勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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 クロイスの綺麗な顔が、ゆっくりと近付いてきた。

「……ビイ」

 囁き声が甘いものに聞こえるのは、俺の気のせいだろうか。困惑で口を開けたままクロイスを見ていたら、やがてクロイスの唇が俺のものに重なった。

「ぶっ」

 ふに、という感触が懐かしい。そういや、最後に俺の唇にチューしてきたのはちびっこクロイスだったなあ。唇も大きくなったなあ、なんて馬鹿なこと考えていたけど。

 俺のうなじに手を伸ばし、さり気なく引き寄せるクロイス。はじめは重ねられるだけだった唇の間から俺の口腔内に侵入してきたのは――クロイスの熱い舌だった。

 ……え?

 クロイスの舌が俺の舌を絡め取ろうと巻き付いてきたことで、ようやく俺は正気を取り戻す。

 ちょっと待て。待て待て待て。

 俺は年は取っても四英傑のひとりだし、剣聖だ。しかもこの間まで双子と一緒に鍛えまくってたから、筋力も現役にかなり近い。

「んんんっ(ちょっと待て!)!」

 とクロイスの肩をぐっと押し返すと、舌を出した状態のクロイスがチュポンと離れていった。クロイスが残念そうな顔になる。

 こら、口の周りを舐めるな。

「ビイ、顔が真っ赤になってる。色が白いから余計に色っぽいね」

 少し興奮しているように見えるけど、信じたくない。だってクロイスだよ? 小さい時から俺のこと大好きだった――そうだこいつ俺のこと大好きだよ――あれ?

 俺は必死に脳内の軌道修正を行なった。流されるな俺。これはクロイスが、俺がいなくなるのが寂しくなって引き留めようと足掻いてるだけだから。

「お前な、おっさんに向かって何を」
「おっさん? どこにいるの」

 でたよ。俺はギッとクロイスを睨んだ。

「あのなあ! よく分かんねえけど、ふざけてる場合じゃないんだよ! この間ちゃんと説明しただろ?」
「うん、説明してくれたね。嬉しかったよ」

 そういうこと言ってんじゃねえ。

「俺、早く行かなくちゃなのに……!」

 早くしないと、またロイクに見つかってしまう。あいつは本当にしつこいんだぞ。

 俺が逃げようとしたところを見つけてしまったら、俺を引き止める為ならオリヴィアや双子を使って脅してくるに決まってる。

 考えただけで怖くなって、涙が滲んできてしまった。

「遊んでる場合じゃないんだよ、急がないと、クロイスたちまで死んじゃったら、俺……っ!」
「遊んでないよ」
「遊んでるだろ!?」

 俺は目一杯叫ぶ。叫んだと同時に、涙が溢れた。

「お前の『いい人』だって、お前が死んだら悲しむだろうが! だから頼む、早く俺をここから出してくれよ!」
「ビイ。あのね、ビイはずっと勘違いしている」
「はあっ? 何をだよ! いいから早くこの結界を……!」

 クロイスが、俺の肩を掴む。

「ビイ!」

 声の大きさに、思わずビクッと震えた。

 クロイスの灰色の瞳が、俺の目を真っ直ぐに覗いてくる。真剣な表情に、あれ? ふざけてないのか? と思い始めたけど、でもそれって一体――。

「ビイ、オレの『いい人』は、昔も今もひとりだけ――ビイだけだよ」
「……はい?」

 思わずアホ面で返しても、クロイスは真顔のままだった。

「オレはずっとビイに恋してた。ビイが何かに怯えているのは分かっていた。でもそれが何か、この前教えてくれるまで分からなかった」

 嘘だろう。だってクロイスは俺よりも二十歳も年下で王子様で、姿絵が出回るほどの美貌の持ち主で、それでそれで――。

「教えて、ビイ。相手は誰なの」
「――ッ」

 思わずヒクッと頬を引き攣らせると、クロイスの切れ長の目が細められた。

「やっぱり分かってるんだね」
「わ、分かってなんか」
「どうして知らないフリをしてるの?」

 俺は黙り込んだ。この部屋から出られない状況では、黙る以外の方法はなかった。だって、言える訳ないじゃないか。お前の親父だぞ、なんて。

「……ビイ、オレはビイが好き。ビイの為なら何だってするから、お願いだから教えて」

 肩を掴む力が、強くなる。

 言えるか。言える訳がない。

 俺がふるふると首を横に振ると、クロイスは再び顔を近付けてきた。

「ビイ、何を恐れてるの。お願い、教えて」

 ああ、もう。俺は情けなく涙をダラダラ流しながら、必死に伝える。

「だから……っ俺はもう、大切な人を俺のせいで死なせたくないんだよ……っ!」
「オレは死なないよ」

 クロイスの言葉にカチンときた俺は、抑え切れずに怒鳴ってしまった。

「馬鹿、勝てねえんだよ! 俺だって守ってやるつもりでいたんだ! だけど結局は愛した人を殺されて捕まって、逃げようとしたらお前らも殺すって脅されて、あいつなら、あいつならやるから!」
「あいつって誰」
「ぐ……っ」

 俺が口をつぐむと、クロイスがふう、と溜息を吐く。

「ビイ、俺はビイと離れたくない」
「駄目だ……っ」
「ビイの故郷に、一緒に行きたいな」

 そう言った後、クロイスは俺を腕の中に包んだ。……畜生、でかくなっちまいやがって。

 だからってホッとするなよ俺。絆されるな、そうやってこれまで何度も失敗してきただろ。忘れるんじゃねえ――!

 俺の可愛いクロイスの癖に、いつだって生意気な口を聞くんだからな。聞き分けがいいと思ったら頑固なところがあるから困ったもんなんだ。

 ぐしゅぐしゅと泣きながら、それでも俺は「駄目だ」としか返せない。だってそうしないと、ロイクは自分の子供だろうが殺してしまうから。

「……ビイ、なんで駄目なの? 理由を教えて」
「だから……っ!」

 さっきから言ってるのに、どうして理解しないんだ!

「そ、それに、俺と国を出たら、お前は二度とこの国に戻れなくなるんだぞ!」
「それはどうして?」

 ……答えにくい質問をするな。

「そ、それにお前な、俺はおっさんだぞ!」
「おっさんなんてどこにいるの?」

 くうう! ああ言えばこう言う! ならこれはどうだ!

「お、お前の好きっていうのはな、恋愛と勘違いしてるんだ!」
「……してないよ」

 あーもう!

「んじゃ、お前は俺を抱けって言ったら抱けるのかよ!? 無理だろ!」

 そう、何故なら俺は男で間違いなくおっさんだからだ! こんな麗しい若者が性欲の対象にする訳がないんだ! よし、これならいける!

「な、俺がいなくなるのは寂しいかもしれないけど……っ」
「――抱いていいの!?」

 クロイスが、何故か目を輝かせ始めた。

「へ」

 あれ? 俺、まさか墓穴掘った……?

 クロイスが、滅多に見せることのない満面の笑みを浮かべる。

「あ、いや、その、これは言葉のあやというか……っ! それに駄目だ! そんなこと一度でもしたら、あいつはお前を殺してしまう!」

 クロイスは、何故か髪の毛を結んでいた銀色のリボンをするりと外した。

「ビイ、ちょっと両手貸して」
「ん?」

 よく分からないまま両手を見せると、クロイスはスルスルと慣れた手つきで俺の両手首を結びつけてしまった。

 ……あれ?

「クロイス? これは?」

 首を傾げて尋ねる。

「オレがビイを抱いたら、オレの気持ちが確かだって信じてくれるんだよね?」
「おい、俺の話を」

 クロイスが、にっこりと笑った。相変わらず綺麗だなあ……じゃねえ俺! 絆されるな!

「ビイは力が強いから、急に気が変わったって逃げられないように念の為ね」
「は? 何言ってんだ、こんなの引っ張ったらすぐに千切れ……」

 クロイスが笑顔を引っ込め、眉を垂らした。

「ビイからもらった大切なリボンなんだ。俺の宝ものだよ」

 こいつ……!

「昔も今も、ずっとビイを抱きたかった。嬉しい……!」
「昔? それってどうい……んむぅっ」
 
 散々の抵抗も虚しく、俺の口は再び塞がれてしまったのだった。
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