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51 鍛錬場
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城なんて、ほんと僅かな距離だ。
なのに俺には、送迎という名の監視が付いた。
かなりがっちりとした体躯で頭がつるっパゲの男が、今日も元気に敬礼をする。
「おはようございます、ファビアン様!」
「……どーも」
俺とセルジュが前線に向かってからずっと騎士団長代理としてやってきた、当時の副団長だ。俺をキラキラした目で見るからうんざりしていたけど、それは今でも変わってなかった。ちなみに現在は騎士団長になっているんだそうだ。
だからさ、騎士団長を俺の警護に回すなよ。
そしてよく喋る。寡黙だったセルジュとは大違いだ。ああセルジュ、帰ってきてくれ。俺はお前がいいよ。
「いやあ、先日の稽古の様子を覗かせていただいたのですが、相変わらず素晴らしいものでした! このギョーム、久々に剣聖様の舞を見ることができ感動しております!」
「あ、そう」
うるせえ。俺が気のない相槌ばかり打っているのに、ギョームは一切気にする素振りを見せなかった。少しは気にしてくれ。
「ああ、そういえば!」
今度はなんだよ。俺が冷めた目で見ると、ギョームはごつい顔をにこにこさせながら言った。
「今日は国王陛下の城内視察の日なのです。後ほど私めも陛下と一緒に鍛錬場にお邪魔致しますのでよろしくお願い致します!」
……うげ。
小さな溜息が俺の口から出ていった。
◇
城に通うことになった俺は、ロイクとある約束をせざるを得なかった。
「城では普通に会話をする」だ。
俺を王子の指南役に抜擢した国王をガン無視していたら、周りがおかしいとさすがに気付いてしまう。
「そうすると、ファビアンが小さい頃から可愛がってくれているあの子たちとも簡単に会わせてあげることが難しくなっちゃうよ」
笑顔で言われて、否と言えるだろうか。
渋々了承した俺は「話はするが、お前を許した訳じゃねえぞ」と答えたら、「騎士団長を助けられなかったことは、本当に後悔しているんだ。ごめん」と言われた。
――こいつ、自分の命令をなかったことにしやがったぞ。
もしかして、噴水で俺を拾い上げた時の言葉を俺が聞いてなかったと思ってるのか。確かに俺は目を開けられなかったから、ロイクが勘違いしている可能性はあったけど。
あまりの言葉の内容に驚きを隠せないでいると、ロイクは続ける。
「だから……また少しずつ、信頼関係を築けないかな」
その言葉には、聞こえないふりをした。
幸い、あいつは国王になってからもっと忙しくなった。それはオリヴィアも一緒だったけど、二人で政務に励んでいるので殆ど会うことはなかったのは幸いだった。
俺を見る時の目を、オリヴィアに見られたくない。俺が心底嫌がっているものの正体がオリヴィアに伝わってしまったら、俺は違うと説得できる自信はなかった。
重い気分のまま、双子が来るまで鍛錬場で自身の双剣を振る。
左腕は相変わらず鈍さを感じるものの、右手はかなり全盛期に近いものになってきた。三十路を過ぎると厄災と戦った十代の頃とは差を感じるけれど、セルジュは若さはなかったけど知力と経験をふんだんに使い戦っていた。
だから俺もセルジュの力任せじゃなく戦う姿を脳裏に思い浮かべながら、二人で戦場を駆け回った苦しくも懐かしい日々を思いつつ舞う。
セルジュの亡霊は、俺の前には現れない。俺に別れを告げられたからだろうか。それとも俺に双子っていう救いが現れたせいだろうか。
脳裏のセルジュの舞に重ねるように舞っていると、今も傍にセルジュがいる気がした。
やがて剣舞は終わりに近付き、ゆっくりといつの間にか閉じていた瞼を開ける。
「――うわっ」
すぐ近くに立って俺を真顔で見つめていたのは、ロイクの野郎だった。おっどろいた。ていうか顔が怖い。無表情やめろ。
「……昔と動きが変わったね」
普段よりも低いロイクの声に、俺の心臓が嫌な風に音を立てた。
「……人間相手に三年半も戦ってたんだ。そりゃ変わるさ」
「へえ? 私には、まるで別の誰かに姿を重ねているように見えるくらい別物に見えたけど」
「……気のせいだろ」
俺は双剣を両方の腰の鞘に納めると、ギロリとロイクを睨む。
「何か用かよ」
「ねえファビアン」
す、と音もなく一歩を踏み出すと、ロイクは俺の目の前に立ち俺を見下ろした。青い目に浮かんでいるのは、苛立ちだろうか。
「ファビアン、頭に葉っぱが付いているよ」
退けばいい。だけど俺は蛇に睨まれた蛙みたいに動けなかった。
怖い。離れてくれよ。
ロイクの顔を睨みつけることすら怖くて、ロイクの喉仏を凝視するしかできない。
「――ファビアン」
ロイクは俺の頭を抱き寄せると、もう片方の手で二の腕を力一杯掴んだ。痛え。でも、動けない。
「ようやくファビアンの姿をこうして近くで見ることができて嬉しいよ」
と、あり得ないものが俺の下腹部にグリッと当たった。
嘘だろ、と思いながら、目だけを下に向ける。
「ああ、ファビアンを抱き締めたら思わず興奮してしまった」
ロイクの声は、昔俺を抱く前に抱かせてほしいと縋る時の声と酷似していた。
かつて俺の穴に散々好き勝手に突っ込んだ固い雄が、ぐり、ぐり、と俺の下腹部を擦る。
やばい。こんなところを、もし双子に見られてしまったら――。
「は……離せよ」
辛うじて声が出たけど、弱々しい声だ。ロイクは俺が怖がっていることなんてお見通しなのか、クスクスと楽しそうに笑う。
「ファビアン、ずっと私の傍にいてくれ。お願いだ」
ふざけんな。声を出したいのに、俺の下腹部を擦る速度がどんどん早くなり、ハア、ハアいうロイクの吐息が気持ち悪くて動けなかった。
「そして私がいよいよ死ぬその日に、ファビアン、貴方をもう一度抱きたい」
「――っ!」
恐怖で縮み上がっていた俺の玉を片手でギュッと掴むと、ロイクは妖しく火照った笑顔で囁いた。
だからその日まで、私の隣にいて。
「……ざけんなっ!」
力任せにロイクを突き飛ばす。
ロイクは赤らんだ顔で服の下から中心をおっ勃てながら、欲情した目で俺を上から下まで見つめた。
「あんまり私に冷たく当たらないでくれ。――君の可愛い弟子たちにもしものことがあったら、君の立場が悪くなるかもしれないよ」
「は……?」
「そうしたら、私はファビアンを幽閉しないといけなくなってしまう。あは、それもまた唆るけどね」
こいつ今、なんて言った。
俺は目を大きく見開くしかできない。嘘だ、さすがにそんな馬鹿なこと。
「ふふ……いけないいけない、落ち着かせてこなくちゃね」
ロイクはパッと普段の嘘くさい笑顔に戻ると、勃起したまま城の中へと戻っていったのだった。
なのに俺には、送迎という名の監視が付いた。
かなりがっちりとした体躯で頭がつるっパゲの男が、今日も元気に敬礼をする。
「おはようございます、ファビアン様!」
「……どーも」
俺とセルジュが前線に向かってからずっと騎士団長代理としてやってきた、当時の副団長だ。俺をキラキラした目で見るからうんざりしていたけど、それは今でも変わってなかった。ちなみに現在は騎士団長になっているんだそうだ。
だからさ、騎士団長を俺の警護に回すなよ。
そしてよく喋る。寡黙だったセルジュとは大違いだ。ああセルジュ、帰ってきてくれ。俺はお前がいいよ。
「いやあ、先日の稽古の様子を覗かせていただいたのですが、相変わらず素晴らしいものでした! このギョーム、久々に剣聖様の舞を見ることができ感動しております!」
「あ、そう」
うるせえ。俺が気のない相槌ばかり打っているのに、ギョームは一切気にする素振りを見せなかった。少しは気にしてくれ。
「ああ、そういえば!」
今度はなんだよ。俺が冷めた目で見ると、ギョームはごつい顔をにこにこさせながら言った。
「今日は国王陛下の城内視察の日なのです。後ほど私めも陛下と一緒に鍛錬場にお邪魔致しますのでよろしくお願い致します!」
……うげ。
小さな溜息が俺の口から出ていった。
◇
城に通うことになった俺は、ロイクとある約束をせざるを得なかった。
「城では普通に会話をする」だ。
俺を王子の指南役に抜擢した国王をガン無視していたら、周りがおかしいとさすがに気付いてしまう。
「そうすると、ファビアンが小さい頃から可愛がってくれているあの子たちとも簡単に会わせてあげることが難しくなっちゃうよ」
笑顔で言われて、否と言えるだろうか。
渋々了承した俺は「話はするが、お前を許した訳じゃねえぞ」と答えたら、「騎士団長を助けられなかったことは、本当に後悔しているんだ。ごめん」と言われた。
――こいつ、自分の命令をなかったことにしやがったぞ。
もしかして、噴水で俺を拾い上げた時の言葉を俺が聞いてなかったと思ってるのか。確かに俺は目を開けられなかったから、ロイクが勘違いしている可能性はあったけど。
あまりの言葉の内容に驚きを隠せないでいると、ロイクは続ける。
「だから……また少しずつ、信頼関係を築けないかな」
その言葉には、聞こえないふりをした。
幸い、あいつは国王になってからもっと忙しくなった。それはオリヴィアも一緒だったけど、二人で政務に励んでいるので殆ど会うことはなかったのは幸いだった。
俺を見る時の目を、オリヴィアに見られたくない。俺が心底嫌がっているものの正体がオリヴィアに伝わってしまったら、俺は違うと説得できる自信はなかった。
重い気分のまま、双子が来るまで鍛錬場で自身の双剣を振る。
左腕は相変わらず鈍さを感じるものの、右手はかなり全盛期に近いものになってきた。三十路を過ぎると厄災と戦った十代の頃とは差を感じるけれど、セルジュは若さはなかったけど知力と経験をふんだんに使い戦っていた。
だから俺もセルジュの力任せじゃなく戦う姿を脳裏に思い浮かべながら、二人で戦場を駆け回った苦しくも懐かしい日々を思いつつ舞う。
セルジュの亡霊は、俺の前には現れない。俺に別れを告げられたからだろうか。それとも俺に双子っていう救いが現れたせいだろうか。
脳裏のセルジュの舞に重ねるように舞っていると、今も傍にセルジュがいる気がした。
やがて剣舞は終わりに近付き、ゆっくりといつの間にか閉じていた瞼を開ける。
「――うわっ」
すぐ近くに立って俺を真顔で見つめていたのは、ロイクの野郎だった。おっどろいた。ていうか顔が怖い。無表情やめろ。
「……昔と動きが変わったね」
普段よりも低いロイクの声に、俺の心臓が嫌な風に音を立てた。
「……人間相手に三年半も戦ってたんだ。そりゃ変わるさ」
「へえ? 私には、まるで別の誰かに姿を重ねているように見えるくらい別物に見えたけど」
「……気のせいだろ」
俺は双剣を両方の腰の鞘に納めると、ギロリとロイクを睨む。
「何か用かよ」
「ねえファビアン」
す、と音もなく一歩を踏み出すと、ロイクは俺の目の前に立ち俺を見下ろした。青い目に浮かんでいるのは、苛立ちだろうか。
「ファビアン、頭に葉っぱが付いているよ」
退けばいい。だけど俺は蛇に睨まれた蛙みたいに動けなかった。
怖い。離れてくれよ。
ロイクの顔を睨みつけることすら怖くて、ロイクの喉仏を凝視するしかできない。
「――ファビアン」
ロイクは俺の頭を抱き寄せると、もう片方の手で二の腕を力一杯掴んだ。痛え。でも、動けない。
「ようやくファビアンの姿をこうして近くで見ることができて嬉しいよ」
と、あり得ないものが俺の下腹部にグリッと当たった。
嘘だろ、と思いながら、目だけを下に向ける。
「ああ、ファビアンを抱き締めたら思わず興奮してしまった」
ロイクの声は、昔俺を抱く前に抱かせてほしいと縋る時の声と酷似していた。
かつて俺の穴に散々好き勝手に突っ込んだ固い雄が、ぐり、ぐり、と俺の下腹部を擦る。
やばい。こんなところを、もし双子に見られてしまったら――。
「は……離せよ」
辛うじて声が出たけど、弱々しい声だ。ロイクは俺が怖がっていることなんてお見通しなのか、クスクスと楽しそうに笑う。
「ファビアン、ずっと私の傍にいてくれ。お願いだ」
ふざけんな。声を出したいのに、俺の下腹部を擦る速度がどんどん早くなり、ハア、ハアいうロイクの吐息が気持ち悪くて動けなかった。
「そして私がいよいよ死ぬその日に、ファビアン、貴方をもう一度抱きたい」
「――っ!」
恐怖で縮み上がっていた俺の玉を片手でギュッと掴むと、ロイクは妖しく火照った笑顔で囁いた。
だからその日まで、私の隣にいて。
「……ざけんなっ!」
力任せにロイクを突き飛ばす。
ロイクは赤らんだ顔で服の下から中心をおっ勃てながら、欲情した目で俺を上から下まで見つめた。
「あんまり私に冷たく当たらないでくれ。――君の可愛い弟子たちにもしものことがあったら、君の立場が悪くなるかもしれないよ」
「は……?」
「そうしたら、私はファビアンを幽閉しないといけなくなってしまう。あは、それもまた唆るけどね」
こいつ今、なんて言った。
俺は目を大きく見開くしかできない。嘘だ、さすがにそんな馬鹿なこと。
「ふふ……いけないいけない、落ち着かせてこなくちゃね」
ロイクはパッと普段の嘘くさい笑顔に戻ると、勃起したまま城の中へと戻っていったのだった。
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