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14 添い寝
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アリが寝台に横になったのを見届けると、尋ねた。
「部屋の明かりはいつもどうしてるの?」
僕の方に向いて横向きになっているアリが、じっと見つめ返す。……相手を凝視するのは、もしかしたらアリの癖なのかもしれない。早く慣れないとだなあ。
「……どうも暗いのは苦手で、普段はランプを点けたまま寝ているが。ルカはどうしている?」
「僕? 真っ暗だよ」
「ルカは大人だな」
「へへ、そう?」
大人? いや、違う。暗くして寝ている理由は単純だ。ランプのオイル代節約の為で、それ以上でも以下でもない。ちなみに幼少期から散々鍛えられているお陰か、結構夜目が効くのがちょっと自慢だったりして。
ふむ、とアリが考え込む様子を見せる。
「……暗い方が寝られる、とは聞いたことがある」
「じゃあやってみる? 僕はどちらでも構わないよ」
ネムリバナの香りの効果で、もう既に瞼が落ちそうなくらい眠い。明かりがあろうがなかろうが、僕にはきっと関係ないだろう。
「ああ――頼む。やってくれ」
だからそんな、首吊台に立って踏み台を外す相手に言わんばかりの悲壮感を漂わせなくても。
「じゃあ消すね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ランプの蓋を開けてフッと息を吹きかけると、辺りが一瞬で暗闇に包まれる。隣の寝台からごくりと唾を嚥下する音が割と大きめに聞こえてきたけど、触れないことにした。
僕も布団に潜ると、胸元まで布団を引き上げる。スーッと鼻で息を吸うと、爽やかな風の吹く一面の花畑に横たわっている気持ちになってきた。
意識が沈み込んでいく。
とその時、隣から「くしゅんっ」という小さなくしゃみが聞こえてきたじゃないか。
「……アリ、寒いの?」
囁き声で尋ねた。躊躇するような数秒の後、アリが申し訳なさそうな声で答える。
「……すまない」
まああんな烏の行水じゃあな。
どうしようかな、と暫し考え込んだ。こういう時、助けになるのが兄様の存在だ。以前、風邪の引き始めに僕が寒い寒いと震えていたら、兄様が僕の布団に潜り込んできて後ろから抱き締めてくれたことがあった。兄様の体温は温かくて、次第に震えが収まっていったのをよく覚えている。
――よし、これだ!
兄様が僕に与えてくれる優しさは、アリにも有効だということは二年前から証明されている。
起き上がると、アリに声をかけた。
「そっちのお布団に行っていい?」
「えっ」
「前に僕が寒がっていた時、兄様に添い寝してもらったら寒気が取れたことがあるんだ。やってみる価値はあると思うよ」
「わ……分かった」
アリの許可を得たので、早速アリの布団に潜り込む。
「アリ、背中を向けてくれるかな?」
「あ、ああ……!」
アリが寝返りを打ったところで、アリの背面にぴったり身体を重ねた。うわあ、全身ひんやり……! 僕の体温の方が奪われそうだ。
身体を強張らせているアリに、「改めておやすみ」と伝える。
「お、おやすみ」
アリの返事が、触れている背中から振動となって響いてきた。少しずつ、重なった部分が温まってくる。これなら大丈夫そうだ。安心して瞼を閉じると、すぐに睡魔が忍び寄ってくる。あふ、と呑気なあくびが出ると、一瞬で意識を保っているのが難しくなってきた。
「俺の太陽が……添い寝……これは夢か……?」
何か呟きが聞こえた気がするけど、深い眠りに誘われた僕は、よく聞き取れないまま落ちていったのだった。
◇
翌朝目を覚ますと、何故か背中を向けた僕の方が、アリの腕の中に包まれていた。
あれ? どういうこと? と思ったけど、よく考えたら僕の向きが反対に変わっている。爆睡した後、寝返りを打った際に拘束を解いてしまったんだろう。寒かったアリは仕方なく僕を抱き寄せて――。うん、理解した。
耳元には、スー、スー、という規則正しい寝息が吹きかかっている。この様子だと、アリはちゃんと寝られたみたいだ。僕の作戦が功を奏したみたいで、思わずにんまりと笑う。
――そうなると、俄然気になってくるのが目の下のクマの濃さだ。
アリを起こさないようそろりと身体の向きを変える。真っ直ぐ閉じられた薄めの唇。スッとした形のいい鼻梁を経て、視線がアリの目元に辿り着いた。
「……んー。真っ黒、ではない……ような……?」
若干だけど、ほんのーり青みがかってきたかもしれない。多分。きっと。
にしても、僕なんてほんのり汗ばんでいるというのに、アリの顔は非常に涼しげだ。というか、むしろ青白い。汗のひとつも掻いてないように見える。
静かに手を伸ばして、アリのほっそりした頬に触れてみた。うん、冷たいね。アリは全体的に冷え性みたいだから、血行の悪さがクマに繋がっているのかもしれない。
眠れない根本的な原因は不明だけど、身体の冷えが原因のひとつなのは昨日の出来事で証明されている。つまりきちんと温めてあげれば、睡眠時間も増えていく筈。自ずとクマも薄まっていくに違いない。
手を離すとアリの頬がまた冷たくなってしまいそうで何となくそのままの体勢でいると、突然アリがパチリと瞼を開いた。
……うっわ、驚いたあー。
そのまま、睨むように僕を凝視してくる。でも焦点が合ってないような。これってもしかして、寝惚けてる?
「……アリ?」
あまりにも見つめられ続けると、落ち着かない。耐え切れず、声をかけた。すると、アリの焦点が段々と合っていく。
「……俺の天使……いや、太陽がいる」
言い直さなくていいよ。どっちも大分アレだよ。
と突然、アリの瞳がじんわりと潤み始めていくじゃないか。
「えっ、あ、あのっ!?」
次の瞬間。
元々回されていたアリの腕に力が込められ、僕の身体がアリの胸元に引き寄せられた。顔面が、アリの骨ばった硬い胸板に押し付けられる。
「ふが」
「寝られた、寝ることができた……!」
「むぐ」
感極まった様子のアリに、僕は息苦しさを覚えながらも頬を綻ばせたのだった。
「部屋の明かりはいつもどうしてるの?」
僕の方に向いて横向きになっているアリが、じっと見つめ返す。……相手を凝視するのは、もしかしたらアリの癖なのかもしれない。早く慣れないとだなあ。
「……どうも暗いのは苦手で、普段はランプを点けたまま寝ているが。ルカはどうしている?」
「僕? 真っ暗だよ」
「ルカは大人だな」
「へへ、そう?」
大人? いや、違う。暗くして寝ている理由は単純だ。ランプのオイル代節約の為で、それ以上でも以下でもない。ちなみに幼少期から散々鍛えられているお陰か、結構夜目が効くのがちょっと自慢だったりして。
ふむ、とアリが考え込む様子を見せる。
「……暗い方が寝られる、とは聞いたことがある」
「じゃあやってみる? 僕はどちらでも構わないよ」
ネムリバナの香りの効果で、もう既に瞼が落ちそうなくらい眠い。明かりがあろうがなかろうが、僕にはきっと関係ないだろう。
「ああ――頼む。やってくれ」
だからそんな、首吊台に立って踏み台を外す相手に言わんばかりの悲壮感を漂わせなくても。
「じゃあ消すね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ランプの蓋を開けてフッと息を吹きかけると、辺りが一瞬で暗闇に包まれる。隣の寝台からごくりと唾を嚥下する音が割と大きめに聞こえてきたけど、触れないことにした。
僕も布団に潜ると、胸元まで布団を引き上げる。スーッと鼻で息を吸うと、爽やかな風の吹く一面の花畑に横たわっている気持ちになってきた。
意識が沈み込んでいく。
とその時、隣から「くしゅんっ」という小さなくしゃみが聞こえてきたじゃないか。
「……アリ、寒いの?」
囁き声で尋ねた。躊躇するような数秒の後、アリが申し訳なさそうな声で答える。
「……すまない」
まああんな烏の行水じゃあな。
どうしようかな、と暫し考え込んだ。こういう時、助けになるのが兄様の存在だ。以前、風邪の引き始めに僕が寒い寒いと震えていたら、兄様が僕の布団に潜り込んできて後ろから抱き締めてくれたことがあった。兄様の体温は温かくて、次第に震えが収まっていったのをよく覚えている。
――よし、これだ!
兄様が僕に与えてくれる優しさは、アリにも有効だということは二年前から証明されている。
起き上がると、アリに声をかけた。
「そっちのお布団に行っていい?」
「えっ」
「前に僕が寒がっていた時、兄様に添い寝してもらったら寒気が取れたことがあるんだ。やってみる価値はあると思うよ」
「わ……分かった」
アリの許可を得たので、早速アリの布団に潜り込む。
「アリ、背中を向けてくれるかな?」
「あ、ああ……!」
アリが寝返りを打ったところで、アリの背面にぴったり身体を重ねた。うわあ、全身ひんやり……! 僕の体温の方が奪われそうだ。
身体を強張らせているアリに、「改めておやすみ」と伝える。
「お、おやすみ」
アリの返事が、触れている背中から振動となって響いてきた。少しずつ、重なった部分が温まってくる。これなら大丈夫そうだ。安心して瞼を閉じると、すぐに睡魔が忍び寄ってくる。あふ、と呑気なあくびが出ると、一瞬で意識を保っているのが難しくなってきた。
「俺の太陽が……添い寝……これは夢か……?」
何か呟きが聞こえた気がするけど、深い眠りに誘われた僕は、よく聞き取れないまま落ちていったのだった。
◇
翌朝目を覚ますと、何故か背中を向けた僕の方が、アリの腕の中に包まれていた。
あれ? どういうこと? と思ったけど、よく考えたら僕の向きが反対に変わっている。爆睡した後、寝返りを打った際に拘束を解いてしまったんだろう。寒かったアリは仕方なく僕を抱き寄せて――。うん、理解した。
耳元には、スー、スー、という規則正しい寝息が吹きかかっている。この様子だと、アリはちゃんと寝られたみたいだ。僕の作戦が功を奏したみたいで、思わずにんまりと笑う。
――そうなると、俄然気になってくるのが目の下のクマの濃さだ。
アリを起こさないようそろりと身体の向きを変える。真っ直ぐ閉じられた薄めの唇。スッとした形のいい鼻梁を経て、視線がアリの目元に辿り着いた。
「……んー。真っ黒、ではない……ような……?」
若干だけど、ほんのーり青みがかってきたかもしれない。多分。きっと。
にしても、僕なんてほんのり汗ばんでいるというのに、アリの顔は非常に涼しげだ。というか、むしろ青白い。汗のひとつも掻いてないように見える。
静かに手を伸ばして、アリのほっそりした頬に触れてみた。うん、冷たいね。アリは全体的に冷え性みたいだから、血行の悪さがクマに繋がっているのかもしれない。
眠れない根本的な原因は不明だけど、身体の冷えが原因のひとつなのは昨日の出来事で証明されている。つまりきちんと温めてあげれば、睡眠時間も増えていく筈。自ずとクマも薄まっていくに違いない。
手を離すとアリの頬がまた冷たくなってしまいそうで何となくそのままの体勢でいると、突然アリがパチリと瞼を開いた。
……うっわ、驚いたあー。
そのまま、睨むように僕を凝視してくる。でも焦点が合ってないような。これってもしかして、寝惚けてる?
「……アリ?」
あまりにも見つめられ続けると、落ち着かない。耐え切れず、声をかけた。すると、アリの焦点が段々と合っていく。
「……俺の天使……いや、太陽がいる」
言い直さなくていいよ。どっちも大分アレだよ。
と突然、アリの瞳がじんわりと潤み始めていくじゃないか。
「えっ、あ、あのっ!?」
次の瞬間。
元々回されていたアリの腕に力が込められ、僕の身体がアリの胸元に引き寄せられた。顔面が、アリの骨ばった硬い胸板に押し付けられる。
「ふが」
「寝られた、寝ることができた……!」
「むぐ」
感極まった様子のアリに、僕は息苦しさを覚えながらも頬を綻ばせたのだった。
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