勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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75 受け継がれたもの

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 クロイスは、ロイクよりも強い。

 クロイスの言葉を聞き返した俺に、クロイスは納得したように照れ笑いを浮かべた。

「ごめん。さっきビイが中イキしてひゃんひゃん鳴いてる時に言ったから、聞こえてなかったのか」
「お前な、師匠にひゃんひゃん言うな」
「だって言ってたよ。滅茶苦茶可愛かったなあ」
「おま……おっさんに向かって可愛いって」
「おっさん? 誰それ」

 お約束になってきたな、これ。

 クロイスは俺の目尻にチュッと唇を軽く当てた後、もう一度教えてくれた。二度目かどうかすら俺には記憶がないけどな。

「オレは二人の子供として生まれる際、ロイクとオリヴィア母様両方の英傑の力を引き継いだ」
「そんなこと……できるのか?」
「オリヴィア母様のは意図的じゃなかったんだけど、霊魂の定着期間中にかなり注ぎ込んでもらってね。だから元々呪文を掛けてなくても、もしかしたら母体からは子供にある程度引き継がれるものなのかもしれない」

 なるほど。そりゃ十月も母親の腹の中にいれば、可能性は高そうだ。

 だからクリストフも治癒の力が使えるんだよと言われ、なるほど、二人分も分け与えたからオリヴィアの力が激減したのか、と納得する。

 クロイスは目線を見えない上の方にいるであろうロイクにちらりと向けると、しれっと言った。

「ロイクからは、出生時の定着の際にごっそり持っていくように呪文に刻んでおいたんだ」

 こっちは故意らしい。

「なんでまた」
「万が一に備えたんだよ。オレの英傑の力が霊魂から引き継がれなかった場合、オレはただの人間になってしまう。そうするとビイに何かあっても守れないじゃないか」
「クロイス……」

 小さな頃から俺の騎士だと言ってくれたクロイスが、まさか生まれる前から俺を守るつもりでいてくれただなんて。

 こんなにも想われていたことが幸せで、じわりと涙が滲んでしまった。昨日から涙腺弱すぎだぞ、俺。

「へへ……俺の騎士、なんだもんなあ」

 クロイスはにっこりと笑うと、続ける。

「幸い、クロードの力は大半が引き継がれた。オリヴィア母様の治癒能力は多くはなかったけど、ロイクの超人的な身体能力はそうだな……三分の一くらいは奪えたと思うよ」

 それに加え、二人の血を受け継ぐ子供ということもあり、クロイスの元々の潜在能力は英傑ひとり分よりはやや高めくらいなんだそうだ。あとはそれをどこまで伸ばせるか、だった。

「元が魔導士だからそっちの力は自由に使えるんだけど、剣の方は経験がクロイスになってからだからまだ完全には使いこなせてないんだけどね」

 ということらしい。要はロイクとは逆で、身体能力よりも魔法の方が勝った魔法剣士ってことだ。

「その上で聞くよ。ビイはどうしたい? あいつに長年苦しめられたビイには、選ぶ権利があるよ。それがどんなに手酷いものであっても」

 逃げてもいい。オリヴィアに暴露して追い詰めてもいい。クロイスにはそう言われたけど。

 クロイスを見つめた。

「だからってロイクはお前の父親だろ。俺を長年脅してたのだって、俺から聞いて初めて知ったんだろ?」

 ロイクの近年の所業を知らなかったから俺に詰め寄ったんだろう。それまでは、過去の記憶はあっても未だに俺に執着しているとは思ってもみなかったんじゃないか。

 と、クロイスがケロリと言う。

「他に選択肢はなかったから、追い詰めているのはロイクだとは思っていたよ」
「えっ」
「具体的に何をされたのかが分からなくて、今後のロイクへの対応を考える上でもきちんと知りたかったんだ」
「……そっか」

 そういうことだったんだ。俺は俺でクロイスを守ろうとなって、クロイスはクロイスで俺を守るべく考えていたってことだ。

 だよなあ。人を愛するってそういうことだよな、と俺はしみじみ思った。そう考えると、ロイクの俺に対する想いは愛なのかと疑ってしまう。あいつは本当に人を愛するってことが何かを分かってるんだろうか。

 ――でも、もうそれはいい。

 俺の守りたい相手はロイクじゃないんだから。

「クロイス、俺はさ」
「うん」
「もう二度と追い詰められたくないんだ」
「うん」

 クロイスの頬に手を伸ばして触れると、クロイスは擽ったそうに目を細める。

「それでな、もう二度と大切な人を奪われたくはないんだ」
「……うん」

 大切なクロイス。クリストフとオリヴィアだって、俺の大切な家族みたいな存在だ。

 そんな大切な存在を、ロイクの狂気じみた独占欲で失いたくない。そんな理不尽な理由があってたまるか。

「だから――」

 俺が望みを口にすると、クロイスは目を見開き驚いた様子を見せたものの、「うん、分かったよ」と頷いてくれたのだった。
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