勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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41 生きる気力

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 生きる気力。そんなものは、聖国マイズのあの噴水の前に置いてきてしまった。

「俺を生かさないでよ……もうやめてよ……」

 静かに涙を流して訴える俺を、オリヴィアは痛ましそうな眼差しで見た。それでも、液状にされた食糧を無理やり口に突っ込んで俺を生かすことはやめない。

 食欲は一切湧かない。辛うじて訪れる排泄欲は、起きられない俺に代わってオリヴィアが浄化魔法で取り除いた。

 だから、ただ生きる屍の如く、見慣れない豪華な寝台の中心に横たわるだけの毎日だ。死んでいるのと何が違うんだろう。

「ファビアン。大切な人を失ってしまったことは、とても悲しいことだと思うわ」

 驚いたけど、ロイクはセルジュが俺の恋人だったことをオリヴィアに話していた。あんなに必死に俺とのことは隠し通した癖に、人のは喋ってもいいそうだ。

 ロイクに対する嫌悪感が、更に増した。

「ロイクは、あなたのことをとても心配しているの」
「はは……ロイクね」

 乾いた笑い声を発する。

 別に俺は、男同士で恋愛することを恥じてもないし隠す気もない。だからオリヴィアに知られても、どうってことはない。

 だけどオリヴィアは結局、あいつの本性に未だに気付けていないんだ。都合のいいところだけ切り貼りするあいつの小狡さに、苛立ちが募るのは当然じゃないか。

 なあ知ってる? あいつは嫌がる俺をいつも無理やり抱いたんだよ。それで俺が唯一求めた時は、突き放したんだ。なのにね、未だに俺をあいつのものだと思ってる。おかしいよな。笑っちゃうよ。

 そう言えたら、どんなにかスッキリしたことだろう。でも、本心から俺を心配しているオリヴィアには、どうしても言えなかった。

 だって――もしオリヴィアがロイクを問い詰めてしまったら? オリヴィアは見た目と違って気が強いから、やる可能性は高い。

 聖人君子の面が偽物だったとオリヴィアにバレてしまったら、ロイクは何をしでかすか分かったもんじゃなかった。さすがにそんなことはしないと思いたいけど、オリヴィアの身に何かあったら。

 そう考えると、俺は沈黙を守るしかなかった。

 オリヴィアが俺の胸の傷に手を翳しながら、悲しそうに首を振る。

「ファビアン。ロイクが到着した時には、騎士団長はすでに亡くなっていたの。間に合わなくて申し訳なかったと、ロイクも悔しがっていたのよ」
「……俺を治そうとするなよ、手を離せ」

 オリヴィアの手を押し退けようとしたけど、力が湧かなくて押し負ける。オリヴィアは治療を続けた。

「……ねえ、ロイクのことを許してあげてくれないかしら」

 一度、ロイクが見舞いにきた。俺はあいつの顔を見た瞬間、怒りのあまり興奮し、過呼吸になってぶっ倒れた。

 それでも俺が「二度と俺の前に顔を見せるな」と泣き叫び続けるところを見たオリヴィアは、セルジュを助けられなかったロイクを俺が逆恨みしていると都合よく勘違いしたらしい。

 セルジュを殺せと命令したのはロイクだぞ。言ってやれたら、どれだけ愉快だったろう。

 何も語れない俺にできることは、オリヴィアの勘違いを利用してあいつをこの屋敷に近付けさせないことくらいだった。

「……あいつの顔は見たくない。あいつを連れてきたら、オリヴィアを一生許さない」
「ファビアン……」

 以前までのオリヴィアだったら、この程度の傷なら聖魔法で一瞬で治しただろう。だけどオリヴィアは出産後、聖女の強大な力を失ってしまった。

 今は普通の魔法使いより少しマシ程度の癒やしの力しか使えないそうだ。だからこうして毎日やってきては、少しずつ俺を癒そうとしている。

 いっそのこと、力なんて全部失ってしまえばよかったのに。そうしたら、俺を惨めに生かすこともなかっただろうに。

 ちなみにロイクの奴も、子供が生まれた日を境に勇者の力が衰えたらしい。ざまあみろだ。

 それを聞いた時は、一瞬だけ生きようかと思い直した。体調を万全に戻して、あいつを倒せないかって考えたんだ。

 だけど、俺の希望はすぐに潰えた。

 ロイクは、俺が戦っても勝てないかもしれないくらいは、まだ強いんだそうだ。オリヴィアが言ってたから、多分本当だろう。

 再び、生きる気力を失う。

 俺にはそういった変化はなかったから、これは子供に竜の痣の力が引き継がれたと考えられるんだそうだ。

 でも、双子の王子に竜の痣はなかった。だからこれは、いつか再び訪れる可能性がある厄災に備え、それまでの間王家の血の中で眠り続けていくのだろうと大神官が言ったんだとか。

 そんなの、俺にはどうでもよかったけど。

「ファビアン、早く元気になって。起き上がれるようになれば、きっと気分も晴れてくるわ」

 一度、舌を噛み切ろうとしたことがあった。以降、俺の舌には保護魔法が掛けられている。

「どうして死なせてくれないんだ? 俺はもう生きていたくないって言ってるじゃないか」
「ファビアン……」

 それでもやがて、腹の傷と胸の傷は閉じていく。

 オリヴィアのせいで、少しずつ身体が動かせるようになってきたある日。

 俺は床を這いずって、俺の屋敷だとかいう家の露台から飛び降りようとした。落ちる直前で屋敷の警護をしていた兵に見つかり、落ちることができなかったけど。

 次の日から、俺の右足首には足枷が付けられ、寝台と繋がってしまった。こうまでして生かされているのって、何で。ロイクの為? 俺はロイクのもんじゃないよ。いつまで勘違いしてるんだよ、あいつは。

 悲しそうな目のオリヴィアが、俺の頭を撫でる。

「お願いファビアン、自暴自棄にならないで。貴方が死んでしまったら、貴方を守って死んでいった騎士団長が悲しむのではなくて?」

 嫌な言い方だ。俺はオリヴィアから目線を逸らすと、夢の中へと逃避することにした。

 夢の中には、いつだってセルジュやアルバン、俺の家族にかつての冒険仲間たちが遊びに来てくれる。

 ねえ教えて。いつまでこの地獄を続けなければいけないのかな。

 皆、悲しそうに微笑むだけだ。

 逃げたい。逃げたいよ、助けてセルジュ――。

 俺の心は、とっくに限界を迎えていた。



 何もやる気が起きず、させてもらうこともできず、ただ生かされるだけの毎日に変化が起こったのは、俺の傷が完全に塞がってしまったある日のことだった。
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