22 / 89
22 ギリギリの前線
しおりを挟む
前線での戦いは、熾烈を極めた。
元より、聖国マイズは負けたら滅びる勢いで戦いに挑んでいる。防戦一方のヒライム王国軍が押されるのも、無理はなかった。
しかも、これは人間と戦うようになって初めて知ったけど、世の中クロードやロイク、それにオリヴィアみたいに魔法をバンバン使える人間は珍しかったらしい。
つまりは物理攻撃、それが主な戦い方になる。魔法で焼き払っておしまい、とはいかなかった。
「お前らは待機しろ! 俺が掻き乱してくるから、隊列が崩れたら突っ込め!」
「はっ!」
これまで俺は、個人や少人数での戦いしか経験してこなかった。軍という集団での戦い方はさっぱりだ。
ならとにかく俺が個人でぶった斬ってから何とかしてもらおう作戦で、この数日はギリギリやってきた。
そんなこんなで、今日も何とか敵の猛攻を防いで砦は死守する。暗くなったので、今日の戦いは終了だ。
「はあー、疲れた……」
すると、セルジュが苦言を呈する。
「ファビアン様がおられる場所はいいのですよ。ですがそうでない所を最近は狙われ始めています。もう少し組織的に動きませんと」
「統率する司令官があっさり死んじまったからこうなってんだろー! ああもうヤダ! 俺、頭使いたくない!」
俺は自分の天幕の中にある簡易寝台にバフッと飛び込むと、「わーっ!」と叫んだ。
そうなのだ。前線に到着してひと月くらいの間はまだ司令官も居たし、副司令官もいた。
だけどそいつらが、先日の戦いであっさりとやられてしまったのだ。
「……セルジュ、撫でて……」
「……はいはい」
セルジュが俺の寝台に腰掛けると、頭を撫で始めた。
司令官たちが死んでから、軍隊は統率が取れなくなってしまった。これは拙いと思った隊長たちと俺らは、とにかく早く新たな司令官を寄越せと王都に言った。ちゃんと言った。
ところがどうだ。ようやく帰ってきた伝令が俺らに伝えた言葉は、「現在王太子夫妻の結婚祝いで連日連夜盛り上がっていて議会が開けない」だった。あり得ない。
こっちは命かけてんだぞ! ふざけんなおい! と俺ら全員(セルジュを除く)が叫んだのは、当然のことだろう。
「あいつらを殴りたい……」
布団に顔を伏せたままぼやくと、セルジュが「そうですね、同感です」と抑揚のない声で言った。
最初に人を斬った時の感触は、未だに手の中に残っている。敵国とはいえ、あいつらは魔物じゃない。
戦う前はそんなことにすら考えが及ばず、俺はもっと気楽に考えていたんだから馬鹿だ。
俺にとってアルバンが大切だったように、こいつらを大切に思っている誰かがいるんじゃないか。
一度考えてしまうと、もうその考えに捉えられてダメだった。
そんな俺を見て叱責したのがセルジュだ。
「仇を取るのでしょう? 敵に情けをかけている間にも、犠牲者はどんどん増えていくんですよ」
だから俺は、ねだった。
「……頑張ったら頭撫でてくれる?」と。
セルジュは顔を引き攣らせていたけど、頑張った日にはちゃんと寝るまで頭を撫でてくれるようになった。今夜みたいに。
「アルバンに会いたい……あいつに撫でられたい……」
俺がグズグスと泣き始めると、セルジュは溜息を吐きながら「私で我慢して下さい」と言う。
……アルバンのことは、しょっちゅう夢に見た。しょっちゅうというか、ほぼ毎日だ。
アルバンに抱かれて幸せ一杯なまま瞼を開けると、天幕の天井が目に入る瞬間の失望感。
温かい肌を感じながら寝て起きた時、腕の中に枕があったときの虚無感。
アルバンに会いたい。でももう会えない。苦しくて悲しくて、どうしようもない苛立ちを敵にぶつけた。
家族やかつての仲間を失った時は、英傑の仲間が励ましてくれた。
クロードを失った時は、しばらく立ち直れなかった。クロードと同時にロイクも失って、ロイクによって目的も奪われて、閉塞感で押し潰されそうになっていた時に出会ったのがアルバンだった。
ただ単に俺のことが好きで、計算もなにもなく互いに求め合うことができた。アルバンの愛は、俺の心を救ってくれたんだ。
なのに。
なのに、アルバンがいないことが、今は俺を苦しめる。
「なあ……どこまで戦ったら仇を取ったことになるんだろうな」
俺の問いに、セルジュは答えなかった。
否、答えられなかったのだと思う。
元より、聖国マイズは負けたら滅びる勢いで戦いに挑んでいる。防戦一方のヒライム王国軍が押されるのも、無理はなかった。
しかも、これは人間と戦うようになって初めて知ったけど、世の中クロードやロイク、それにオリヴィアみたいに魔法をバンバン使える人間は珍しかったらしい。
つまりは物理攻撃、それが主な戦い方になる。魔法で焼き払っておしまい、とはいかなかった。
「お前らは待機しろ! 俺が掻き乱してくるから、隊列が崩れたら突っ込め!」
「はっ!」
これまで俺は、個人や少人数での戦いしか経験してこなかった。軍という集団での戦い方はさっぱりだ。
ならとにかく俺が個人でぶった斬ってから何とかしてもらおう作戦で、この数日はギリギリやってきた。
そんなこんなで、今日も何とか敵の猛攻を防いで砦は死守する。暗くなったので、今日の戦いは終了だ。
「はあー、疲れた……」
すると、セルジュが苦言を呈する。
「ファビアン様がおられる場所はいいのですよ。ですがそうでない所を最近は狙われ始めています。もう少し組織的に動きませんと」
「統率する司令官があっさり死んじまったからこうなってんだろー! ああもうヤダ! 俺、頭使いたくない!」
俺は自分の天幕の中にある簡易寝台にバフッと飛び込むと、「わーっ!」と叫んだ。
そうなのだ。前線に到着してひと月くらいの間はまだ司令官も居たし、副司令官もいた。
だけどそいつらが、先日の戦いであっさりとやられてしまったのだ。
「……セルジュ、撫でて……」
「……はいはい」
セルジュが俺の寝台に腰掛けると、頭を撫で始めた。
司令官たちが死んでから、軍隊は統率が取れなくなってしまった。これは拙いと思った隊長たちと俺らは、とにかく早く新たな司令官を寄越せと王都に言った。ちゃんと言った。
ところがどうだ。ようやく帰ってきた伝令が俺らに伝えた言葉は、「現在王太子夫妻の結婚祝いで連日連夜盛り上がっていて議会が開けない」だった。あり得ない。
こっちは命かけてんだぞ! ふざけんなおい! と俺ら全員(セルジュを除く)が叫んだのは、当然のことだろう。
「あいつらを殴りたい……」
布団に顔を伏せたままぼやくと、セルジュが「そうですね、同感です」と抑揚のない声で言った。
最初に人を斬った時の感触は、未だに手の中に残っている。敵国とはいえ、あいつらは魔物じゃない。
戦う前はそんなことにすら考えが及ばず、俺はもっと気楽に考えていたんだから馬鹿だ。
俺にとってアルバンが大切だったように、こいつらを大切に思っている誰かがいるんじゃないか。
一度考えてしまうと、もうその考えに捉えられてダメだった。
そんな俺を見て叱責したのがセルジュだ。
「仇を取るのでしょう? 敵に情けをかけている間にも、犠牲者はどんどん増えていくんですよ」
だから俺は、ねだった。
「……頑張ったら頭撫でてくれる?」と。
セルジュは顔を引き攣らせていたけど、頑張った日にはちゃんと寝るまで頭を撫でてくれるようになった。今夜みたいに。
「アルバンに会いたい……あいつに撫でられたい……」
俺がグズグスと泣き始めると、セルジュは溜息を吐きながら「私で我慢して下さい」と言う。
……アルバンのことは、しょっちゅう夢に見た。しょっちゅうというか、ほぼ毎日だ。
アルバンに抱かれて幸せ一杯なまま瞼を開けると、天幕の天井が目に入る瞬間の失望感。
温かい肌を感じながら寝て起きた時、腕の中に枕があったときの虚無感。
アルバンに会いたい。でももう会えない。苦しくて悲しくて、どうしようもない苛立ちを敵にぶつけた。
家族やかつての仲間を失った時は、英傑の仲間が励ましてくれた。
クロードを失った時は、しばらく立ち直れなかった。クロードと同時にロイクも失って、ロイクによって目的も奪われて、閉塞感で押し潰されそうになっていた時に出会ったのがアルバンだった。
ただ単に俺のことが好きで、計算もなにもなく互いに求め合うことができた。アルバンの愛は、俺の心を救ってくれたんだ。
なのに。
なのに、アルバンがいないことが、今は俺を苦しめる。
「なあ……どこまで戦ったら仇を取ったことになるんだろうな」
俺の問いに、セルジュは答えなかった。
否、答えられなかったのだと思う。
15
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?


【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる