勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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22 ギリギリの前線

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 前線での戦いは、熾烈を極めた。

 元より、聖国マイズは負けたら滅びる勢いで戦いに挑んでいる。防戦一方のヒライム王国軍が押されるのも、無理はなかった。

 しかも、これは人間と戦うようになって初めて知ったけど、世の中クロードやロイク、それにオリヴィアみたいに魔法をバンバン使える人間は珍しかったらしい。

 つまりは物理攻撃、それが主な戦い方になる。魔法で焼き払っておしまい、とはいかなかった。

「お前らは待機しろ! 俺が掻き乱してくるから、隊列が崩れたら突っ込め!」
「はっ!」

 これまで俺は、個人や少人数での戦いしか経験してこなかった。軍という集団での戦い方はさっぱりだ。

 ならとにかく俺が個人でぶった斬ってから何とかしてもらおう作戦で、この数日はギリギリやってきた。

 そんなこんなで、今日も何とか敵の猛攻を防いで砦は死守する。暗くなったので、今日の戦いは終了だ。

「はあー、疲れた……」

 すると、セルジュが苦言を呈する。

「ファビアン様がおられる場所はいいのですよ。ですがそうでない所を最近は狙われ始めています。もう少し組織的に動きませんと」
「統率する司令官があっさり死んじまったからこうなってんだろー! ああもうヤダ! 俺、頭使いたくない!」

 俺は自分の天幕の中にある簡易寝台にバフッと飛び込むと、「わーっ!」と叫んだ。

 そうなのだ。前線に到着してひと月くらいの間はまだ司令官も居たし、副司令官もいた。

 だけどそいつらが、先日の戦いであっさりとやられてしまったのだ。

「……セルジュ、撫でて……」
「……はいはい」

 セルジュが俺の寝台に腰掛けると、頭を撫で始めた。

 司令官たちが死んでから、軍隊は統率が取れなくなってしまった。これは拙いと思った隊長たちと俺らは、とにかく早く新たな司令官を寄越せと王都に言った。ちゃんと言った。

 ところがどうだ。ようやく帰ってきた伝令が俺らに伝えた言葉は、「現在王太子夫妻の結婚祝いで連日連夜盛り上がっていて議会が開けない」だった。あり得ない。

 こっちは命かけてんだぞ! ふざけんなおい! と俺ら全員(セルジュを除く)が叫んだのは、当然のことだろう。

「あいつらを殴りたい……」

 布団に顔を伏せたままぼやくと、セルジュが「そうですね、同感です」と抑揚のない声で言った。

 最初に人を斬った時の感触は、未だに手の中に残っている。敵国とはいえ、あいつらは魔物じゃない。

 戦う前はそんなことにすら考えが及ばず、俺はもっと気楽に考えていたんだから馬鹿だ。

 俺にとってアルバンが大切だったように、こいつらを大切に思っている誰かがいるんじゃないか。

 一度考えてしまうと、もうその考えに捉えられてダメだった。

 そんな俺を見て叱責したのがセルジュだ。

「仇を取るのでしょう? 敵に情けをかけている間にも、犠牲者はどんどん増えていくんですよ」

 だから俺は、ねだった。

「……頑張ったら頭撫でてくれる?」と。

 セルジュは顔を引き攣らせていたけど、頑張った日にはちゃんと寝るまで頭を撫でてくれるようになった。今夜みたいに。

「アルバンに会いたい……あいつに撫でられたい……」

 俺がグズグスと泣き始めると、セルジュは溜息を吐きながら「私で我慢して下さい」と言う。

 ……アルバンのことは、しょっちゅう夢に見た。しょっちゅうというか、ほぼ毎日だ。

 アルバンに抱かれて幸せ一杯なまま瞼を開けると、天幕の天井が目に入る瞬間の失望感。

 温かい肌を感じながら寝て起きた時、腕の中に枕があったときの虚無感。

 アルバンに会いたい。でももう会えない。苦しくて悲しくて、どうしようもない苛立ちを敵にぶつけた。

 家族やかつての仲間を失った時は、英傑の仲間が励ましてくれた。

 クロードを失った時は、しばらく立ち直れなかった。クロードと同時にロイクも失って、ロイクによって目的も奪われて、閉塞感で押し潰されそうになっていた時に出会ったのがアルバンだった。

 ただ単に俺のことが好きで、計算もなにもなく互いに求め合うことができた。アルバンの愛は、俺の心を救ってくれたんだ。

 なのに。

 なのに、アルバンがいないことが、今は俺を苦しめる。

「なあ……どこまで戦ったら仇を取ったことになるんだろうな」

 俺の問いに、セルジュは答えなかった。

 否、答えられなかったのだと思う。
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