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4 兄様の愛は重めです

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 任務が功を奏したのか、あれからグスタフ殿下に気に入られることはないまま、僕は十二歳になった。

 身体は細いけど、背は少し伸びた。兄様は痩せていてもすらっとして見えるのに、僕だとひょろひょろに見えるのは何でだろう。

 そんな僕も、王都にある貴族専用の寄宿学校に通うことになった。本当だったら、お金的に入学は厳しい。だけど成績が上位十位以内の生徒には、国から奨学金が与えられる制度があった。折角の制度だ、利用しない手はない。

 元々勉強が嫌いじゃなかった僕は、事務官の父様と代筆屋をしている母様に勉強を教えてもらって、日々勉強に励んだ。この間十八歳で寄宿学校を卒業した兄様のお古の教科書もあったから、予習だって大分進んでいる。

 ちなみに兄様は同じ奨学金制度で入学し、この夏無事に首席で卒業した。現在は父と同じ事務官の道を歩んでいる。

 尊敬する兄様が歩んだ道を辿ろうと必死に勉強した結果、入学試験は上位で通過。同率十位がいて本当は微妙な判定だったらしいけど、兄様が品行方正に過ごしていたお陰で「彼の弟なら」って特別に奨学金枠に入れてもらえたらしいと、学校の挨拶から帰ってきた父様が言っていた。

 一旦家を出たら、家族に会えるのは夏と冬の長期休暇だけ。それが六年間も続くことになる。

 僕がいなくなってしまうことを一番悲しんだのは、入れ違いの形になる兄様だった。

「ルカ、ようやく会えたのにもうお別れだなんて……っ」
「冬の長期休暇には帰ってくるから」
「ああ、ルカ成分が足りない……!」

 兄様は僕を抱き締めると、人の頭頂をスーハーし始めた。兄様は僕の匂いを嗅ぐと落ち着くんだって。優しい香りがするって言ってたけど、優しい香りってどんなだろう。自分では分からない。

どうやら、兄様の愛情表現は大分過剰らしい。だって、母様がいつも「リヒャルト、あんまりベタベタすると嫌われるわよ」と言って止めるから。僕は兄様に撫でられるのも抱き締められるのも大好きだったから、「世間はそういうものなんだ」ってちょっと意外だった。兄様を嫌いになんてなる筈がないのにな。

 でも今は正直、ちょっと困っていた。何故なら、出発の時間が押していたからだ。

「兄様、馬車が待っているから」
「もうちょっとだけ! ああ、こんな可愛いルカが狼どもの巣窟に入っていくのかと思うと、兄様は不安で仕方ないっ!」
「兄様ってば、大袈裟だなあ。僕は別に可愛くなんてないよ」

 兄様は僕のことを可愛い可愛いと言うけど、特別これといって特徴のない薄い顔立ちにどこにでもありそうな栗色の髪と琥珀色の瞳は、絶対可愛いの部類には分類されない自信がある。なのに兄様は、僕を溺愛するあまり、目が曇っちゃってるらしかった。

「何を言うんだ! 自覚が足りないぞ! 華奢な立ち姿、噛みつきたくなるうなじ、そして吸い込まれそうになる金色の瞳! どれを取っても可愛いしかない!」

 うなじ? 兄様、いつも僕のどこを見てるのかな? それに噛みつくってなに。そもそも僕の瞳は琥珀色であって金色じゃないんだけどな。

 兄様は、息継ぎすることなく早口で一気に語った。

「振り返る度に見せてくれるはにかむような柔らかい笑顔についフラッとならない男の目の方が腐っているんだ!」

 僕を襲わせたいのか襲わせたくないのかもよく分からないし、そもそもなんで対象が男限定なんだろう。確かにこんなひょろひょろじゃ、女の子にはモテなさそうだけどさ。ちえ。

 兄様は僕を抱き締めたまま、更に続ける。御者のおじさんが「まだかなー」って目で見てるよ。

「いいかいルカ、この僕でさえ、狼どもには狙われたんだ! 僕よりも遥かに可愛くて輝いているルカはとってもとっても危険なんだ! 相手が誰であろうが絶対に密室で二人きりになっちゃいけないよ!」

 そもそも寮の部屋割りが二人ひと組だから、絶対に密室で二人きりになる。無茶を言わないでほしい。

「分かったよ、気を付けるから」

 こうでも言わないと、兄様は納得しないからね。

「僕だって奨学金はもらい続けないとだから、変なことはしないよ。安心して」
「うう……でも心配だ……」

 僕ね、もうちょっと学校内のルールとかを教えてもらいたかったんだけどな。どの先生に気を付けろとか、そういう類のやつ。

 御者さんが暇そうなので、僕は兄様の背中を叩いた。

「もう行かないと遅れちゃう」
「ルカあああっ」

 頭を抱き締められて髪の毛はぐしゃぐしゃだけど、これも兄様の愛情だと思えば嬉しい。嬉しいけど……そろそろもういいかなあ。

 あまりにも僕を離さない兄様を見かねた母様が、兄様の襟を思い切り引っ張った。

「ぐえっ」
「いい加減にしなさい、リヒャルト」

 喉を押さえた兄様が、後ろに引き摺られていく。瞳が潤んでいるのが分かるだけに僕も後ろ髪を引かれる思いだけど、御者のおじさんが本当に困惑顔だからごめんね。

 タタタッと馬車に駆け寄ると、踏み台に足を乗せて一気に中に飛び込んだ。御者のおじさんが踏み台を片付けて、扉を閉めてくれる。僕は窓から顔を出すと、号泣し始めた兄様に向かって手を振った。襟首は母様に掴まれたままだ。

「いってきます! 父様母様、お元気で!」

 寡黙な父様は、小さな笑顔で頷いただけだった。母様は笑顔で手を振る。

「兄様! お仕事の様子、お手紙で教えて下さいね!」
「うぐううっ! 毎日書く! 毎日書くからあああ!」

 兄様は結構モテそうなのに、実はこんなに弟を溺愛してるなんて知られたら女の人に幻滅されちゃうんじゃないかな。ちょっぴり心配になった。

 馬車が走り出す。

「手紙、書くからあああ――……っ」

 遠くなっていく兄様の泣き声に、不覚ながら僕も少しだけ涙が滲んできてしまった。

 僕には温かい家族がいる。そのことが、心から幸せだと思えた。

「へへ……。手紙、分厚くなりそうだなあ」

 ぐす、と鼻を啜る。

「……期待に応えて、頑張らなくちゃ」

 窓の外を流れていく景色を眺めながら、しばらくの間、静かに涙を流した僕だった。
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