。侯爵家の専属馬車なんだって。僕のところには、兄様が手配した馬車が迎えに来てくれることになっている。見たところまだいないみたいだけど。

「じゃあね、アリ! 手紙書くからちゃんと寝るんだよ!」
「ああ。ルカのぬくもりを思い出しながらなら眠れる気がする。任せてくれ」

 ユーネル侯爵家の馬車の前でアリに手を振ると、アリは鞄を御者に預けた後、再び僕を振り返る。長い腕が伸びてきたかと思うと、次の瞬間には僕はアリの腕の中に包まれていた。

「ルカ……長期休暇などなければいいのに」

 突然の抱擁に、慣れている筈なのに心臓が飛び跳ねる。

「手紙、楽しみにしているから」
「う、うん……っ」

 耳元で囁かれた後、素早く頬にキスをされた。えっ!? ここ、外なんだけど!?

 驚きすぎて硬直していると、アリは笑顔で離れていき、颯爽と馬車に乗り込む。御者が扉を閉じると、アリは窓から顔を覗かせもう一度手を振った。

「休み明けにまた」
「……うん! またね!」

 小っ恥ずかしいけど、アリの手放しの好意は素直に嬉しい。ほんわかした気持ちで走り去っていく馬車を見送っていると、突然背後からガシッと両肩を強い力で掴まれた。えっ?

「あれは誰だ……! 今ルカに抱きついたな……! 顔が触れたような気がしたけど、まさかキスなんてことは……!」
「兄様!? どうしてここに!?」

 僕の肩に指をギリギリ食い込ませているのは、恐ろしい形相をした兄様だった。まなじりを吊り上げて、豆粒ほどになった馬車を睨みつけている。肩が痛いよ。

「僕のルカに抱きついた……馬車についていた紋様は見覚えがあるぞ……」
「兄様ってば!」

 このままだと何だか色々拙そうな気がした僕は、咄嗟に兄様に抱きついた。途端、兄様の頬が緩みまくる。

「……ルカぁぁああっ! 可愛いっ! 会いたかった! 僕のルカ!」

 兄様は僕の顔を両手で挟み込むと、ブチュブチュブチュとキスの雨を降らせた。……だけどやっぱり、さすがに口だけは避けている。

 口にキスすることの意味を兄様に尋ねようかと思っていたけど、安全を期してやめておくことにした。



 僕が帰る日だと言って仕事を休んで迎えにきた兄様に抱きかかえられながら、半年ぶりとなる我が家に帰宅した。

 久々のグリューベル家は、寮の綺羅びやかさに少しだけ慣れた僕から見たらちょっと……いや、大分ボロく見える。でもやっぱり、僕はこっちの方が落ち着く。どんなに隙間風が吹こうと、この家には他には変えられない温かい心があるから。

「父様、母様、ただいま戻りました!」
「戻ったか」
「ルカ、おかえりなさい」

 家に入ると父様と母様が出迎えてくれて、交互に僕を抱き締めてくれた。ふふ、温かい。

 父様が穏やかに微笑みながら、僕の頭を撫でる。

「じゃあ早速、学校での様子を教えてもらおうか」
「はい!」

 僕が学校や寮での様子を嬉々として語ると、家族はみんなニコニコしながら聞いてくれた。先ほど僕に別れの抱擁をしていたのが侯爵令息のアルフレート・ユーネルだと知った兄様は、「あの男は危険だ……!」と僕がアリのことを話す度に呟くので、母様に思い切り後ろから頭をはたかれていた。この光景も懐かしいなあ。

 沢山喋って、笑って、素材の味たっぷりの料理を食べて。

 兄様は「今日だけは! 今日と、あと最終日だけはぁっ!」と何故か母様に頭を下げて、僕と一緒に寝る許可を得ていた。僕は別に構わないけど、なんで僕に聞かないの?

 膝を曲げないと入れない懐かしのお風呂にゆっくり浸かって、枕を持って先に待っている兄様の部屋に向かう。兄様は嬉しそうに僕を出迎えると、「温かいミルク飲む?」「足は冷たくない? もっと毛布を足そうか?」と甲斐甲斐しく僕の世話を焼き始めた。安定の溺愛っぷりだなあ。

 でも、今日の僕にはお土産がある。

「兄様、それよりこっちをしようよ」
「え? なになに?」

 僕は学校の温室から摘み取ってきていたネムリバナの花びらを広げて見せる。僕と兄様は入れ違いだったから、兄様はあまりネムリバナの恩恵に与ったことがないんだよね。

 今夜くらいはあった方がいいだろうと、同じ量をアリにも持たせてあるんだ。ちなみに休みの間は、ゲロルドさんがネムリバナごとお城の温室に持ち帰って面倒を見ることになっていた。今日作業を開始して、明日出発すると聞いている。

 なので、今夜ゲロルドさんは男子寮に一泊することになっているんだ。ジョアンさんとの仲がここで進展しないかなあ、なんてちょっぴり期待していたりして。

「これ、僕が面倒を見て摘んだネムリバナなんだよ!」
「それは楽しみだなあ……ふふ、浮かれているルカの姿、とっても可愛い」

 兄様の僕に対する可愛い発言をいちいち気にしていたら話が進まないので、気にせず器に水を注ぐ。花びらを一枚ずつ浮かべていくと、芳醇な香りが決して広いとは言えない室内に広がった。

 兄様が腕を広げて待つ布団に飛び込む。大人と同じ大きさに育った兄様の腕の中は広くて、アリと比べるとすっぽり包まれている感が強い。いつか僕ももっと大きく育ったら、寒がるアリを包みこんであげたいな。

 背中を向けようと寝返りをしかけたところで、兄様から待ったがかかる。

「ルカ、今日は顔を見て話しながら寝ないかい?」
「え? でも僕、寝相悪いでしょ? 兄様を蹴っちゃったら悪いし」
「ええっ? ルカは寝相はちっとも悪くないよ? 同室のアイツに何か言われたのか?」

 あれ? そうなの? でもアリが――。

「僕がいつも後ろから抱き締めてるのは、こうすると密着度が高くなるからだよ。僕の可愛いルカをすっぽり包めるからね」
「そ、そうだったんだ」

 アリに言われたことは、何となく兄様に言ってはいけない気がして、触れないことにする。

 改めて正面に向き直ると、兄様の胸にキュッと抱きついた。兄様も僕をぎゅう、と抱き締める。

「……ただいま、兄様」
「うん、おかえりルカ」

 こうして、賑やかな冬の長期休暇初日が緩やかに終わっていったのだった。
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