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1 ルカ・グリューベル

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 大事件が起きた。

 しがない男爵令息の僕、ルカ・グリューベルが、ディクラス王国第三王子であるグスタフ殿下の十歳の生誕パーティーに出席することになったんだ。

 本来だったら、貴族の末端に位置する僕なんかが呼ばれることはまずない。だけどグスタフ殿下が「同い年の友達がほしい!」と国王陛下にしつこくおねだりしたことから、王都に住む全貴族の同い年の令息たちがもれなく招待されたんだ。

 ちなみに令嬢はというと、ちょっぴりお年頃なグスタフ殿下が「女はいらない!」と拒否したとかで、男だらけのパーティーになった。気持ちは分かる。女の子って集団でいると怖いよね。

 招待客は、僕を含めて二十人。その殆どが、領地を持たない宮廷貴族の令息だ。僕の家もそう。父様はお城で事務官をしていて、領地は持ってない。そもそも、領地経営をしている貴族は王都にいない場合が多い。今回の招待という名の召集が急だったこともあって、名のある貴族は殆ど参加できなかった。

 ということで、お城の庭園で綺羅びやかな立食パーティーが始まる。

 立食形式にしたのには、ちゃんと理由があった。どうやらグスタフ殿下は、じっと座ってるのが苦手らしい。やんちゃでとっても元気だという噂は本当みたいだ。

 祝辞が終わり、歓談が始まる。グスタフ殿下の武勇伝語りが始まった辺りで、僕はそっと会場から離れることにした。

 栗色の髪、琥珀色の瞳の平凡な顔をした僕は、我ながら存在感がない。着ている衣装も無難で着回しが利くものだから、余計だ。

 僕の家は、一回こっきりのパーティーの為に服を新調するのが勿体ないと思う程度には、ちっとも裕福じゃなかった。今日だって、兄様のお下がりを着てきたくらいだ。数年前に流行った形の服はどうしても野暮ったく見えるけど、贅沢は言っていられない。

 それに今日の目的を果たす為には、この野暮ったさはかなり重要だった。

 事務官である父様は、根が真面目すぎるせいか、基本融通が利かない。ここぞという時に袖の下とかちょっと優遇してあげるということを一切してこなかったせいで、早々に出世街道から外されてしまった、と母様がケラケラ笑っていた。

 僕は不正を許さないけど子どもには優しい父様は好きだし、出世街道から外されたことを笑える母様の大らかさも好きだ。「なるべく綺麗に着るからね」と僕に服を卸すことを前提にしている兄様だって、勿論大好きだ。

 そんな家族が今回僕に与えた任務は、ただひとつ。「グスタフ殿下に気に入られないように気配を消すこと」だった。

 だって、気に入られちゃったらしょっちゅう会わないといけなくなる。なのに毎回同じ服を着ていたら――という理由だ。うん、それってすごく重要。

 元々僕も殿下と関わりたいとは全く思っていなかったから、家族から与えられた任務は願ったり叶ったりだった。

 元来僕は、荒っぽいことよりも花を愛でている方が好きな質だ。圧とか勢いとかいった押しに弱い僕にとっては、元気いっぱいの男の子がうじゃうじゃいる場所は、とっても居心地が悪く感じる。

 だからお城で働く父様は、僕の時間潰しにとお城の花園の場所を教えてくれた。バラ園だけじゃなくて、温室もあるんだって。

 我が家の大分控えめな庭に所狭しと生えているのは殆どが野菜ばかりだから、お花は咲くけどちょっと意味合いが違う。ただ愛でるだけに咲くお花が沢山あると聞いて、実は密かに楽しみにしていたんだ。

 殿下の生誕パーティーよりも花の方が興味あるなんてグスタフ殿下に知られたら、滅茶苦茶怒られそうだけど。

「噴水噴水――あった!」

 父様に教わった通りの方角に進んでいくと、目印の噴水を発見する。目的の場所はもうすぐそこだ。

 噴水脇を通り過ぎて先に進むと、綺麗に剪定されたバラ園の入り口に到着した。バラで縁取られた弓形のアーチを潜り抜けると、視界いっぱいに色とりどりの薔薇が咲き乱れる景色が広がっている。

「うわあ……!」

 食べる目的じゃない花だ!

 僕は喜び勇んで駆け寄ると、存分にバラ鑑賞を楽しみ始めたのだった。
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