勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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80 いざ対決へ

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 鍛錬場の中央に立ち、静かに瞑想する。

「遅いね」
「今頃お母様に泣きついてるんじゃないの」

 双子の小声の会話が耳に届いた。あり得るな、と俺は少しだけ口角を上げる。笑えた自分に驚いた。

 昨日まではあんなにもロイクのことが恐ろしかったのに、クロイスが俺に絶対的な安心感を与えてくれたから、もう怖くはない。

 クロードとロイクの契約内容は、俺の恐怖を軽減させてくれていた。

 ロイクはどう頑張ったって、まだ生きたければ俺を抱くことができない。無理に俺に快楽を与えようとした瞬間あいつは死ぬことになるから、俺の身体に触れることだってできやしないんだ。

 俺は心底ロイクに触れられることがおぞましかったんだな、と安堵した自分を顧みて思った。

 それにあいつは、俺を殺すこともできない。殺して俺を思い出の中に収めようとすれば、逆にあいつが死ぬことになるから。

 つくづく、クロードはロイクの性格をよく見抜いていたと感嘆する。

 クロイスの言う通り、ロイクは自分が先に死んで俺が誰か別の男と幸せになることが耐えられないんだろう。

 俺はそんなことも何も見えてなかった。素直に絆されて、本当に馬鹿みたいだと思う。

 ロイクが俺に執着する理由は、俺が英傑の太陽だったからとクロイスは言った。だけど俺はあれからない頭で考えに考えて、別の結論に達していた。

 俺の出した結論が真実かどうか、もしかしたら今日で判明するかもしれない。

 それをロイクの目の前に突きつけたら、今度こそあいつは俺を手放そうと思うんじゃないか。

 オリヴィアからロイクを奪うのは、俺だって本意じゃない。だからロイクの執着さえ消えてしまえば、アルバンとセルジュを殺したことはどうしたって許せないけど、お互い別の場所で生きていくことはできないか。

 俺の為だけに、オリヴィアと双子から家族を奪いたくはない。そう思う俺は、甘いだろうか。

 耳を澄ませていると、遥か上空から鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 鳥のように飛んで舞え。クロイスに言われた言葉を、自分に言い聞かせ続けた。

 するとしばらくして、ザ、ザ、と城の方から地面を踏みしめる音が聞こえてくる。

 ――きた。

 俺はゆっくりと瞼を開く。

 勇者の剣を腰に帯びた軽装のロイクと難しい顔をしているオリヴィアが、こちらに向かってくるところだった。

「ビイ、僕たちはビイを応援するからねー!」
「ビイ、肩の力を抜いてね」
「ファビアン様、頑張って下さい!」

 こちらは明るい雰囲気の双子と王太子妃が、背中から俺に声援を送る。可愛いなあ。

 後ろをちらりと振り返って軽く微笑むと、前方から声が俺を呼んだ。

「……ファビアン、どうして」

 オリヴィアだ。難しい顔に見えたのは、困惑の表情だったらしい。

「オリヴィアは双子の隣にいて」

 俺はそれだけを答えると、ロイクを見た。ロイクは憂いた雰囲気を見せているけど、どこまでが演技なんだろうか。

「さあ、オリヴィア。危ないからファビアンの言うことを聞いて」
「ロイク……」

 ロイクはそっとオリヴィアの背中を押して促す。この様子だと、オリヴィアは俺とロイクの因縁の真実にはまだ気付いていなさそうだった。

 オリヴィアが下がったのを確認すると、ロイクは小声で俺に尋ねてきた。

「……ファビアン、相手は誰だ」

 よく見ると、ピク、ピク、と眉が小刻みに震えている。懸命に抑えてはいても、苛立ちが隠しきれていないらしかった。……やっぱり怖い。一度植え付けられた恐怖は、そう簡単に拭い去ることはできないみたいだ。

「昨日話した時はなかった痕がついている」
「……細かい所を見てくるんじゃねーよ」

 冷や汗がじわりと全身に浮かぶ。やばい、このままじゃこいつのペースで始まってしまう。クロイスが言ってたのに。先手必勝だって。

「……どうして答えないのかな?」
「……」

 それでも俺が答えないでいると。

「あ、始める前にいいですか」

 クロイスが手を挙げながら、俺たちの所に駆け寄ってくるじゃないか。あいつ何やってんの! 俺が内心焦りながらも極力冷静を装っていると、クロイスは静かな表情で俺の横に立ち、ロイクに向かって言った。

「英傑同士の戦いとなる為、鍛錬場を囲むように結界を張らせていただきます。万が一城や他の人間に被害が及んだら大変ですから」

 淡々と告げるクロイスの言葉を聞いていたロイクだったけど、ぴくりと反応するとスッと目を細めてクロイスを見る。

「結界を張るなんて高等技術を、お前が?」

 これに対し、クロイスが静かな口調で答えた。

「何を仰っているんです、お父様」
「は?」
「昨日、オレが張った結界を懸命に壊して入ろうとしていらっしゃったではないですか」

 ロイクの目が、これ以上ないほどに見開かれる。な、何言っちゃってんのー! クロイスの馬鹿ー!

 思わず俺が横のクロイスを見上げると、クロイスはにっこりと笑って俺の肩に手を置いた。そのまま指で俺の服を引っ張り、よりによって見えてなかった所に大量に付けられた鬱血痕を見せたじゃないか。本当になにやってんのー!

「これで証拠になりますかね?」

 そう言うと、もう片方の手で、昨晩俺がクロイスに付けた鬱血痕と歯型を見せびらかす。

「ビイがオレに抱かれるところを見ておられましたよね」
「――!」

 ギリギリギリ、と歯ぎしりの嫌な音がロイクから聞こえてきた。クロイスの馬鹿! 煽りまくってんじゃねえよ!

 クロイスは薄っすらと笑うと、俺の唇を奪う。

「んー!」

 ロイクが滅茶苦茶睨んでる! ていうか後ろにオリヴィアもいるのに! どーすんだこれ!

 と俺がひとり焦っている間にも、クロイスの舌がにゅるりと絡まり、……気持ちいい。

「やっぱりお前だったのか……!」

 震える声で、ロイクが呟いた。その間も、クロイスは俺を離さなくてクチュクチュと濃厚な口づけを繰り返す。蕩ける。

「ん……」

 ぽわんとしてしまった俺を見て、クロイスはクスリと笑った後、ようやく顔を離した。伸びた銀糸をぺろりと舐め取る妖艶さ。

「……少しは緊張が取れた?」
「お前なあ……っ」
「だってビイ、ガチガチだったんだもん」

 口づけで解される師匠。どうなんだそれ。

 すると、ピシッ! と何か固い物が割れる音が響いてきた。ん? と思って見てみると、ロイクの足元の石床にヒビが入ってるじゃないか。それがピシピシ、とどんどん亀裂を伸ばしていっている。あ、これマジギレ再びだ。

「どう? いけそう?」

 クロイスは落ち着いたもので、怒れる父親をガン無視して俺だけを見つめている。こいつもブレないなあ。

 でもそんなクロイスのお陰で、俺の肩の力はすっかり抜けた。

「ああ。大丈夫だ。ありがとな、クロイス」
「どういたしまして。じゃあビイ、ご武運をお祈り致します」

 クロイスは最後に俺の額にチュッと音を立てて口づけを落としていくと、軽やかな足取りでクリストフたちの所へと戻っていく。

 鍛錬場の石畳の外へ出ると、クロイスが青い結界を瞬時に張った。何度見ても見事なもんだ。

 俺はロイクに向き直ると、腰を落とし双剣の柄に手を添える。

「……約束は覚えているな?」
「――死ぬまで私のものだ」
「お前が勝てれば、の話だ」

 ロイクも剣の柄を握ると、ザッと音を立てて構えた。

「始めようぜ、勇者サマよ」

 俺はスラリと双剣を抜くと、一気にロイクに迫った。
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