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70 英傑時代
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正面に向き直った俺がクロイスを見つめると、クロイスは相変わらず淡々とした口調で説明を再開した。
「暗黒竜ガークの前に竜の鍵穴が現れた時、ビイは自分が犠牲になると言ったね」
それは確かにそうだ。俺は黙ったまま、こくりとひとつ頷く。
「オレはね、ビイ」
「……うん?」
クロイスが、真顔から悲しげな笑顔に変わった。
「オレのことを厭わない、明るい仲間が大好きだった。どこに行っても顔の痣を見て気味悪がられていたのに、仲間だけはオレをそんな目で見なかったから」
「クロイス……」
「クロードは、もっと若い時は顔ももっと幼くて女にしか見えなくてね。何度も危ない目に遭ったよ」
俺たちと出会った時は、クロードは偉大な魔法使いで大人の男性だった。それでも物凄く綺麗な人だった。若い頃はそういう苦労もしたのか。ちっとも知らなかった。
「女には気味悪がられ、男には身体を狙われて、オレは完全に人間不信に陥っていた」
「うん……」
ヒライム王国の玉座の間で顔合わせをした時、英傑候補三人の瞳には明るさは見られなかった。最初俺は、ぎょっとしたものだ。
見えたのは、ギラギラとしたものだけ。蔑まれずに生きたいと切望する欲だったと、俺は思っている。
「厄災討伐を引き受けたのは、単純に興味が湧いたからだ。オレ以外にも竜の痣持ちがいると聞いて、ただ会ってみたくなった」
でも、とクロイスは続ける。
「ロイクもオリヴィアも、相当苦労してきたんだろうね。オレと似たり寄ったりの擦れぶりでね。そんな中、真っ直ぐなビイは、オレの目にはとても眩しく映っていた」
「俺の竜の痣の場所は、入れ墨にも見える場所だからなあ……」
自分の両腕を擦ると、クロイスは小さく微笑んだ。
「最初こそ、狡いとか思ったよ。だけどね、ビイは俺たち三人にとって、正に太陽だった」
「太陽?」
「うん。昏い場所にばかり目が向けられていたオレたちに、痣持ちだって笑っていいんだと、楽しんでいいんだと教えてくれたのはビイだ」
確かに三人とも、旅に出てから少しずつ笑うようになっていった。最初は猜疑心に満ちてギクシャクしていた関係も、次第に同じ宿命を背負わされた同志だと認識し始めてからは、俺たちは固い絆で結ばれた仲間へと変わっていった。
クロイスが、フ、と遠い目になる。
「……だったのに、ある日を境に、ビイの明るさに陰りが見え始めてしまった。何かを諦めたような陰だ」
俺はギクリとした。今までクロイスの話の内容は、調べようと思えば調べられることだ。だけどこれは、俺たち英傑しか知らないことな筈だ。
「ヌデンニックのどこかの霊廟で、ビイが女の死霊に襲われたことがあった」
「……」
こいつ、まさか本当にクロードの記憶を持ってるのか。
全く信じていなかったのに、クロイスが語る過去の内容があまりにも俺の記憶と一致していて、俺は少しずつ可能性を認め始めていた。
「ビイは死霊の攻撃に遭って痺れてしまったとロイクは言っていたけど、俺が頭を撫でても痺れたような反応は示さなかった」
再びギクリとする。まさか、頭を撫でただけで疑われていたのか?
クロイスの表情は真顔に近いけど、痛ましそうな目で俺を見ていた。
「ロイクの姿が見えなくなった途端、ホッとしていた。オレが何かあったのかと聞いたら誤魔化したけど、ロイクに何かされたのは一目瞭然だった。まさかあの時すでにあいつにヤラれてたとまでは気付かなかったけど」
俺は何ひとつ返せず、口を横にぎゅっと閉じる。
「本当に痺れただけなのかなとも思ったけど、あの日を境にビイの笑顔の質が変わったから、やっぱり何かされたんだと確信した」
「そう……なの?」
掠れた声が出る。俺の態度はそんなに露骨だったのか。俺はまだまだ子供だったから誤魔化せていると思っていたけど、まさか皆――。
「あの……オリヴィアも?」
これにはクロイスは首を横に振る。
「いいや。オリヴィアは結構鈍感なところがあるからね。全く気付いてなかったと思うよ。言わなかったけど、オリヴィアからずっとロイクへの恋愛相談を受けてたんだけど、そういった心配も素振りも一度も見られなかったから」
「そうか……」
安堵の息を吐いた。俺はオリヴィアをずっと騙し続けている負い目があったからだ。でもオリヴィアにバレた途端、オリヴィアはきっと俺じゃなくロイクを責める。あの人はそういう人なんだって俺は知ってるから、だから俺は絶対に言えなかった。
ロイクは責められることを厭う。自分を非難する人間は、きっと受け入れないだろう。たとえそれが同じ英傑の仲間で妻であったとしても。
クロイスが、俺の膝の上に置かれていた俺の手にそっと手を重ねた。
「何度かビイに尋ねても、ビイは何もないって言うだけだった。ロイクに至っては、『私が何かしたというなら教えてほしい。反省する』とまで言う」
如何にもあいつが言いそうな台詞だ。
クロイスの目つきが、段々と険しいものになっていく。
「尻尾を掴もうと思っても、オリヴィアをひとりにするのは危険すぎる。だから探索魔法を使おうとしたら、阻害魔法を掛けられて後を追えなかった」
「え」
目をぱちくりさせると、クロイスは実に嫌そうに頷いた。
「ロイクの仕業だよ。二手に分かれる時は、やたらとオリヴィアとオレを組ませようとしたから益々怪しいと思ったけど、二人とも何も言わない」
俺の預かり知らぬところで、こんな攻防戦が繰り広げられていたのか。
「だけど、ビイの笑顔はどんどん減っていく。そこでオレは気付いたんだ」
「何を……?」
喉がカラカラになってくる。俺は、俺はあの頃、だって――。
「ビイがロイクに少しずつ支配されていっていたってことをだよ」
「支配……?」
クロイスの言葉に、俺は眉間に皺を寄せた。
「暗黒竜ガークの前に竜の鍵穴が現れた時、ビイは自分が犠牲になると言ったね」
それは確かにそうだ。俺は黙ったまま、こくりとひとつ頷く。
「オレはね、ビイ」
「……うん?」
クロイスが、真顔から悲しげな笑顔に変わった。
「オレのことを厭わない、明るい仲間が大好きだった。どこに行っても顔の痣を見て気味悪がられていたのに、仲間だけはオレをそんな目で見なかったから」
「クロイス……」
「クロードは、もっと若い時は顔ももっと幼くて女にしか見えなくてね。何度も危ない目に遭ったよ」
俺たちと出会った時は、クロードは偉大な魔法使いで大人の男性だった。それでも物凄く綺麗な人だった。若い頃はそういう苦労もしたのか。ちっとも知らなかった。
「女には気味悪がられ、男には身体を狙われて、オレは完全に人間不信に陥っていた」
「うん……」
ヒライム王国の玉座の間で顔合わせをした時、英傑候補三人の瞳には明るさは見られなかった。最初俺は、ぎょっとしたものだ。
見えたのは、ギラギラとしたものだけ。蔑まれずに生きたいと切望する欲だったと、俺は思っている。
「厄災討伐を引き受けたのは、単純に興味が湧いたからだ。オレ以外にも竜の痣持ちがいると聞いて、ただ会ってみたくなった」
でも、とクロイスは続ける。
「ロイクもオリヴィアも、相当苦労してきたんだろうね。オレと似たり寄ったりの擦れぶりでね。そんな中、真っ直ぐなビイは、オレの目にはとても眩しく映っていた」
「俺の竜の痣の場所は、入れ墨にも見える場所だからなあ……」
自分の両腕を擦ると、クロイスは小さく微笑んだ。
「最初こそ、狡いとか思ったよ。だけどね、ビイは俺たち三人にとって、正に太陽だった」
「太陽?」
「うん。昏い場所にばかり目が向けられていたオレたちに、痣持ちだって笑っていいんだと、楽しんでいいんだと教えてくれたのはビイだ」
確かに三人とも、旅に出てから少しずつ笑うようになっていった。最初は猜疑心に満ちてギクシャクしていた関係も、次第に同じ宿命を背負わされた同志だと認識し始めてからは、俺たちは固い絆で結ばれた仲間へと変わっていった。
クロイスが、フ、と遠い目になる。
「……だったのに、ある日を境に、ビイの明るさに陰りが見え始めてしまった。何かを諦めたような陰だ」
俺はギクリとした。今までクロイスの話の内容は、調べようと思えば調べられることだ。だけどこれは、俺たち英傑しか知らないことな筈だ。
「ヌデンニックのどこかの霊廟で、ビイが女の死霊に襲われたことがあった」
「……」
こいつ、まさか本当にクロードの記憶を持ってるのか。
全く信じていなかったのに、クロイスが語る過去の内容があまりにも俺の記憶と一致していて、俺は少しずつ可能性を認め始めていた。
「ビイは死霊の攻撃に遭って痺れてしまったとロイクは言っていたけど、俺が頭を撫でても痺れたような反応は示さなかった」
再びギクリとする。まさか、頭を撫でただけで疑われていたのか?
クロイスの表情は真顔に近いけど、痛ましそうな目で俺を見ていた。
「ロイクの姿が見えなくなった途端、ホッとしていた。オレが何かあったのかと聞いたら誤魔化したけど、ロイクに何かされたのは一目瞭然だった。まさかあの時すでにあいつにヤラれてたとまでは気付かなかったけど」
俺は何ひとつ返せず、口を横にぎゅっと閉じる。
「本当に痺れただけなのかなとも思ったけど、あの日を境にビイの笑顔の質が変わったから、やっぱり何かされたんだと確信した」
「そう……なの?」
掠れた声が出る。俺の態度はそんなに露骨だったのか。俺はまだまだ子供だったから誤魔化せていると思っていたけど、まさか皆――。
「あの……オリヴィアも?」
これにはクロイスは首を横に振る。
「いいや。オリヴィアは結構鈍感なところがあるからね。全く気付いてなかったと思うよ。言わなかったけど、オリヴィアからずっとロイクへの恋愛相談を受けてたんだけど、そういった心配も素振りも一度も見られなかったから」
「そうか……」
安堵の息を吐いた。俺はオリヴィアをずっと騙し続けている負い目があったからだ。でもオリヴィアにバレた途端、オリヴィアはきっと俺じゃなくロイクを責める。あの人はそういう人なんだって俺は知ってるから、だから俺は絶対に言えなかった。
ロイクは責められることを厭う。自分を非難する人間は、きっと受け入れないだろう。たとえそれが同じ英傑の仲間で妻であったとしても。
クロイスが、俺の膝の上に置かれていた俺の手にそっと手を重ねた。
「何度かビイに尋ねても、ビイは何もないって言うだけだった。ロイクに至っては、『私が何かしたというなら教えてほしい。反省する』とまで言う」
如何にもあいつが言いそうな台詞だ。
クロイスの目つきが、段々と険しいものになっていく。
「尻尾を掴もうと思っても、オリヴィアをひとりにするのは危険すぎる。だから探索魔法を使おうとしたら、阻害魔法を掛けられて後を追えなかった」
「え」
目をぱちくりさせると、クロイスは実に嫌そうに頷いた。
「ロイクの仕業だよ。二手に分かれる時は、やたらとオリヴィアとオレを組ませようとしたから益々怪しいと思ったけど、二人とも何も言わない」
俺の預かり知らぬところで、こんな攻防戦が繰り広げられていたのか。
「だけど、ビイの笑顔はどんどん減っていく。そこでオレは気付いたんだ」
「何を……?」
喉がカラカラになってくる。俺は、俺はあの頃、だって――。
「ビイがロイクに少しずつ支配されていっていたってことをだよ」
「支配……?」
クロイスの言葉に、俺は眉間に皺を寄せた。
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