41 / 89
41 生きる気力
しおりを挟む
生きる気力。そんなものは、聖国マイズのあの噴水の前に置いてきてしまった。
「俺を生かさないでよ……もうやめてよ……」
静かに涙を流して訴える俺を、オリヴィアは痛ましそうな眼差しで見た。それでも、液状にされた食糧を無理やり口に突っ込んで俺を生かすことはやめない。
食欲は一切湧かない。辛うじて訪れる排泄欲は、起きられない俺に代わってオリヴィアが浄化魔法で取り除いた。
だから、ただ生きる屍の如く、見慣れない豪華な寝台の中心に横たわるだけの毎日だ。死んでいるのと何が違うんだろう。
「ファビアン。大切な人を失ってしまったことは、とても悲しいことだと思うわ」
驚いたけど、ロイクはセルジュが俺の恋人だったことをオリヴィアに話していた。あんなに必死に俺とのことは隠し通した癖に、人のは喋ってもいいそうだ。
ロイクに対する嫌悪感が、更に増した。
「ロイクは、あなたのことをとても心配しているの」
「はは……ロイクね」
乾いた笑い声を発する。
別に俺は、男同士で恋愛することを恥じてもないし隠す気もない。だからオリヴィアに知られても、どうってことはない。
だけどオリヴィアは結局、あいつの本性に未だに気付けていないんだ。都合のいいところだけ切り貼りするあいつの小狡さに、苛立ちが募るのは当然じゃないか。
なあ知ってる? あいつは嫌がる俺をいつも無理やり抱いたんだよ。それで俺が唯一求めた時は、突き放したんだ。なのにね、未だに俺をあいつのものだと思ってる。おかしいよな。笑っちゃうよ。
そう言えたら、どんなにかスッキリしたことだろう。でも、本心から俺を心配しているオリヴィアには、どうしても言えなかった。
だって――もしオリヴィアがロイクを問い詰めてしまったら? オリヴィアは見た目と違って気が強いから、やる可能性は高い。
聖人君子の面が偽物だったとオリヴィアにバレてしまったら、ロイクは何をしでかすか分かったもんじゃなかった。さすがにそんなことはしないと思いたいけど、オリヴィアの身に何かあったら。
そう考えると、俺は沈黙を守るしかなかった。
オリヴィアが俺の胸の傷に手を翳しながら、悲しそうに首を振る。
「ファビアン。ロイクが到着した時には、騎士団長はすでに亡くなっていたの。間に合わなくて申し訳なかったと、ロイクも悔しがっていたのよ」
「……俺を治そうとするなよ、手を離せ」
オリヴィアの手を押し退けようとしたけど、力が湧かなくて押し負ける。オリヴィアは治療を続けた。
「……ねえ、ロイクのことを許してあげてくれないかしら」
一度、ロイクが見舞いにきた。俺はあいつの顔を見た瞬間、怒りのあまり興奮し、過呼吸になってぶっ倒れた。
それでも俺が「二度と俺の前に顔を見せるな」と泣き叫び続けるところを見たオリヴィアは、セルジュを助けられなかったロイクを俺が逆恨みしていると都合よく勘違いしたらしい。
セルジュを殺せと命令したのはロイクだぞ。言ってやれたら、どれだけ愉快だったろう。
何も語れない俺にできることは、オリヴィアの勘違いを利用してあいつをこの屋敷に近付けさせないことくらいだった。
「……あいつの顔は見たくない。あいつを連れてきたら、オリヴィアを一生許さない」
「ファビアン……」
以前までのオリヴィアだったら、この程度の傷なら聖魔法で一瞬で治しただろう。だけどオリヴィアは出産後、聖女の強大な力を失ってしまった。
今は普通の魔法使いより少しマシ程度の癒やしの力しか使えないそうだ。だからこうして毎日やってきては、少しずつ俺を癒そうとしている。
いっそのこと、力なんて全部失ってしまえばよかったのに。そうしたら、俺を惨めに生かすこともなかっただろうに。
ちなみにロイクの奴も、子供が生まれた日を境に勇者の力が衰えたらしい。ざまあみろだ。
それを聞いた時は、一瞬だけ生きようかと思い直した。体調を万全に戻して、あいつを倒せないかって考えたんだ。
だけど、俺の希望はすぐに潰えた。
ロイクは、俺が戦っても勝てないかもしれないくらいは、まだ強いんだそうだ。オリヴィアが言ってたから、多分本当だろう。
再び、生きる気力を失う。
俺にはそういった変化はなかったから、これは子供に竜の痣の力が引き継がれたと考えられるんだそうだ。
でも、双子の王子に竜の痣はなかった。だからこれは、いつか再び訪れる可能性がある厄災に備え、それまでの間王家の血の中で眠り続けていくのだろうと大神官が言ったんだとか。
そんなの、俺にはどうでもよかったけど。
「ファビアン、早く元気になって。起き上がれるようになれば、きっと気分も晴れてくるわ」
一度、舌を噛み切ろうとしたことがあった。以降、俺の舌には保護魔法が掛けられている。
「どうして死なせてくれないんだ? 俺はもう生きていたくないって言ってるじゃないか」
「ファビアン……」
それでもやがて、腹の傷と胸の傷は閉じていく。
オリヴィアのせいで、少しずつ身体が動かせるようになってきたある日。
俺は床を這いずって、俺の屋敷だとかいう家の露台から飛び降りようとした。落ちる直前で屋敷の警護をしていた兵に見つかり、落ちることができなかったけど。
次の日から、俺の右足首には足枷が付けられ、寝台と繋がってしまった。こうまでして生かされているのって、何で。ロイクの為? 俺はロイクのもんじゃないよ。いつまで勘違いしてるんだよ、あいつは。
悲しそうな目のオリヴィアが、俺の頭を撫でる。
「お願いファビアン、自暴自棄にならないで。貴方が死んでしまったら、貴方を守って死んでいった騎士団長が悲しむのではなくて?」
嫌な言い方だ。俺はオリヴィアから目線を逸らすと、夢の中へと逃避することにした。
夢の中には、いつだってセルジュやアルバン、俺の家族にかつての冒険仲間たちが遊びに来てくれる。
ねえ教えて。いつまでこの地獄を続けなければいけないのかな。
皆、悲しそうに微笑むだけだ。
逃げたい。逃げたいよ、助けてセルジュ――。
俺の心は、とっくに限界を迎えていた。
◇
何もやる気が起きず、させてもらうこともできず、ただ生かされるだけの毎日に変化が起こったのは、俺の傷が完全に塞がってしまったある日のことだった。
「俺を生かさないでよ……もうやめてよ……」
静かに涙を流して訴える俺を、オリヴィアは痛ましそうな眼差しで見た。それでも、液状にされた食糧を無理やり口に突っ込んで俺を生かすことはやめない。
食欲は一切湧かない。辛うじて訪れる排泄欲は、起きられない俺に代わってオリヴィアが浄化魔法で取り除いた。
だから、ただ生きる屍の如く、見慣れない豪華な寝台の中心に横たわるだけの毎日だ。死んでいるのと何が違うんだろう。
「ファビアン。大切な人を失ってしまったことは、とても悲しいことだと思うわ」
驚いたけど、ロイクはセルジュが俺の恋人だったことをオリヴィアに話していた。あんなに必死に俺とのことは隠し通した癖に、人のは喋ってもいいそうだ。
ロイクに対する嫌悪感が、更に増した。
「ロイクは、あなたのことをとても心配しているの」
「はは……ロイクね」
乾いた笑い声を発する。
別に俺は、男同士で恋愛することを恥じてもないし隠す気もない。だからオリヴィアに知られても、どうってことはない。
だけどオリヴィアは結局、あいつの本性に未だに気付けていないんだ。都合のいいところだけ切り貼りするあいつの小狡さに、苛立ちが募るのは当然じゃないか。
なあ知ってる? あいつは嫌がる俺をいつも無理やり抱いたんだよ。それで俺が唯一求めた時は、突き放したんだ。なのにね、未だに俺をあいつのものだと思ってる。おかしいよな。笑っちゃうよ。
そう言えたら、どんなにかスッキリしたことだろう。でも、本心から俺を心配しているオリヴィアには、どうしても言えなかった。
だって――もしオリヴィアがロイクを問い詰めてしまったら? オリヴィアは見た目と違って気が強いから、やる可能性は高い。
聖人君子の面が偽物だったとオリヴィアにバレてしまったら、ロイクは何をしでかすか分かったもんじゃなかった。さすがにそんなことはしないと思いたいけど、オリヴィアの身に何かあったら。
そう考えると、俺は沈黙を守るしかなかった。
オリヴィアが俺の胸の傷に手を翳しながら、悲しそうに首を振る。
「ファビアン。ロイクが到着した時には、騎士団長はすでに亡くなっていたの。間に合わなくて申し訳なかったと、ロイクも悔しがっていたのよ」
「……俺を治そうとするなよ、手を離せ」
オリヴィアの手を押し退けようとしたけど、力が湧かなくて押し負ける。オリヴィアは治療を続けた。
「……ねえ、ロイクのことを許してあげてくれないかしら」
一度、ロイクが見舞いにきた。俺はあいつの顔を見た瞬間、怒りのあまり興奮し、過呼吸になってぶっ倒れた。
それでも俺が「二度と俺の前に顔を見せるな」と泣き叫び続けるところを見たオリヴィアは、セルジュを助けられなかったロイクを俺が逆恨みしていると都合よく勘違いしたらしい。
セルジュを殺せと命令したのはロイクだぞ。言ってやれたら、どれだけ愉快だったろう。
何も語れない俺にできることは、オリヴィアの勘違いを利用してあいつをこの屋敷に近付けさせないことくらいだった。
「……あいつの顔は見たくない。あいつを連れてきたら、オリヴィアを一生許さない」
「ファビアン……」
以前までのオリヴィアだったら、この程度の傷なら聖魔法で一瞬で治しただろう。だけどオリヴィアは出産後、聖女の強大な力を失ってしまった。
今は普通の魔法使いより少しマシ程度の癒やしの力しか使えないそうだ。だからこうして毎日やってきては、少しずつ俺を癒そうとしている。
いっそのこと、力なんて全部失ってしまえばよかったのに。そうしたら、俺を惨めに生かすこともなかっただろうに。
ちなみにロイクの奴も、子供が生まれた日を境に勇者の力が衰えたらしい。ざまあみろだ。
それを聞いた時は、一瞬だけ生きようかと思い直した。体調を万全に戻して、あいつを倒せないかって考えたんだ。
だけど、俺の希望はすぐに潰えた。
ロイクは、俺が戦っても勝てないかもしれないくらいは、まだ強いんだそうだ。オリヴィアが言ってたから、多分本当だろう。
再び、生きる気力を失う。
俺にはそういった変化はなかったから、これは子供に竜の痣の力が引き継がれたと考えられるんだそうだ。
でも、双子の王子に竜の痣はなかった。だからこれは、いつか再び訪れる可能性がある厄災に備え、それまでの間王家の血の中で眠り続けていくのだろうと大神官が言ったんだとか。
そんなの、俺にはどうでもよかったけど。
「ファビアン、早く元気になって。起き上がれるようになれば、きっと気分も晴れてくるわ」
一度、舌を噛み切ろうとしたことがあった。以降、俺の舌には保護魔法が掛けられている。
「どうして死なせてくれないんだ? 俺はもう生きていたくないって言ってるじゃないか」
「ファビアン……」
それでもやがて、腹の傷と胸の傷は閉じていく。
オリヴィアのせいで、少しずつ身体が動かせるようになってきたある日。
俺は床を這いずって、俺の屋敷だとかいう家の露台から飛び降りようとした。落ちる直前で屋敷の警護をしていた兵に見つかり、落ちることができなかったけど。
次の日から、俺の右足首には足枷が付けられ、寝台と繋がってしまった。こうまでして生かされているのって、何で。ロイクの為? 俺はロイクのもんじゃないよ。いつまで勘違いしてるんだよ、あいつは。
悲しそうな目のオリヴィアが、俺の頭を撫でる。
「お願いファビアン、自暴自棄にならないで。貴方が死んでしまったら、貴方を守って死んでいった騎士団長が悲しむのではなくて?」
嫌な言い方だ。俺はオリヴィアから目線を逸らすと、夢の中へと逃避することにした。
夢の中には、いつだってセルジュやアルバン、俺の家族にかつての冒険仲間たちが遊びに来てくれる。
ねえ教えて。いつまでこの地獄を続けなければいけないのかな。
皆、悲しそうに微笑むだけだ。
逃げたい。逃げたいよ、助けてセルジュ――。
俺の心は、とっくに限界を迎えていた。
◇
何もやる気が起きず、させてもらうこともできず、ただ生かされるだけの毎日に変化が起こったのは、俺の傷が完全に塞がってしまったある日のことだった。
17
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?


【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる