勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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26 亡霊の正体

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 大天幕の外に出る。

 憎たらしいくらいに見事な満天の星が、俺とセルジュの足元に影を作った。

 だけど、俺の隣を浮きながらついてきている存在の影は映してはくれない。

「アルバン……ッ」

 込み上げてくる嗚咽を手で押さえて堪えながら、俺を悲しそうな笑顔で見つめる会いたかった恋人を見上げた。

 俺の肩を掴むセルジュの力が、強まる。

「ファビアン様、もう少しだけ我慢して下さい」

 急いで俺を天幕へ連れて行ってくれているセルジュが、耳元で囁いた。
 
 俺は口を押さえたままこくこくと頷くと、涙がぽろりと溢れるのを自覚しながらも、天幕に急ぐ。確かに、他の奴に見られるかもしれない危険は、冒すべきではなかった。

 天幕前に到着すると、セルジュは俺を押して中に入れた後、入り口の布に付いた紐を天幕にぎゅっと結び付ける。これで外からは覗かれなくなった。

 俺はようやく顔を上げると、隣をふよふよと浮いている恋しかった相手に呼びかける。

「――アルバン!」

 俺が思った通り、ラザノに取り憑いていた亡霊は、半年前に襲撃に遭い命を落としたアルバンその人だった。半透明だし輪郭はゆらゆらしてるけど、確かにアルバンだ。

 抱きつこうとしたけど、俺の手はあっさりとアルバンの身体をすり抜ける。

「――ッ」

 半透明のアルバンを、泣き顔で見上げた。

 アルバンは、俺の頬に愛おしそうに手を伸ばす。俺の頬を撫でてくれても、何も感触はなかった。

 やっぱり、死んじゃってるんだ。もう触れ合えないんだ。

 ぼたぼたと、俺の目から大量の涙が落ちていく。信じたくなくて、俺の頭はそれ以上現実を見るなと訴えてきていた。

「――アルバン、お前に触れたいよ……っ」

 亡霊のアルバンに頬を撫でられ続けながら、瞬きを繰り返してアルバンの姿をはっきり見ようと試みる。だけど涙は次から次へと溢れてしまい、俺の視界はすぐに滲んでしまった。

「なあ、どうしてあいつの所にいたんだよ? 俺、アルバンに会いたくて会いたくて毎晩夢に見てたのに、どうして俺の所にはきてくれなかったんだよ……!」

 アルバンの亡霊は眉を垂らしながら微笑むと、口を大きく動かし始めた。ぱくぱくしているところを見ると、何かを喋っているみたいだ。でも、聞こえない。

 と、それまで沈黙を貫いていたセルジュが尋ねてきた。

「……ファビアン様には、彼の言葉が聞こえているのですか?」

 涙を撒き散らしながら、俺は首を横に振る。聞きたい、アルバンの声が聞きたいよ。なのに――やっぱり何も聞こえない。

「アルバン、聞こえないよ……! 俺の名前を呼んで、お願いだよ……!」

 アルバンの亡霊は懸命に口を動かしているけど、俺の耳には何も届かない。どうしよう、何か訴えたいことがきっとあるんだ。アルバンは昇天せずに、ずっとラザノに取り憑いていた。だとしたら、もしかしてラザノがアルバンの死に何か関係している可能性だってあるじゃないか。

 すると、セルジュが静かな口調でアルバンに尋ねた。

「アルバンとやら。人間の身体を間借りすることは可能か?」
「え?」

 俺とアルバンが、キョトンとしてセルジュの苦み走った顔を振り返る。すると、セルジュはいつもの通り淡々と、セルジュにとってはとんでもない提案を始めた。

「一時的になら、私の身体を貸しても構いません。そのまま乗っ取られるのはさすがに勘弁していただきたいですが」
「え? でも、それって危険じゃ……」

 俺だってアルバンの言葉は聞きたい。あの時何が起きたのか、どうしてラザノに取り憑いていたのか、どうして昇天できていないのかを。

 でも、亡霊に身体を明け渡して、返ってくるとは限らないじゃないか。アルバンにそういった意図がなくても、こればっかりはやってみないと、どう転ぶのか、俺にもきっとこの様子だとアルバンにも分からない。

 俺とアルバンが顔を見合わせていると、セルジュは事もなげに言った。

「ファビアン様は、私が盾になることを誓った御方。その大切な御方が切望されていることのお手伝いができるなら、本望です」
「なんでそこまで……?」

 素直な疑問が、口から飛び出す。

 だって、俺はセルジュに大切だと言われるほど、セルジュに何かをしてやった覚えはない。むしろ撫でろと命令したりとか八つ当たりしたりとか、散々な目に合わせてばかりなのに。

 すると、日頃は一切笑わないセルジュが、セルジュを見ているアルバンを横目で見ながら小さく微笑んだ。

「……ファビアン様の恋人の方は、お分かりみたいですね」
「ええ?」

 セルジュの目線を追うと、アルバンがムスッとした表情でセルジュを見ている。え? よく分かんないよ。俺が二人を交互に見ていると、セルジュはフ、と今度はちゃんとした笑顔になった。

 アルバンの亡霊に向かって、頷く。

「……ファビアン様に伝えたいことがあるのだろう? 私を使うがいい」

 セルジュは俺を振り向くと、見たこともない穏やかな笑みを見せてくれた。

「ファビアン様を信じておりますから」
「セルジュ……!」

 セルジュのことを思えば、危険極まりないことを頼むのなんてどうかしている。

 だけど、だけど。

 どうしても、アルバンが伝えたがっている言葉を聞きたい。

「……ごめん、ありがとうセルジュ……!」

 セルジュ向かって、深々と頭を下げた。

 セルジュは無言のままアルバンの前に立つと、静かに目を瞑る。

 ためらいがちに俺とセルジュを見ていたアルバンは、小さく頷いた後、セルジュに霊体を重ねていった。
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