勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

文字の大きさ
上 下
25 / 89

25 亡霊の噂

しおりを挟む
 天幕に戻ると、俺は顔面から寝台に倒れ込んだ。

 無言で横に腰掛けたセルジュが、お願いする前に俺の後頭部を撫で始める。……よく分かってるじゃないか。

「……ファビアン様、もしお嫌でしたら」
「嫌だって言ってやめたら、俺のせいで国民が更に死ぬとか言われるんだろ? もう分かってるよ」
「……おいたわしい」

 セルジュの声は抑揚があまりなくて感情が伝わりにくいけど、撫でる手は柔らかくて優しい。

 と、掠れるような声で囁いた。

「私は貴方の盾です。貴方がどこに向かおうが逃げようが、ずっとお側にいて守りますから」
「セルジュ……?」

 枕から顔を出して、俺を撫でているセルジュを見上げた。セルジュはにこりともせずに、相変わらず渋い顔のまま俺を撫でているだけだ。

「貴方の敵討ちの相手が誰であろうと、私は最期まで貴方と共におります。そのことをお忘れなきよう」
「う、うん……?」

 よく分からなくて、でもとりあえず俺の側にいてくれるって言われているのは理解できた。だから俺は再び枕に顔を押し付けると、優しいセルジュの手の温もりを感じることだけに意識を集中していった。



 おかしなことが起き始めたのは、それからしばらくしてからだ。

「砦に兵の霊が彷徨っている」と噂が立ち始めたのだ。まあこれだけ連日死人が出ていれば、死霊のひとりやふたりは彷徨いていてもおかしくない。

「俺さあ、魔法使えないから死霊系の退治は無理なんだよなあ」

 しかめっ面になっている隊長たちに言ったけど、そういうことじゃないらしい。じゃあ何だ。

 髭面の筋肉隆々の隊長のひとりが、小声で教えてくれた。

「それが、どうもラザノ司令官の周辺に亡霊が出没しているらしく」

 亡霊とは、魔物化した死霊ではなく、無念を抱えて昇天できない霊魂のことを指すらしい。

「本人は何て?」
「見えてないので気にしないそうです」
「うわー剛気」

 俺が茶化すと、隊長たちも苦笑で返してくれた。皆、何となくラザノとは親しくなれない感じらしい。分かる。すごく分かる。

「でもさ、だったら別に放っておいてよくない? だってさ、悪さする訳でもないし、ラザノに憑いてるだけだろ?」
「それはそうなんですが、実は亡霊が着ている軍服に問題がありまして」
「軍服?」

 髭もじゃ隊長の言うところによると、ラザノの周辺に出没している亡霊は、敵国じゃなくてヒライム王国の軍服を着ているらしい。

「しかも、門番が持つような槍を持っているそうで。自国の兵の亡霊に取り憑かれている司令官ですと、兵たちの士気にも関わりまして」
「……は? 門番?」

 一瞬で低くなった俺の声にビビったらしい髭もじゃ隊長が、怯えた顔をしつつぶるりと巨体を震わせた。



 その日の夜。

「俺の目に見えない可能性もあるから、セルジュもしっかり見ててくれよ」
「心得ました」

 俺たち二人は、司令官室になっている大天幕の入り口に立っていた。

「いくぞ!」
「はい」

 果実酒が入った酒瓶をセルジュに持たせて、俺は天幕の中に向かって声を掛ける。

「あー、ラザノ司令官? いる?」

 すると、中からラザノの声が返ってきた。

「ファビアン様ですか? どうぞお入り下さい」
「あ、じゃあ失礼しまーす」

 天幕の入り口の布をめくり中に入ると、持ち込まれた小さめの執務机で何やら書き物をしているラザノがこちらを見返す。ぱっと見、怪しい影はない。

「あの、ラザノ司令官にこれを持ってきたんだ」

 なんだ、ただの噂か、と思いながらセルジュを振り返り、酒瓶を渡すように目で指示する。

「前線は緊張するかなと思って、寝酒にどうぞ」
「これはこれは、わざわざありがとうございます」

 細目をニタリとさせて、ラザノが酒瓶を受け取った。こういう笑い方なんだろう。

「どう? 少しは慣れた?」

 多少は会話をしないと、と話題を振ると、ラザノは眉を垂らして苦笑する。

「いえ、なかなか。日中は戦っていた場所で寝るというのは難しいものですね」
「まあ、慣れるまではね」

 と、ラザノの背後がふわりと揺れた気がして、目線を上げた。

 そこに浮遊するものを見て、目を大きく見開く。

「……ファビアン様? どうされました?」

 不審げに尋ねられて、俺は慌てて身体の前で手を振った。

「ううん、ちょっと疲れてぼんやりしちゃっただけだから! ごめんごめん!」

 半透明の揺れる影が、俺の前に立つ。だめだ、今は泣いちゃだめだ。ラザノに怪しまれてしまうから。

「――ファビアン様は連日の戦で疲れておいでなのです。一日でもいいので、休める日があるといいのですが」

 言葉を失いかけている俺の代わりに、セルジュが会話を引き受けてくれた。

 ラザノが、大仰に驚く。

「なんと……剣聖様はこれまで一日も休みなく戦ってこられたのですか? ならば明日は一日、何卒お休み下さいませ」
「でも」
「ありがとうございます、そうさせていただきます」

 俺の言葉を遮ったセルジュが俺の肩を掴んだ。

 ラザノがニタリと笑う。

「剣聖ファビアン様には、これから沢山活躍していただかねばなりませんからね。明日は私めに任せていただき、休暇をお楽しみ下さい」
「では、今夜はこれにて失礼致します」

 セルジュは有無を言わさず俺の肩を押すと、反転して天幕を出て行こうとする。

 ……俺の横には、槍を持った半透明の兵士がついてきていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...