勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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15 門番の青年

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 俺は元々駆け出しの冒険者だったし、その後は四英傑のひとり、剣聖としてずっと旅を続けていた。

 だから、一箇所に定住して職場に通うなんてことは初めてだった。

 職場である王国騎士団は王城の敷地内にあるから、城から通う俺は城の外に出る必要がない。何となくロイクの策略を感じながらも、とりあえずはロイクの決定に従うことにした。

 もうすぐロイクとオリヴィアの国を挙げての結婚式がある。そのせいか、時折俺を見にくるロイクの雰囲気がピリピリしていたからだ。

 ああいう時のロイクは、余裕がない。今俺が何を言ったところで、聞きやしないだろう。だからあいつが結婚して落ち着いた頃を見計らって、今度こそ祖国に行かせてもらおうと思っていた。

 騎士団の奴らは、余所者で若造の俺が突然特別顧問になったというのに歓迎してくれた。だけど、奴らが俺を見る目はちょっと普通じゃないことにすぐに気付く。

 俺が「お前腕いいな!」と肩を叩くと息を止めて震えた上に赤顔に潤んだ目で「ありがたきお言葉……! ああ、死んでもいい!」とか毎回言われてみろ。話しかける気が萎える。

 茶髪の苦み走った渋い顔の三十路の騎士団長だけは、長がつくだけあって割と普通な反応だった。だけど、他は似たり寄ったりで、俺はすぐに嫌気が差した。

 剣聖だ、英傑だとガタイのいい騎士団の男どもにキラキラした目で見られるのは、はっきり言って居心地が悪い。とうとう騎士団の食堂に行く気も完全に失せ、昼飯を町で飯を食おう! と城門を潜ろうとした時。

 赤髪の人懐っこい顔をした若い門番の兵士が、目をキラッキラさせながら言った。

「申し訳ございません! 剣聖様の御身をお守りする為、城外へお出になることは王太子殿下より禁じられております!」
「え、マジ?」
「マジです!」

 外にも出ちゃいけないのか。俺、強いんだけどな。ていうか、俺そんなこと聞かされてないんだけど。

 またロイクがひとりで勝手に決めて通達したんだろうとは分かったものの、直談判したところで微笑んだまま拒否されるのは目に見えている。

 がっくりと項垂れると、頭を抱えてその場で蹲った。

 あいつ、本気で俺を離さないつもりか。手を出さない癖に、一体どういうつもりだよ。

 すると。門番が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「剣聖様! だ、大丈夫ですか!?」
「……その剣聖様っていうの、やめて」

 途端、門番が焦り出す。

「えっ! で、ではファビアン様……わっ名前呼びしちゃったよ俺! ていうか今喋ってる! えっなにこれ奇跡!?」

 ひとりで興奮し始めた門番を見て、俺は思わず吹き出した。

「ぷ……っ! なんだよそれ」
「はっ!? し、失礼致しました! いえ、ファビアン様は可愛らしい顔立ちをされているのに大変お強くて、ワタシはそのっあのっ」

 顔を真っ赤にしてる門番に、ファビアンは唇を尖らせてみせる。

「お前も可愛いって言うのか? ちえっ。格好いい方がいいのになー」

 騎士団の奴らも俺専属の侍女たちも、皆俺を見て可愛いと言う。いや、俺四英傑のひとりだからな? と言っても、皆「分かっておりますよ!」と頬を赤らめてニコニコするだけだ。絶対分かってねえ。

「……俺、格好よくない?」

 上目遣いで門番を見ると、門番が俺を見下ろしながらゴクリと唾を呑み込んだ。

「滅茶苦茶格好いいです!」

 なんか嘘っぽい。まさか気を使ってる? なんか皆英傑に幻想を抱いてるみたいだから、可能性はあるぞ。

「……本当?」
「はい! 嘘じゃありません!」

 ブンブンと頭が取れそうなほど肯定する姿を見て、「こいついい奴そうだなー」と思い始める。興味がむくりと湧いてきた。

「お前名前は?」
「アルバンでございます!」
「じゃあアルバン、俺の友達になって?」
「はい! ……えっ」

 アルバンと名乗った赤髪の青年は、途端にワタワタし始める。笑ったと思ったら頭を抱えたり口を押さえたと思ったらまたにやついたりして、大丈夫だろうか。

 アルバンに対する気持ちが、一気に親身なものに変わった。頭を撫でて落ち着かせてやりたい。最近誰の頭も撫でてないし。

「……俺、友達いないんだ。騎士団の食堂でも皆遠巻きにして見ててさ。寂しいんだよね」

 アルバンは緑の目を大きくした。まだ若干幼さは残るし四英傑に比べたら遥かに劣るものの、男らしくなりそうないい顔をしている。多分、年は俺と近い。くりっとした目が愛嬌があるし、くるくると感情が全部顔に出てるし、なんかこいつはいい奴そうだぞ。

「……だめ?」

 年齢の近い気楽に話せる友だちが欲しい。そうしたら、このカゴの中の鳥みたいな生活も少しは楽しめそうじゃないか。そう思った俺を、誰が責められるか。

「だ、だめなんてありません!」

 真っ赤な顔のアルバンが、叫ぶように答える。

「じゃあ敬語なしね」
「へ」
「俺のことはファビアンって呼び捨てね」
「ま」
「ご飯一緒に食べない? ひとりで食べるの寂しいんだよね」
「ふわ……っ」

 畳み掛けるように言うと、口をぱくぱくしていたアルバンが、やがて真っ赤な顔でこくんと頷いてくれた。

「頭撫でていい?」と調子に乗って尋ねたら、「倒れるからだめです!」と断られた。ちえ。



 俺とアルバンは、すぐに仲良くなった。俺がグイグイいく内に、俺はこういう奴なんだと悟ってくれたらしい。ありがたいことだ。

「ファビアン! また抜け出してきたのか?」

 呆れ顔に「仕方ないなあ」という笑みを浮かべた赤髪のアルバンが、門番の詰所に勝手に入って座る俺を見て苦笑する。

 俺は椅子の上に膝を抱えて小さくなると、下唇を出してぼやき始めた。

「騎士団の奴の剣先がちょっと俺に触っただけで、奴ら大騒ぎし始めちゃってさ」

 大丈夫だから! と迫り来るゴツい奴らから逃げ出してきた先が、門番の詰所だったという訳だ。誰かが通る時は俺は詰所の中に隠れているので、多分俺がここで管を巻いていることはまだバレていない筈。

「えっ!? 怪我したの? 見せて!」

 血相を変えたアルバンに、腕の小さな切り傷を見せた。アルバンは「……これだけ?」と呟く。俺も同意見だ。

「あいつら、俺を何だと思ってんだか。剣聖だぞ?」

 俺が不貞腐れた顔をすると、アルバンがあははと笑いながら俺の銀髪を撫でる。気持ち良くて、俺は瞼を閉じるとアルバンの手の温もりに集中した。

 アルバンは俺が頭を撫でたいと言ったら「無理。鼻血出して倒れる」と言ったけど、「じゃあ撫でて」と言ったら、アワアワしながらも撫でてくれた。

 以来、俺が不貞腐れるとこうして撫でてくれる。――クロードの手を思い出させる撫で方は、嫌いじゃなかった。

「……あっち、戻りたくない」

 どうせ騎士団長か副団長あたりが、俺の部屋の前で待ち構えてるに違いないから。

 俺の頭を撫でながら、アルバンが囁くような声で尋ねる。

「……もうすぐ当番終わるけど、俺の部屋に来て飲む?」
「えっいいの!?」

 顔を上げると、アルバンが何故か眩しそうに俺を見つめていた。最近こいつは時折この顔をしている時がある。どういった意味なんだろうか。

「……いいよ」
「やったー!」

 そうして俺はアルバンの背中に隠れながらアルバンの部屋に行くと、今日に限って何故か緊張した表情のアルバンと酒を酌み交わし始めた。
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