親友のハジメテを俺がもらうことになりまして

緑虫

文字の大きさ
上 下
9 / 10

9 「ぐう」の正体

しおりを挟む
 終業を知らせるチャイムが鳴った。同時に機動部隊詰め所のドアが開けられた。

「はい!お仕事はおしまい!行くわよ!飲みに!」

 そう高らかに言い放って入ってきたのは、紺色の長い髪と糸目が目印のアメリア・グラウゼ少佐その人だった。

 明らかに場違いなショッキングピンクのTシャツに、デニムのタイトスカート。しかもTシャツには『浪花節なにわぶし』と毛筆体で書いてある。誠はこういう意味不明なTシャツが売っているのは知っていたが、こういう服を日常的に着ている人が目の前にいる事実に少し衝撃を受けた。

「少佐……」

 唖然とする誠の前でアメリアは細い目をさらに細くしてほほ笑む。

「そんな階級で呼ぶなんでダメ!そうねえ、アメリアさんで行きましょう。私、誠ちゃんより年上だし。そうしましょう」

 アメリアは立て板に水でそう言うと機動部隊室の他の三人の女パイロットに目をやる。誠も振り返って三人の奇妙な女性達を眺めた。

「有志の歓迎会の前にやるんだろ?アタシは車があるから、飲めねーし、アタシの悪口言うんだろ?言いたきゃ言えば?聞きたくないから行かない」

 ランは誠がこの部屋に戻ってきてからずっと将棋盤を見つめ考え事をしていた。

「どうせオメー等が行くのは『月島屋』に決まってるよな。あそこならアタシのツケで飲める。なーに、勘定の方はアタシが払うってことにしときな。ただし、西園寺が飲んだのはテメーが払え。あれはアタシの管轄外だ」

 机に置かれた将棋盤を前にしてクバルカ・ラン中佐は手に飛車を持ちながらそう言った。誠はこんな出来た上司が実在するという事に感動すると同時にこのプリティーな生き物が一日中結果的に将棋しかしていない事実に呆れていた。

「まあ、アタシの為だけにキープしている酒だから。アタシが払うのが筋ってのは分かるよ。でも……」

 そう言いながら、かなめが端末の電源を落として立ち上がった。

「グダグダ言っても仕方ないだろう」

 手を止めたカウラはそう言って立ち上がる。

「神前は本部の前でこの変な文字がプリントされたおばさんと一緒に待ってろ。アタシ等は着替えて裏道通ってカウラの車で二人を拾いに行く」

 かなめはそう言うと誠の脇を抜けて、ドアの前に立つアメリアに近づいていく。

「ちょっと……かなめちゃん。聞き違いでなければ『おばさん』とか言わなかった。間違いよね……」

 相変わらず、見えているのかどうかよくわからない細い目でアメリアはかなめをにらみつけた。

「アタシは28歳、オメエは30歳。アタシの年でも、そこら歩いてるガキには『おばさん』と呼ばれることがある。オメエは年上だから十分おばさんじゃん」

 そして、当然『カモ』となっている誠にその火の粉は降ってくる。かなめは誠に目を向けて指さして話を続ける。

「こいつは現在23歳。つまり、オメエより7歳若いってこと!つまり、こいつはオメエを『おばさん』と言う権利があるわけだ。神前この変なのをおばさんと言え。言わなきゃ射殺する。アタシが実弾入りのマガジンポーチを持ち歩いているのはこういう時に使うんだ。おばさんと言うか、死ぬか。選べ」

 そう言ってにんまりと笑うかなめ。この人ならやりかねない。そう思いながら、たれ目のかなめの視線を外すタイミングを誠は探していた。

「神前、安心しろ。西園寺は撃たない……と思う。これまでこういったケースは日常的にあるが、今まで撃ったことが無い。まあ、初めての被害者が神前の可能性は否定できないが」

 身の回りの物でも入っているのだろう、ハンドバックを引き出しから取り出したカウラがそのまま二人の間を通って部屋を出ていった。

「さあて、神前。おばさんと言うか死ぬか。選びな」

 相変わらずかなめはそう言いながら銃の入ったホルスターを叩いている。

「わかったわよ!私はおばさん!誠ちゃんの脳みそぶちまけるのを見たくないから!私が自分で言えば丸く収まるんでしょ!」

 そう叫んだアメリアは誠のそばまで行った。

「いろいろ、誠ちゃんに聞きたいことがあるの。仕事関係じゃなくて『趣味』のこと」

 誠の手を握ってにっこりとほほ笑むアメリア。

「趣味だ?野球以外の趣味あるんだ。まあ、好きにしな。お先!」

 そう言うとかなめはドアを開けて出ていった。

「アメリアさん……」

 誠が名を呼ぶと。嬉しそうにアメリアは微笑む。

「お姉さんも色々多趣味だから。合うと良いなあなんて思ってるわけ、趣味が」

 年上の女性、しかも美人からこう言われてうれしいのは事実だが。ここの隊員は全員どこか規格外なので、どんな結末になるのやら。ただ、誠は深く考えず場当たり的に生きていくことの必要性を実感していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川パナ
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

処理中です...