勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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 今日もぼんやりと無駄に豪奢な天蓋の中心点を眺めていると、これまた豪奢な両開きの扉をコンコン、と叩く音が聞こえた。

 俺が出ることが許されていない部屋の外からくる人間なんて、ひとりしかいない。

 俺は答えず、顔を窓の方、つまり背中を扉の方に向けた。どうせオリヴィアに違いないからだ。オリヴィア以外でこの部屋に入っていいのは、侍女として雇われているらしい老婆だけだった。

 全部が全部、ロイクの采配なんだそうだ。オリヴィアは「ロイクが全部整えてくれたのよ」と言っていたけど、俺は聞かずとも知っている。あいつは俺が男としか関係したことがないのを知った上で、それでも若い女を近付けたくないと思っていることを。

 こういうのを作為って言うんだろ。これまでは世間知らずで物事を別の方向から見ることを知らなかった俺に、立場が違えば見え方も違うのだと教えてくれたのはセルジュだった。

 セルジュは色んな思惑が渦巻くこの国の中枢で、騎士団長まで上り詰めた男だ。うまく泳いでいく方法を知っていて、当然だった。

 だから俺には分かる。ロイクは俺にその気がなくても、相手が俺に少しでも恋心を抱くのを許さないんだ。

 オリヴィアはロイクにべた惚れだ。だから俺にセルジュの言う『懸想』をすることはあり得ない。老婆を侍女に選んだのは、恋心なんて枯れているだろうって考えからだろう。あいつの考えそうなことだ。

 ちなみに、屋敷内を警護している兵こそ若い男だけど、俺が顔を見ることができたのは露台から飛び降りようとした一回だけだった。

 ロイクは、俺に惚れている人間がロイク以外に存在することをよしとしない。そういうのを、狭量っていうんだろ。俺はもうそういうのだって知ってる。

 だから、俺が直接知らなかった奴らも前線送りだって集められて、まとめて始末された。

 俺を噴水の前で拾い上げたロイクの言葉は、今も悪夢となって毎晩俺を苦しめている。弱い人間は、皆俺より先に死んでしまう。この世で俺より強いのは、ロイクだけ。ロイクだけが、俺の隣にいていい。

 とんでもない理屈だけど、ロイクがそう仕組んだ。そして実際、その通りに全てが運ばれている。

 俺の世界は、今やロイクの手のひらの上だった。

「――ファビアン? 寝てるの?」

 入ってきたのは、やっぱりオリヴィアだった。

 腹が立つことに、怪我が治って以降も日々繰り返される治癒のせいで、俺の身体は着実に体力を取り戻しつつあった。

 もう来るなよ。何度言っても、オリヴィアは来る。多分ロイクのことだから、俺にやったみたいにオリヴィアの腰にしがみついて「お願いだ」って懇願してるんだろう。オリヴィアはお人好しだから、多分ロイクの良心を信じてしまっている。

 ああ、反吐が出そうだ――。

 俺はセルジュみたいに眉間に皺を寄せると、ギュッと目を瞑った。話したくない時は寝たふりをするに限る。それでも食事の時間になると起こされるから、ささやかな抵抗にすぎないけど。

 すると。

 モゾ、と足元からなにやら音が聞こえてきた。……え、なに。

 モゾモゾは、俺の足元の両脇を登ってきている。まるで覆い被さる時の手の動きに思えて、ゾゾゾ、と鳥肌が立ってきた。

 まさかロイクが来たんじゃないだろうな。一瞬ものすごく嫌な想像が脳裏をよぎっていったけど、よく考えたらオリヴィアがいる前で俺に覆い被さるなんて絶対やらない。だからこれはロイクじゃない。ちょっとホッとした。

 でも、だったらなんだ? なんでオリヴィアは何も言わずにいる?

 俺はハッとした。まさか、セルジュの亡霊が現れてくれたんじゃ!? どんな理由か知らないけど、オリヴィアには見えてないんじゃないか?

 アルバンの霊魂は昇天してしまったのを目の前で見たから、もう現れてくれないのは分かっている。だけどセルジュの魂が今どこにいるのか、俺は知らなかった。

 だから心の隅で、亡霊の姿でいいから俺の元に来てくれないかと願っていた。

 セルジュ、会いに来てくれたのか。このまま俺を一緒に連れて行ってよ。俺はもう、セルジュがいない世界にいたくないよ。

 期待を胸に、でもセルジュじゃなかったらと思うと怖くて、俺はきつく瞑った目を開けることができないでいた。

 モゾモゾは、どんどん上がってくる。

 俺の頭の前後に、何かがいた。

 すると。

 ペチン! ペチペチ!

 ――は?

 何か小さな物が、俺の頭を叩く。

「あっ! こら! 駄目でしょう!」

 オリヴィアの声が聞こえた。え? なに、どういうこと?

 と、頭をペチペチ叩くのとは別の小さな物が、ぐにぐにと俺の眉間の皺を伸ばし始めたじゃないか。は? なになに、何が起きてるんだよ。

「にーちゃ、いたいの?」
「へ……」
「よしよしなの」
「え? なに?」

 耐え切れずに目を開けると、俺の前にぽてんと座って俺の眉間の皺を伸ばしていたのは、金髪碧眼の小さい男の子だった。

 次いで、バッと後ろを振り返る。

 俺の頭を叩いている、本人曰く「よしよし」しているのは――黒髪のこれまた小さな男の子だった。
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