勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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32 命令者

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 セルジュと話し合った結果、やはりここはアルバンの遺言通りラザノ司令官には不必要に近付かない方がいい、と結論づけた。

 寝台に横たわりながら、俺の定位置となったセルジュの腕枕の中で唇を尖らせる。セルジュの腕は長年鍛えた筋肉で盛り上がっているから、弾力があって寝やすくて好きだ。

「アルバンの言うことは頭では分かってるんだけどさ、あいつを殺した犯人がすぐそこにいるのに敵討ちしちゃ駄目って言われるとさ」

 ラザノが犯人だという誰から見ても明確な証拠はないけど、アルバンが取り憑いていたから間違いない。俺としては決闘を申し込んででも決着を付けたかったけど、これにはセルジュが真っ向から反対してしまった。

「厄災を倒すのとは違うのですよ、ファビアン様。ラザノにもその後ろにいる人間にも、厄災にはなかった人間の頭脳というものがあるのですから」

 こんこんと諭すように言われてしまい、俺は上唇を更に尖らせた。

「だからさ、そいつも懲らしめたらいいだろ。もう変な命令出すなってさ」

 セルジュには、ロイクにもアルバンにもなかった胸毛が生えている。俺はそれを指にクルクル絡めると、セルジュは擽ったそうに口端を緩めた。でもまだ俺への説得が終わっていないからか、懸命に口元を引き締めてしまう。ちえ。

「アルバンが危惧していたのは、その過程でファビアン様が大切に思う方々の命が危険に晒される可能性が高い、ということですよ」

 上唇に人差し指が触れ、そのまま暖かい手のひらで頬を優しく撫でられる。次におでこに触れたのは、無精髭でちくちくする顎とふっくらとした暖かい唇だ。

 俺はスリ、と顔をセルジュの顎に擦り寄せると、セルジュの喉仏を軽く食んだ。喋ると動くから面白いんだ。

 セルジュの擽ったそうな鼻息が俺の顔に当たる。

「……ファビアン様、思い出して下さい。アルバンはラザノに名指しされたと言っていたではないですか。ということは、王城にいる時分にファビアン様の行動は逐一監視され、アルバンと親しくしていたことは把握されていたということになりませんか」
「ラザノが俺を見張ってたってこと?」
「何者かに見張られていたのは確かでしょうね」

 ゾッとした。よく考えてみたら、ものすごく粘着な思考じゃないか? 俺は今まで「しつこいなあ」程度にしか考えていなかったけど、セルジュに真顔で説明されて、ようやく一連の行動の異常さに気が付き始めた。

 そもそも、調べなくちゃ誰が俺のことを気に入ってたかなんて分からないんだ。調べようって考えに至って、暗部の惣領にそいつらを見つけるように命じた。見つけた上で、更にそいつらを前線に送ろうと考えたってことは、――そいつらを俺の前から排除したかったってことじゃないか。

「ファビアン様のことを慕っていた城内の兵士は、あの時小隊として前線に送られましたね」
「うん……」
「ファビアン様が慕われることを嫌だと思う人物が、暗部に命令できる立場にいるということです」
「まあ……そうなんだけどさ。理由がさっぱり」

 俺が答えると、セルジュが眉間に皺を寄せた。

「……誰が命じたのか、おわかりなのですか?」
「だってこんなことやるの、ひとりしかいないもんな」

 そんなに俺がモテるのが悔しかったかな? だってあいつは俺に「二度と誘惑するな」って失礼なことを言っていたし、事実もうあれから性的な接触は一切ないし、と首を傾げる。

「あいつの考えてること、本当わっかんねえんだよ。何したいんだろ」

 と、セルジュがコツンとおでこを俺のおでこにくっつける。彫りの深い目が、心配の色をたたえて俺を見つめていた。

「……セルジュ?」
「私はアルバンの言っていたことを聞き、正直恐怖を感じました」
「アルバンの?」

 触れ合いそうな近さにある互いの口から吐き出される息が混じって、真面目な話をしている最中なのに下腹部がズクズクと期待し始める。

「覚えていらっしゃいませんか。アルバンはラザノに名指しされ、『剣聖に特別可愛がられているそいつは確実に消せと言われているんでな』と言われたと語っていたことを」
「……言ってた」

 セルジュが声を潜めた。

「ただ集めて前線に送っただけではないのですよ。ファビアン様と特別親しくしていたアルバンの存在を消せ、つまり殺せとラザノに命じているのです」
「……え」

 そうだ、そうだった。俺はアルバンがラザノに殺されたってことばかりに拘っていたけど、実行犯はラザノでも、依頼者は別にいるじゃないか。

 ぞ、と鳥肌が両腕に浮かび上がる。

「アルバンは、確実に殺される為に前線に送られたのです。貴方が予想している人物の命令によって」
「うそ……」

 思わず、絶句した。

 でも、考えてみたら確かにあの時のあいつの行動はおかしかった。前線行きを許可しろとセルジュが国王に直談判しに行ったら、後発隊の出立後まで決断を引き伸ばした。更にその日も約束を反故にして、俺があいつの寝室前で粘らなければきっと未だに来られてなかったかもしれない。

「――まてよ」

 散々逃げ回っていたのに、突然ころっと意見を変えて前線行きを許可したきっかけがあったじゃないか。

 ……小隊全滅の報告。

 俺は目を見開き、いつの間にかカラカラになっていた口を閉じ、ごくりと唾を呑みこんだ。

「あいつが待っていたのは……アルバンの死の報告だったのか……?」
「ファビアン様?」

 脳みそが痺れたように、思考ができなくなる。なに、あいつはアルバンが殺されるのを望んでいたのか? 嘘だろ、だって、そんな。

 ガクガクと震えだした俺を、セルジュが腕の中に抱き寄せた。

「――ファビアン様、私に全て話していただけませんか」
「セ、セルジュ……ッ」

 滲んできた涙をセルジュに見られてしまい、俺はどうしようもなくなってセルジュを見つめるしかなくなる。

 セルジュは俺の頭を撫でて瞼に唇を押し当てながら、落ち着かせるような声で言った。

「ファビアン様が感じられている恐怖も苦しみからも、私がファビアン様の盾となりお守り差し上げたいのです」

 どうしよう。だって、ロイクとのことは俺とロイクだけの秘密で、言ったらあいつに何をされるか……。

 セルジュの強い意思が籠もった瞳が、俺を射抜くように見る。

「ファビアン様、貴方を如何なる恐怖からも遠ざけたい」

 貴方の笑顔を守らせて下さい。

 懇願するように言われ、懇願に弱い自覚がある俺は。

「……聞いて後悔するなよ」
「後悔など致しません」

  俺は身体を起こすと、ロイクとあったことを全てセルジュに語り始めたのだった。
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