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5 いざ寄宿学校へ

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 寄宿学校は、王都から馬車で三時間ほど行った森の中にある。

 周囲には、見事に何もない。その分、静かな環境だから勉強は捗るらしい。だけど夏から秋にかけては虫の声が凄いから、最初は寝られないかもしれないよ、と兄様から耳栓を渡されていた。

 兄様が長期休暇の度に王都を探し回って見つけた、つけ心地最高な究極の逸品なんだって。なんだかすごい。

 僕の家がある王都は、自然が少ない。だから虫の声を聞きながら寝られるなんて夢みたいで、実はかなりワクワクしていた。折角だから、今夜は耳栓をしないで寝てみたい。

 ふと、「問題は別にもある」と兄様が眉間に皺を寄せながら言っていたことを思い出す。寮の同室の相手がイビキを掻く人だと、一年間地獄なんだって。

 ……確かにそれは辛いかもしれない。基本は学年が変わる度に同室の相手も変わるそうだけど、それでも一年は長いもんね。

 そういえば、何年か前に兄様が送ってきた手紙に「同室の人間がうるさくて寝られない、寝不足だ、ルカを抱き枕にしたらきっと朝までぐっすり寝られるのに」と書いてあったことがあった。毎回書かれていたから、相当辛かったんだと思う。兄様は案外繊細みたいだ。

 せめて長期休暇の間くらいは抱き枕役をしようかなあと母様に言ったら、「弟を抱き枕にする兄などいません」とピシャリと否定された。世間はそういうものらしい。これまで何度か兄様がこっそり僕の部屋に入ってきては僕を抱き枕にしていたことは母様には言わないでおこう、と思った。

 寄宿学校の寮は、基本二人に対しひと部屋が割り当てられる。組み合わせは、予め寮の方で決めているそうだ。なんでも派閥の違う家の人間同士を何も配慮せず同室にしたら、争いが勃発して血を見たことが過去にあったらしい。怖いなあ。

 親同士のいがみ合いが子供にも影響するなんて、「なんだかなあ」と思う。だけどこれは、僕の父様が全員に平等に接する事務官だからそう思えるだけなのかもしれない。

 ちなみに例外はあって、人数が奇数になった場合は二人部屋にひとりになったり、国内外の王族が入学してきた場合は特別室で警護体制ばっちりになったりするんだとか。

 でも殆どの場合は二人ひと部屋なので、同室の人間と良好な人間関係を築くのが、入学して最初の試練なんだって。

 そして僕は、それに一番怯えていた。

 なぜなら、僕の家はどちらかと言わなくても貧乏なので、はっきり言って他の貴族とは生活水準が違う。友達といえば、近所に住む平民ばかりだ。

 幼馴染みで平民のハンスは、貴族の集まりを避けまくる僕を見ては「貴族ってのも大変だよなあ」と笑っていた。僕もそう思う。

 そんな訳で、同年代の貴族令息とはこれまで殆ど交流がなかった。うちに招いたところでろくなおもてなしもできないし、招かれたところで毎回綺麗な服を着てお土産を準備するのも難しい。

 貴族の世界に礼儀という名の見栄が存在しているせいで、僕には親しいと呼べる貴族の友達がいなかった。そもそも共通の話題を見出だせないだろうからそれでよかったんだろうけど。だって野草の味とかを語られても相手も困るだろうし。

 幸い寄宿学校は制服が基本だから、服装で優劣がはっきりすることはない。食事も食堂があって無料開放されているから、餓死することもない。なんて素晴らしいんだろう。貧乏一家が育ち盛りな息子を通わせるには最高の条件だと思う。

 ちなみに校則第一条には、『全ての生徒を平等に扱うべし』と書かれている。だけど兄様曰く、「権力を笠に着る奴は必ずいるから、見つけ次第距離を置くこと。奴らに校則に従う意思はない」なんだって。

 最初の一ヶ月で力関係と派閥を把握した上で、中立の立場の集団にこそっと属すのが学校内での処世術だそうだ。「小さな王宮だと思えばいい」と父様も言っていた。なんだか難しいけど、僕にできるんだろうか。不安しかない。

「どうしても掘られそうになった時は自分が掘る方だと主張するんだぞ!」と兄様に言われて意味が分からなくて首を傾げると、母様が兄様の頭を思い切りはたいていた。掘るって何だろう。どこかに芋でも自生してるのかな。今度兄様に手紙で詳しく聞いてみよう。

 そんなことを考えている間に、馬車は黒い鉄格子で出来た学校の正門を通り抜けていった。振り返ると、敷地を囲む石壁が高いのが見える。

 万が一にも学生が脱走して森の中で迷わないようにと配慮したと父様からは聞いたけど、兄様が「ありゃ檻だよ、檻」と笑って言って、母様にペチンと頭を叩かれていた。

 未知への恐怖と、ワクワクが半分ずつ。

 僕はどんどん近付いてくる茶色い煉瓦造りの巨大な建物を見上げると、「よし!」と自分に気合いを入れた。
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