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38 ラザノの最期
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「――ラザノ! 貴様!」
俺はセルジュを一番近くの柱にもたれかからせると、双剣を抜きラザノに切りかかった。ブン! と双剣が空を切る。
「おっと、怖い怖い」
ラザノは軽やかに飛び退ると、いつの間にか指の間に挟んでいた匕首を俺に向かって投げてきた。
「このやろ!」
キン! と剣で弾いた匕首のひとつが、ラザノの喉を掠める。
「くっ!」
ビッと血が吹き出す。ラザノが、こめかみに血管をビキビキと浮かせた。こいつの怒った顔なんて、初めて見た。
「この……クソガキが!」
これがこいつの本音か。
横目でセルジュを確認する。肩で息をして辛そうだけど、目は俺をしっかりと追っていた。
「こんちくしょう! 俺を舐めるなよ!」
時折セルジュに向けて投げてくる匕首を剣で弾き返しながら、ラザノに切りかかる。ビュンビュンと双剣が音を鳴らす度に、ラザノの身体から鮮血が吹き出し、周囲もラザノも赤く染まっていった。
セルジュを見ると、かなり苦しそうだ。
早く、早く手当てをしないと、セルジュが――!
俺は泣きそうになるのを必死で堪えながら、ラザノを仕留めるべく間髪入れず猛攻を繰り出す。ラザノは剣聖の俺の力には勝てないのか、どんどん腕が開かれていった。
ラザノの左腕が弾かれて、後ろに振られる。
――今だ!
「なんでセルジュを襲った!」
ビシュッという音と共に、ラザノの左腕が宙を飛んでいった。ブシュウ、と切り口から血が吹き出る。
ラザノが憤怒の形相で俺を睨んだ。
「ぐっ! なんで俺がこんな奴に!」
こいつは俺を見た目だけで判断している。俺はまだ若いけど、両腕に竜の痣を持つ剣聖だ。剣だけならば、俺の力は勇者ロイクとも拮抗する。
こいつとは殆ど被っている時期がなかったから、こいつの前では本気を見せたことはなかった。それがこいつの敗因だ。
ラザノは、俺の能力を見誤っていたんだろう。
「言え! あいつの命令か!?」
ラザノの両腿を切りつけると、支える力を奪われたラザノがどちゃりとその場に倒れた。
「アルバンにしたように、俺からセルジュを奪えと言われたか!」
人を切るのが、かつては怖かった。今だって怖い。だけど、大切な人を守る為なら俺は人を切る。切れると自覚できた三年間だった。
蒼白になったラザノが、鼻で笑う。
「ああ、あの門番ですか? 彼は弱かったですねえ」
「なんだと!」
血混じりの唾を、ぺっと床に吐き出した。
「抵抗もなくあっさりと殺られて、呆気なさすぎてつまらなかったですよ」
「貴様!」
ラザノが匕首に右手を伸ばす。俺が剣をビュンッと奏でると、ラザノの右手首が床に落ちた。ドバドバと血が溢れ出し、ラザノの顔色がどんどん白く変わっていく。
「ふ、ふふ……っ! 殿下は私に『ファビアンを害虫から守ってほしい』と命じられただけですよ……!」
「あ? 害虫だと?」
怒りで血液が沸騰しそうだった。セルジュを見る。俺を心配そうな顔で見ていた。すぐ行くから、もう少しだけ待っていて。
「ええ! 蝶のように美しく舞う剣聖に醜く群がる男どもを炙り出し、排除するのが私の任務……!」
「黙れ!」
「ファビアン様とその男の関係がバレていないとでもお思いだったか? 害虫駆除は、二度とファビアン様が害虫に情を移されないように心を抉……グハッ!」
双剣が光の如き速さで交差すると、自分の首が切られたとも分かっていないだろうラザノの口がぱくぱくと動きながら宙を飛んでいった。
俺は双剣に付着した鮮血を振って落とすと、鞘に納める。
「……てえ」
俺の腹に刺さっている匕首を力任せに引っこ抜くと、ラザノの開いた口目掛けて投げた。振り返ることはしなかった。もうあいつの顔は見たくもない。
……あの野郎、最後の最後で近距離で投げやがって。指がなくなったのに投げるとは思わなかった。
じわじわと服を濡らす血の量を見る限り、すぐに死ぬ感じじゃない。多分、元々動けなくしたかっただけで殺すつもりはなかったんだろう。あいつが俺を殺すことを許す筈がないんだから。
「セルジュ」
脂汗を浮かばせたセルジュが、顔を上げた。目が俺の傷を見て大きく見開かれる。馬鹿、怪我が酷いのはお前の方だろ。
「ファビアン様、お怪我を……! ゴホッ!」
セルジュの顎を、真っ赤な血が染める。俺はセルジュの前に跪くと、セルジュの手を握った。
「セルジュ、野営地に戻ろう! 手当てをすれば、きっと助かるから!」
「ファビアン様のお手当てを……」
「俺のもするから! な!」
セルジュに手を貸して起こそうとしたけど、セルジュの手も身体もブルブル震えてしまって力が入らないみたいだ。
セルジュが、震える手を俺に伸ばして苦しそうに微笑む。
「泣か……ない、で下さい、ファビアン様……」
「セルジュが動いてくれないと泣く! だから頼む、諦めんなよ!」
「ファビアン様……」
俺はセルジュの唇に強引に唇を重ねた。血の味がして、どんどん涙が止まらなくなる。
「セルジュ、ちと我慢しろ」
「ファビアン様……?」
俺は背中を向けると、セルジュの両手首を持って一気に背負った。
「ぐ……っ」
「ごめん、急ぐから……!」
「ファビアン様の怪我が……っ」
こんな時でもセルジュは俺の心配ばかりだ。俺はセルジュの腿を抱えると、一気に立ち上がった。
腹がジンジン痛むけど、血が流れて下穿きが真っ赤に染まってるけど、まだ動けるから大丈夫。厄災を倒したあの時に比べたら、まだ全然動ける。
「しっかり掴まってろ! 俺はセルジュと幸せになるんだからな!」
俺の肩の上で苦しそうな息を吐き続けていたセルジュが、ふ、と笑うのが分かった。
「……そうでしたね、お供致します……っ」
「行くぞ!」
俺はセルジュを抱えたまま部屋を飛び出すと、死体が転がりあちこちから火の手が上がっている混戦状態の神殿から脱出を試みた。
俺はセルジュを一番近くの柱にもたれかからせると、双剣を抜きラザノに切りかかった。ブン! と双剣が空を切る。
「おっと、怖い怖い」
ラザノは軽やかに飛び退ると、いつの間にか指の間に挟んでいた匕首を俺に向かって投げてきた。
「このやろ!」
キン! と剣で弾いた匕首のひとつが、ラザノの喉を掠める。
「くっ!」
ビッと血が吹き出す。ラザノが、こめかみに血管をビキビキと浮かせた。こいつの怒った顔なんて、初めて見た。
「この……クソガキが!」
これがこいつの本音か。
横目でセルジュを確認する。肩で息をして辛そうだけど、目は俺をしっかりと追っていた。
「こんちくしょう! 俺を舐めるなよ!」
時折セルジュに向けて投げてくる匕首を剣で弾き返しながら、ラザノに切りかかる。ビュンビュンと双剣が音を鳴らす度に、ラザノの身体から鮮血が吹き出し、周囲もラザノも赤く染まっていった。
セルジュを見ると、かなり苦しそうだ。
早く、早く手当てをしないと、セルジュが――!
俺は泣きそうになるのを必死で堪えながら、ラザノを仕留めるべく間髪入れず猛攻を繰り出す。ラザノは剣聖の俺の力には勝てないのか、どんどん腕が開かれていった。
ラザノの左腕が弾かれて、後ろに振られる。
――今だ!
「なんでセルジュを襲った!」
ビシュッという音と共に、ラザノの左腕が宙を飛んでいった。ブシュウ、と切り口から血が吹き出る。
ラザノが憤怒の形相で俺を睨んだ。
「ぐっ! なんで俺がこんな奴に!」
こいつは俺を見た目だけで判断している。俺はまだ若いけど、両腕に竜の痣を持つ剣聖だ。剣だけならば、俺の力は勇者ロイクとも拮抗する。
こいつとは殆ど被っている時期がなかったから、こいつの前では本気を見せたことはなかった。それがこいつの敗因だ。
ラザノは、俺の能力を見誤っていたんだろう。
「言え! あいつの命令か!?」
ラザノの両腿を切りつけると、支える力を奪われたラザノがどちゃりとその場に倒れた。
「アルバンにしたように、俺からセルジュを奪えと言われたか!」
人を切るのが、かつては怖かった。今だって怖い。だけど、大切な人を守る為なら俺は人を切る。切れると自覚できた三年間だった。
蒼白になったラザノが、鼻で笑う。
「ああ、あの門番ですか? 彼は弱かったですねえ」
「なんだと!」
血混じりの唾を、ぺっと床に吐き出した。
「抵抗もなくあっさりと殺られて、呆気なさすぎてつまらなかったですよ」
「貴様!」
ラザノが匕首に右手を伸ばす。俺が剣をビュンッと奏でると、ラザノの右手首が床に落ちた。ドバドバと血が溢れ出し、ラザノの顔色がどんどん白く変わっていく。
「ふ、ふふ……っ! 殿下は私に『ファビアンを害虫から守ってほしい』と命じられただけですよ……!」
「あ? 害虫だと?」
怒りで血液が沸騰しそうだった。セルジュを見る。俺を心配そうな顔で見ていた。すぐ行くから、もう少しだけ待っていて。
「ええ! 蝶のように美しく舞う剣聖に醜く群がる男どもを炙り出し、排除するのが私の任務……!」
「黙れ!」
「ファビアン様とその男の関係がバレていないとでもお思いだったか? 害虫駆除は、二度とファビアン様が害虫に情を移されないように心を抉……グハッ!」
双剣が光の如き速さで交差すると、自分の首が切られたとも分かっていないだろうラザノの口がぱくぱくと動きながら宙を飛んでいった。
俺は双剣に付着した鮮血を振って落とすと、鞘に納める。
「……てえ」
俺の腹に刺さっている匕首を力任せに引っこ抜くと、ラザノの開いた口目掛けて投げた。振り返ることはしなかった。もうあいつの顔は見たくもない。
……あの野郎、最後の最後で近距離で投げやがって。指がなくなったのに投げるとは思わなかった。
じわじわと服を濡らす血の量を見る限り、すぐに死ぬ感じじゃない。多分、元々動けなくしたかっただけで殺すつもりはなかったんだろう。あいつが俺を殺すことを許す筈がないんだから。
「セルジュ」
脂汗を浮かばせたセルジュが、顔を上げた。目が俺の傷を見て大きく見開かれる。馬鹿、怪我が酷いのはお前の方だろ。
「ファビアン様、お怪我を……! ゴホッ!」
セルジュの顎を、真っ赤な血が染める。俺はセルジュの前に跪くと、セルジュの手を握った。
「セルジュ、野営地に戻ろう! 手当てをすれば、きっと助かるから!」
「ファビアン様のお手当てを……」
「俺のもするから! な!」
セルジュに手を貸して起こそうとしたけど、セルジュの手も身体もブルブル震えてしまって力が入らないみたいだ。
セルジュが、震える手を俺に伸ばして苦しそうに微笑む。
「泣か……ない、で下さい、ファビアン様……」
「セルジュが動いてくれないと泣く! だから頼む、諦めんなよ!」
「ファビアン様……」
俺はセルジュの唇に強引に唇を重ねた。血の味がして、どんどん涙が止まらなくなる。
「セルジュ、ちと我慢しろ」
「ファビアン様……?」
俺は背中を向けると、セルジュの両手首を持って一気に背負った。
「ぐ……っ」
「ごめん、急ぐから……!」
「ファビアン様の怪我が……っ」
こんな時でもセルジュは俺の心配ばかりだ。俺はセルジュの腿を抱えると、一気に立ち上がった。
腹がジンジン痛むけど、血が流れて下穿きが真っ赤に染まってるけど、まだ動けるから大丈夫。厄災を倒したあの時に比べたら、まだ全然動ける。
「しっかり掴まってろ! 俺はセルジュと幸せになるんだからな!」
俺の肩の上で苦しそうな息を吐き続けていたセルジュが、ふ、と笑うのが分かった。
「……そうでしたね、お供致します……っ」
「行くぞ!」
俺はセルジュを抱えたまま部屋を飛び出すと、死体が転がりあちこちから火の手が上がっている混戦状態の神殿から脱出を試みた。
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