勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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 俺の顔を裸の筋肉質な胸に押し付けたまま、クロイスは頭を撫で続けている。

 結構、いやかなり大事な話をしているのにいいんだろうか。思わずトロンとしてしまい、目を閉じもたれてもっと密着したくなって、慌てて気を引き締めた。

 駄目だ駄目だ、今それをやったらこいつは確実にもう一発始める。そしたら話もまた最初からやり直しになってしまう。

「ええと、その条件ってつまり?」
「うん。それらの条件が含まれた魔法契約をロイクに刻む代わりに、オレが竜の鍵穴に入ってやるって持ちかけたってことだよ」
「あいつはそれを呑んだってことか……」
「そういうことだね。驚いた顔をしていたよ」

 クスリとクロイスが笑った。

 あの時何かを話した後、ロイクは顔色を変えて震えていたけど、それでも頷いた。ロイクは死にたくなかったんだ。俺への支配的凌辱をやめてでも生きたいと願ったんだ。クロードの死と引き換えにして。

 落ち着いて考えてみれば、オリヴィアと俺は駄目だって最初に言ったのも誘導だったんじゃないか。先程クロイスが言っていた『暗に』という言葉の意味が、分かってきたかもしれない。

 ロイクはクロードに名乗り出てほしかったんだろう。それがうまくいくと思ったのに思わぬ条件を突きつけられたから、それであそこまで怯えた表情を浮かべたんじゃないだろうか。

 クロードがギャフンと言わせたんだな。俺のこの二十何年の苦しみが、少し浄化された気がした。

 少しスッキリして、次の疑問を口にする。

「オリヴィアと結婚して子を成すこと、離婚は禁ずるっていうのは何でだ?」

 ああそれはね、とクロイスが答えた。

「ビイに約束したでしょ? 必ず会いに行くから待っていてって」
「約束、したけども……」

 一体どういうことかな。考えてみても、よく分からない。

 俺は早々に諦めることにした。謎掛けは苦手なんだ。

「クロイス、俺は頭を使うのは得意じゃないんだよ。答えを教えてくれよ」
「ふふ、そうだったね」

 クロイスは少しだけ抱き締める力を緩めると、頭は撫で続けながら言った。……くそう、気持ちいい。

「ロイクの契約の中に、クロードの霊魂を子に受け継がせる呪文を加えたんだ」
「霊魂?」
「そう。だけどこの呪文の成功には、大きな魔力を継続的に注ぐ必要があった」
「うん……?」

 継続的ってどういうことだろう? 魔法を理解する脳みそが全く存在しないらしい俺は、今日何度目になるか分からないが首を傾げた。

 クロイスが薄い笑みを浮かべると、俺の眉間に優しい口づけを落とす。……甘い。

「簡単に説明すると、ロイクの子種が母体に注がれて定着した時に初めて発動する呪文なんだけど、霊魂を胎児に留めておくのに母体の魔力を使うんだ」
「……オリヴィアの魔力ってこと?」

 クロイスが頷く。

「そう。保有している魔力は多ければ多い方がいい。オリヴィアはその点、甚大な魔力の保有者だったから丁度よかった」
「なるほど……?」
「胎児は母親の腹の中で育ち、出てくる時に胎児に完全に同化させる為、ロイクに組み込まれた呪文がもう一度発動して完全に定着させる」
「それはなんでだ?」

 わざわざ二段階にしている理由を問うと。

「生まれる前に死ぬ可能性はゼロじゃないからね。オレは確実に生まれてきてビイに再会したかったから」

 とのことだった。生まれる前に完全に魂を定着させると、そこで死んでしまった場合復活はもう無理らしい。

「産後にオリヴィアとロイクの魔力量が大幅に減ったのは、このせいなんだよ」
「納得した」

 それと、とクロイスは今度は穏やかな微笑を浮かべた。

「オリヴィアは、本当にロイクのことが好きだったんだよ。鈍感ではあるけど、あいつの弱さや危うさを理解した上で、支えてあげたいって言っていたんだ」
「そう……だったんだ」

 あの頃の俺は、ロイクに弱さや危うさなんて感じたことはなかった。執着は感じたことはあっても。

 俺は本当に子供だったんだなあ、とつくづく思う。

「だから、キラキラの完璧な勇者王子という目で見ることがないオリヴィアなら、ロイクも道を踏み外さないんじゃないかと思った」
「……うん」
「オリヴィアが手綱を握っていれば、ビイへの執着も止むだろうと思った」
「……うーん」

 俺の返事に、クロイスが「はは」と苦笑した。

「ロイクの執着は、オレの想像のはるか先をいっていたんだね。完全に誤算だったよ」
「俺も全くの同意見だよ。どうしてあそこまで執着するんだか」

 それにはクロイスがあっさりと返す。

「そりゃそうさ。ビイは俺たちの太陽だものね」

 オレの執念もなかなかのものだと思うよと言われてしまい、俺は苦笑いするしかなかった。確かに生まれ変わってまで会いにくるって相当だもんな。クロードからはロイクみたいな狂気が感じられないからいいんだけど。

 そういえば、と俺はもうひとつ気になっていたことを尋ねる。

「なあ、ロイクの野郎はクロードがロイクの子供に生まれ変わるつもりだってこと、知ってたのか?」

 クロイスはすぐさま首を横に振った。

「ううん、気付いてなかったし、今も気付いてないと思うよ。あの時オレは『オリヴィアはロイクのことが好きなんだ。オレの分もあいつを幸せにしてやってほしい』って言ったから」
「うん?」

 オレの分も?

「オレはビイが大好きでビイ以外を愛するつもりはなかったけど、オレがオリヴィアを好きだと勘違いしてもらった方が、あいつの優越感を刺激できるかなと思って」
「なるほど……」
「だから最期にビイに口づけをしたのも、そういう意味だったとは受け取ってないんじゃないかな。オレが可愛がっていたのは知っていたし」

 策士だ。策士がいる。

 思わずあんぐり口を開けると、クロイスがぺろ、と俺の唇を舐めた。……おい。

 確かにクロードは頭の回転が早かったし、口数は少ないけど色々と策を練っていたことは知っている。敵への罠の張り方から戦いの連携の取り方まで、クロードの魔法で制御されていたと言っても過言じゃない。

 四英傑として一緒に戦っていたのに、俺は目の前の敵を倒すことに夢中で周りが何を考えて動いていたかなんて考えもしなかった。

 クロイスが、可愛らしく首を傾げる。

「ビイ、これで俺がクロードの記憶持ちだって信じてくれた?」

 うっ。可愛い。

 ここまでくれば、疑う余地はない。頷いてみせると、クロイスの顔にパアアッと明るい笑みが広がった。

「でも、まだ一番大事な問題が残ってるだろ」
「ああ、それなんだけどね……」

 クロイスが話を続けようとしたその瞬間。

 ギイイイン……ッ! という甲高い剣戟のような音が全方向から鳴り響いた。

「わっ! なんだこれ!?」

 クロイスの笑顔がスッと消えると、厳しい目線が窓に注がれる。

「……来たか」
「ええ!?」

 俺は大慌てで立ち上がると、寝台から飛び降り窓に貼り付いた。
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