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21 アルバンとの別れ
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俺とセルジュは、暗い夜道を馬で駆けた。
俺は馬に乗ったことがなかったので、セルジュの背中に貼り付いていた。ちょっと恥ずかしいけど、そんなこと言ってる場合じゃないのは分かっていたから何も言わなかった。
――アルバン、お前じゃないよな? アルバン……!
俺を抱いて幸せそうに笑っていたアルバンの優しい眼差しを思い浮かべる。
「――もうすぐ着きます」
「うん……っ」
篝火が焚かれた野営地に駆け込むと、セルジュが俺の到着を一同に告げた。歓声に混じり、「あと一日早ければ」という嘆きの声が聞こえる。
「なあ、被害に遭った兵士たちの遺体は……?」
俺たちを迎えてくれた兵隊長らしきおじさんが、涙ぐみながら遺体が安置された野営地の裏に案内してくれた。王都が近い為、この場で遺体を埋めるのではなく、王都に送り返そうと手配中らしい。
「剣聖様に見送られるなら、彼らも本望でしょう」
土の上に寝かされた遺体の数は、二十ほど。決して多くはない。だからきっとアルバンはここにはいない筈――。
祈りながら、一人ひとりの顔を確認していく。
と、見覚えのある赤い髪が目の端に映った。ゆっくりと目線を下ろす。
首がぱっかりと切られた、血まみれの遺体。目は薄く開き、緑色の目はどこも見ていない。
……嘘だ。嫌だ、誰か冗談だって言ってくれよ。
立っていられなくて、その場で膝をつく。四つん這いになって、遺体の頭の横まで這いずって行った。
他人の空似。そういうことだってある。だけど、だけど。
最後にふざけて顎のすぐ下に鬱血痕を付けてやった。なんでこの死体は同じ場所に同じものを付けてるんだよ。
「嘘だろ、アルバン……っ! だってまだ前線についてすらいないじゃないか!」
アルバンの頬に手を触れると、ひんやりと冷たくなっている。腕に触れると、固まり始めていた。死後硬直が始まったのだ。
まだ少し柔らかい。だから、本当に数時間前まではアルバンは生きてここにいたのに。
「嫌だ、アルバン、嫌だよ……っ!」
横にしゃがんだセルジュが、痛ましげな表情で尋ねる。
「……お知り合いでしたか?」
「あっアルバンは……っお、俺の……っ」
ひく、ひく、と嗚咽が出て、言葉にならなかった。セルジュが俺の背中を撫でる。
「アルバン、アルバン、目を開けて……っ!」
アルバンの血だらけの軍服に腕を乗せ、アルバンの頬を両手で挟んだ。目を見つめていたら、俺を見てくれないかな。
だけど。
こぽり、と鼻から血が流れ出てくる。俺がアルバンの胸を押したからか。
「やだ……やだ、アルバン、嫌だあああっ!」
俺はアルバンの頭に縋り付くと、泣いて泣いて、涙も喉も枯れ果てるまで泣き続けた。
そのまま朝になる。
王都に送り返される為、白い布に包まれる直前のアルバンの髪の毛をひと房、形見にもらった。
アルバンの唇に、最後の口づけをした。
肌も唇も、氷みたいに冷たかった。
セルジュは俺の行動を見ても、何も言わなかった。
朝日の中、荷馬車に積まれた遺体を、兵士たちと共に見送る。
「……どうされますか」
セルジュが、小声で尋ねてきた。俺は鼻を啜ると、唸るように告げる。
「前線に行く」
「ですが……」
セルジュが、珍しく気遣わしげな様子を見せた。こいつもこういう顔をする時があるんだと思うと、意外だった。
「アルバンを殺したのがどこの誰だか知らないが、戦争が原因なのは確かだろ?」
「……はい」
「だったら俺は、この戦争を終わらせる。終わるところまで、見届ける」
横目でセルジュを見る。きっと俺の瞼は腫れて見られたもんじゃないと思うけど、できるだけ平然を装って。
「セルジュは無理に来る必要はないよ。これは俺の弔い戦だから、セルジュには関係ないし」
セルジュは目を少し開くと、しばらく考え込むように黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……いえ、一緒に行きましょう」
「無理するなって。長くなるかもだぞ」
「いえ。私はファビアン様のお目付け役ですからね、ファビアン様が自暴自棄にならないように目を光らせませんと」
しれっとした顔で言われて、ファビアンは軽くセルジュを睨んだ。
「復讐を果たすまで、自暴自棄にはならないよ」
「復讐を果たしたらなるってことですか?」
「う……」
思わず目を逸らすと、ふ、と隣で小さく笑う声が聞こえる。
「ファビアン様」
「……なんだよ」
俺が目を逸らし続けていると、セルジュは俺の前に来てしゃがみ込んだ。何してるんだろう。
「ヒライム王国騎士団団長セルジュ・コレーは、双剣の剣聖ファビアン様の盾となることをここに誓います」
「は……?」
渋めの顔にある茶色い瞳が、俺を真っ直ぐに見上げる。
「優しい心を持った気高き英傑である貴方を、私は絶対に死なせません」
「ちょ、ちょっとセルジュ……っ」
急にどうしたんだよ。俺が慌ててセルジュの前にしゃがむと、セルジュが微笑んだ。――笑ったところを、初めて見たかもしれない。
「……愛する者を亡くした痛みは、私もよく存じておりますので」
「セルジュ……」
止まった筈の涙が、再び溢れ出す。
「俺、俺、アルバンが大好きだったんだ……!」
「ええ、ファビアン様の哀しみ方を見ていたら分かりましたよ」
「これから沢山アルバンを知っていく筈だったのに、俺……うう、うああ、ああああんっ」
座っていられずその場に伏せると、セルジュは俺が泣き止むその時までずっと背中を優しく撫で続けてくれていた。
俺は馬に乗ったことがなかったので、セルジュの背中に貼り付いていた。ちょっと恥ずかしいけど、そんなこと言ってる場合じゃないのは分かっていたから何も言わなかった。
――アルバン、お前じゃないよな? アルバン……!
俺を抱いて幸せそうに笑っていたアルバンの優しい眼差しを思い浮かべる。
「――もうすぐ着きます」
「うん……っ」
篝火が焚かれた野営地に駆け込むと、セルジュが俺の到着を一同に告げた。歓声に混じり、「あと一日早ければ」という嘆きの声が聞こえる。
「なあ、被害に遭った兵士たちの遺体は……?」
俺たちを迎えてくれた兵隊長らしきおじさんが、涙ぐみながら遺体が安置された野営地の裏に案内してくれた。王都が近い為、この場で遺体を埋めるのではなく、王都に送り返そうと手配中らしい。
「剣聖様に見送られるなら、彼らも本望でしょう」
土の上に寝かされた遺体の数は、二十ほど。決して多くはない。だからきっとアルバンはここにはいない筈――。
祈りながら、一人ひとりの顔を確認していく。
と、見覚えのある赤い髪が目の端に映った。ゆっくりと目線を下ろす。
首がぱっかりと切られた、血まみれの遺体。目は薄く開き、緑色の目はどこも見ていない。
……嘘だ。嫌だ、誰か冗談だって言ってくれよ。
立っていられなくて、その場で膝をつく。四つん這いになって、遺体の頭の横まで這いずって行った。
他人の空似。そういうことだってある。だけど、だけど。
最後にふざけて顎のすぐ下に鬱血痕を付けてやった。なんでこの死体は同じ場所に同じものを付けてるんだよ。
「嘘だろ、アルバン……っ! だってまだ前線についてすらいないじゃないか!」
アルバンの頬に手を触れると、ひんやりと冷たくなっている。腕に触れると、固まり始めていた。死後硬直が始まったのだ。
まだ少し柔らかい。だから、本当に数時間前まではアルバンは生きてここにいたのに。
「嫌だ、アルバン、嫌だよ……っ!」
横にしゃがんだセルジュが、痛ましげな表情で尋ねる。
「……お知り合いでしたか?」
「あっアルバンは……っお、俺の……っ」
ひく、ひく、と嗚咽が出て、言葉にならなかった。セルジュが俺の背中を撫でる。
「アルバン、アルバン、目を開けて……っ!」
アルバンの血だらけの軍服に腕を乗せ、アルバンの頬を両手で挟んだ。目を見つめていたら、俺を見てくれないかな。
だけど。
こぽり、と鼻から血が流れ出てくる。俺がアルバンの胸を押したからか。
「やだ……やだ、アルバン、嫌だあああっ!」
俺はアルバンの頭に縋り付くと、泣いて泣いて、涙も喉も枯れ果てるまで泣き続けた。
そのまま朝になる。
王都に送り返される為、白い布に包まれる直前のアルバンの髪の毛をひと房、形見にもらった。
アルバンの唇に、最後の口づけをした。
肌も唇も、氷みたいに冷たかった。
セルジュは俺の行動を見ても、何も言わなかった。
朝日の中、荷馬車に積まれた遺体を、兵士たちと共に見送る。
「……どうされますか」
セルジュが、小声で尋ねてきた。俺は鼻を啜ると、唸るように告げる。
「前線に行く」
「ですが……」
セルジュが、珍しく気遣わしげな様子を見せた。こいつもこういう顔をする時があるんだと思うと、意外だった。
「アルバンを殺したのがどこの誰だか知らないが、戦争が原因なのは確かだろ?」
「……はい」
「だったら俺は、この戦争を終わらせる。終わるところまで、見届ける」
横目でセルジュを見る。きっと俺の瞼は腫れて見られたもんじゃないと思うけど、できるだけ平然を装って。
「セルジュは無理に来る必要はないよ。これは俺の弔い戦だから、セルジュには関係ないし」
セルジュは目を少し開くと、しばらく考え込むように黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……いえ、一緒に行きましょう」
「無理するなって。長くなるかもだぞ」
「いえ。私はファビアン様のお目付け役ですからね、ファビアン様が自暴自棄にならないように目を光らせませんと」
しれっとした顔で言われて、ファビアンは軽くセルジュを睨んだ。
「復讐を果たすまで、自暴自棄にはならないよ」
「復讐を果たしたらなるってことですか?」
「う……」
思わず目を逸らすと、ふ、と隣で小さく笑う声が聞こえる。
「ファビアン様」
「……なんだよ」
俺が目を逸らし続けていると、セルジュは俺の前に来てしゃがみ込んだ。何してるんだろう。
「ヒライム王国騎士団団長セルジュ・コレーは、双剣の剣聖ファビアン様の盾となることをここに誓います」
「は……?」
渋めの顔にある茶色い瞳が、俺を真っ直ぐに見上げる。
「優しい心を持った気高き英傑である貴方を、私は絶対に死なせません」
「ちょ、ちょっとセルジュ……っ」
急にどうしたんだよ。俺が慌ててセルジュの前にしゃがむと、セルジュが微笑んだ。――笑ったところを、初めて見たかもしれない。
「……愛する者を亡くした痛みは、私もよく存じておりますので」
「セルジュ……」
止まった筈の涙が、再び溢れ出す。
「俺、俺、アルバンが大好きだったんだ……!」
「ええ、ファビアン様の哀しみ方を見ていたら分かりましたよ」
「これから沢山アルバンを知っていく筈だったのに、俺……うう、うああ、ああああんっ」
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